一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百四十話 冷やしうどん

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 朝課外が終わって、今日の予定を教室後ろの黒板で確認する。

「避難訓練あるよな、今日」

 そう声をかけてきたのは勇樹だ。手には辞書を持ち、隣に並んで時間割表を確認する。

「四時間目だっけ?」

「ああ、授業中にサイレンなるって言ってたな」

「こんなこと言ったら怒られそうっていうか、不謹慎かもしんないけど、避難訓練って、ちょっとワクワクすんだよね」

 勇樹は小声で言う。

 確かに、その気持ちは分からなくもない。非日常感というか、サイレンの音もちょっと血が騒ぐというか。心臓に悪い音ではあるのだが。

「ま、何もないって前提だから、いいんだろうけど」

 勇樹はググッと伸びをすると、自分の席に戻って行った。

 確か今日は消防の人とかも来て、ちょっとした防災教室とかもあるんだったか。消火器の使い方、実演するんだっけ。

 生徒の中から誰か一人代表で、とかあり得るよなあ。

 ま、生徒会とかの誰かがやるだろ。せいぜい目立たないようにしておこう。

「あ、そうだ」

 ポケットに財布を忍ばせておこう。あわよくば、そのまま食堂に直行できるからな。



 四時間目の授業中、先生がにわかに時計を気にし始める。

「うーん、もう少し進んでもいいけど、そろそろかなあ」

 その言葉の直後、たどたどしいアナウンスが入り、どうやら地震が起きたらしいということが伝えられた。ほんとの地震の時もやっぱこんな感じなのだろうか。

「はーい。机の下にもぐって~」

 先生に言われた通り全員、素直に机の下に潜り込む。机の下の空間って、なんかちょっとそわそわする。てか、つっかえて窮屈だ。

「いて」

「ちょ、これ出られんの?」

「やばい手の向きがおかしい」

「静かにー、そろそろ放送入るよ~」

 周囲のざわめきを聞きながら、自分も窮屈な机の下でもぞもぞしていたらサイレンが鳴った。ちょっとびっくりして頭を打った。どうやら周りも同じのようで、ゴンッと激しい音があちこちから聞こえた。

 機械的なアナウンスで家庭科室から出火したことが伝えられると、先生は「はい、出てきてー」と声をかけた。

「あいたたた……」

 ひと際、背のでかい勇樹と宮野は腰をさすりながら立ち上がる。

 俺も頭がひりひりするが、のんびりはしていられない。

 廊下で出席番号順に並ぶと、学級委員が点呼をして移動開始だ。えっと、ハンカチを口元に当てて姿勢を低く、だったか。

 この格好、かなりしんどいんだよな。

 校庭にたどり着き、全学年全クラスの点呼が行われると、校長先生が前に出てきて拡声器を使って話し始めた。

 その瞬間、空気が少し緩む。訓練とはいえ、やっぱり緊張するものである。

 いつもより手短な話のわけは、この後に控える防災教室のためだろう。校長先生は拡声器を消防の人に渡す。

 消防の人たちの制服って、かっけーよな。

「はい、皆さんこんにちは。消防署から来ました……」

 一通り今日の避難訓練の様子の講評が終わった後、やっと座ることを許された。上靴のまま校庭に出て、制服で座る。汚れが気になるところだが、なんか疲れたので座るほかなかった。みんなそんな感じで、小さくため息をついているやつもいた。

 消火器とか火に見立てた小道具とかが搬入されてくる。実演で使われる消火器の中身は確か水なんだよな。本物とは違うんだ。そして、使いまわしができるという。

 小さいころ、防災センターか何かで使ったのを覚えている。

 まずは火事を見つけた場面から始まるのがお決まりというものである。

 大声で周囲に火事の存在を伝え、通報して、それから、消火活動にあたるんだったか。

 下のレバーを持って運び、栓を引き抜いて、ホースを外し、火元に照準を合わせてレバーを強く握る。

 案外覚えているものだなあ。

 天井まで登ってしまったら消火できないので、潔く逃げるべし。というか、消せないと思った時には逃げた方がいいんだよな。

 身を守る術に関しては、人一倍調べた覚えがある。大事なことだよな。

 防災教室が終わると、その場で解散となった。

「春都~」

 クラスも学年もばらばらだ。咲良は制服の汚れを払いながらやってきた。

「飯食いに行こうぜ」

「おお」

「あ、でも、教室一回戻んなきゃ」

 そう言う咲良に無言で財布を見せれば、咲良は少し目を見張った後、自分もポケットから財布を取り出した。

 考えることは一緒か。二人して顔を見合わせると、思わず笑ってしまったのだった。

 上靴の汚れも落としたら、食堂に直行する。同じようなことを考えていた奴らがあと数人はいたらしいが、食堂はずいぶんがらんとしている。ちょっとうれしい。

 今日は蒸し暑いし、冷たいメニューでも頼もう。

 ということで冷やしうどんを注文した。天かすとネギがのっているだけのシンプルなものだが、これがうまいのだ。

「いただきます」

 冷水で締めてあるらしい麺は、やわらかいながらもしっかりとした歯ごたえもあっていい。つるんと冷たく、口当たりとのど越しが最高だ。

 出汁がよく効いてる。うま味たっぷりの出汁もしっかり冷えていて、麺によく絡めて食べると最高だ。ネギのほのかな辛味とさわやかさ、天かすの濃さが加われば、さっぱりとしながらもちゃんと食べ応えがあるというものだ。

「避難訓練さあ、月一でやってくれてもいいのにーって思うんだけど」

 咲良はカツをハフハフとほおばりながら言った。

「緊張感維持のためにさ」

「本当は?」

「授業つぶれるし、ちょっと楽しい」

「そんなことだろうと思ったよ」

 一味をかけて味変してみる。

 出汁の甘味にピリッと辛味が聞いて引き締まる。酸味や辛味というのは、どうしてこう、うまいこと味を引き締めてくれるのだろうか。

 ふやけた天かすもうまい。より風味を感じていいものだ。

「あとでアイス食おうぜ」

「いいな」

「何にすっかな~」

 こんな季節には、かき氷が食べたくなるというものだ。

 コンビニやスーパーには袋入りのかき氷が売ってるけど、学食にはあっただろうか。

 あ、そうだ。うちで冷やしうどん作るとき、出汁を氷にして削ってかけたら、もっとひんやりしてうまいのでは?

 今度やってみようかな。



「ごちそうさまでした」
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