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日常
第三百八十四話 フライドポテト
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朝早く学校に来てみれば、まだ誰も来ていなかった。
特に理由はない。ただの気まぐれだ。普段の授業だったら早く来るなんてことはしないけど、夏休みは朝課外もないし、なんか元気が余ってたんだよな。
「おー……静か」
椅子を引く音がいつも以上に響く。クーラーがすでに入っているのは予想外だった。
なんかこんなに人がいない教室は気分がいいな。これから生徒が来なければいいのにとさえ思えてくる。
頬杖を突き、外を眺める。人がいないので、抜けるような青空がよく見える。小学生の頃は無意味に、早朝登校してたなあ。誰が一番に教室に来るかって、賭けみたいなこともしてたし。
あの無意味なやる気はいったい、どこへいってしまったのだろうなあ。
「ん?」
そういや、もう一個上の階、三年生の教室は賑やかだな。うっすら声が聞こえてくる。やっぱ受験とかで色々あるのだろうか。職員室は開いてるみたいだし、勉強するにはもってこいなのか。
「あ~……暇」
なんでこんな早く来たかなあ。机にだらんとうなだれてみる。ひんやりして気持ちいいな。
もう一回帰っても余裕で間に合うけど、のんびりするほどの時間はないし、何より暑さが増し始めた外に出たくない。
「お」
「あ?」
廊下を歩く音がして誰かと思えば、石上先生だった。思いっきりガラの悪い声が出てしまった。しかし石上先生は少しも意に介していないようで、にこにこ笑って窓枠に寄りかかってこちらを向いた。
「おはよう。一条君」
「お、おはようございます」
「ずいぶん早いな。何か用事でもあったのか?」
「いえ、なんとなく来てみただけです」
そう答えれば先生は朗らかに笑った。
「君もそんなことするんだな」
「先生は仕事ですか」
「そうだな。夏休みだからこそ、な」
「大変ですねえ」
先生はこの後も仕事があるようで、少し話をしたら行ってしまった。姿が見えなくなってから大きなため息が聞こえてきた。大変なんだなあ。
終わりが見えてきた宿題をちまちまやっていると、だんだんと人が増えてきた。しかしそれでも授業が始まるまでにはまだ時間がある。あ、プリント、あと一枚になった。大量だと思っていた宿題も、やれば終わるんだよなあ。
「あー、春都、もう来てる」
いまだざわめきの少ない空間に、よく通る声が響く。咲良だ。
「声がでけぇ」
「なんで? なんかあったん?」
「なんもねぇよ」
咲良は荷物もそのままに、こちらにやって来て教卓に寄りかかった。
「ちょうどよかった。俺、聞いときたいことあったんだ」
何かを期待するような、楽しげな表情を浮かべる咲良。何をたくらんでいるんだか。
「なんだよ」
「今度海行くじゃん? そん時さあ、前の日、春都んち泊めてくんない?」
何を言い出すのかと思えば、泊りの申請か。
咲良は「だってさあ」と気だるげに理由を話し始めた。
「前の日は学校で、その後帰って寝て、またこっち来ないといけないわけじゃん? 田中さんも山下さんもこっちの人だし。だったらもう前の日からこっち来とけば楽かなーと。効率いいだろ?」
「効率……いいのか?」
確かに朝が早いらしいので、咲良がちゃんと起きただろうかとか、時間を守るだろうかとか、心配しなくてもいいのは利点か。まあ、こいつのことだから約束を守らないということはないだろうけど、万が一ってことがなあ……
「春都、なんか失礼なこと考えてない?」
「いや別に。あ、でも、うち親帰って来てるけど」
咲良はそんなことなどまったく気にしていない様子だった。
「じゃ、親にも聞いといて!」
そりゃそうか。人んちの引っ越しの手伝いに嬉々としてくるような奴だ。遠慮とか、人見知りとか、そういうのとは無縁か。
そして自分がやりたいことに関しては、食い下がるのも咲良である。
「分かった。聞いとく」
「よろしくな! あ、荷物置いたらまた来るなー」
……なんか、もうちょっと静かな時間があってもよかったなあ、なんて。
「あ、いいよいいよ~。来てくれて大丈夫~」
母さんに話せば、料理をしながら軽い感じで了承された。おう、まじか。
「来客用の布団、出しとかないとね」
「ああ、うん」
「そうかあ、春都の友達が来るのかあ」
父さんはなぜか感慨深そうに頷く。
「邪魔はしないから、しっかり楽しむんだぞ」
「え、うん……」
なんか、二人とも、当事者より楽しそうだ。なんでだろう。まあ、二人が嫌じゃないなら、いいか。
「お昼、まだ時間かかりそうだからこれ食べといて」
そう言って母さんから渡されたのは、揚げたてのフライドポテトだ。お、細いのと平たいの、二種類ある。
皿にケチャップとマヨネーズを絞って……ああ、この紅白、いいねえ。そうだ。タバスコも準備しよう。飲み物は……麦茶でいいか。
「いただきます」
うちのポテトは片栗粉をつけて揚げたものだ。サクッとしていながらどことなくもちっとしていて、食感が好きなんだ。
イモはほくほくだ。塩気で甘味が際立ち、鼻に抜ける風味もいい。噛んでいくと、もこもこ、ねちっとした食感になっていくのも、家で揚げたポテトの醍醐味だよな。よく揚がった、カリッとしたところもうまい。
平たい方はポテチのような見た目だが、食感はもちっとした感じである。細い方より、塩味がなじむようである。
ケチャップをつけると酸味ですっきりするなあ。やっぱトマト風味とポテトって最高の組み合わせだ。
マヨネーズはまろやかなイモの味が、よりまろやかに、まったりとした味わいになる。口当たりもねっちり感が増して食べ応えがあるんだ。
オーロラソースにすると、その両方の良さをいっぺんに感じられていい。
そうそう、ケチャップにタバスコを数滴たらして……これこれ、最近はまっている食べ方だ。ひりりとした辛さに、鼻に抜ける酸味、トマトのさわやかさが相まって、引きしまった味わいになっている。
そうするとやっぱり、シンプルな塩味が恋しくなるもので。
これだからフライドポテトはあっという間になくなってしまうんだ。
ちゃんと味わって食ってんだけどなあ。
「ごちそうさまでした」
特に理由はない。ただの気まぐれだ。普段の授業だったら早く来るなんてことはしないけど、夏休みは朝課外もないし、なんか元気が余ってたんだよな。
「おー……静か」
椅子を引く音がいつも以上に響く。クーラーがすでに入っているのは予想外だった。
なんかこんなに人がいない教室は気分がいいな。これから生徒が来なければいいのにとさえ思えてくる。
頬杖を突き、外を眺める。人がいないので、抜けるような青空がよく見える。小学生の頃は無意味に、早朝登校してたなあ。誰が一番に教室に来るかって、賭けみたいなこともしてたし。
あの無意味なやる気はいったい、どこへいってしまったのだろうなあ。
「ん?」
そういや、もう一個上の階、三年生の教室は賑やかだな。うっすら声が聞こえてくる。やっぱ受験とかで色々あるのだろうか。職員室は開いてるみたいだし、勉強するにはもってこいなのか。
「あ~……暇」
なんでこんな早く来たかなあ。机にだらんとうなだれてみる。ひんやりして気持ちいいな。
もう一回帰っても余裕で間に合うけど、のんびりするほどの時間はないし、何より暑さが増し始めた外に出たくない。
「お」
「あ?」
廊下を歩く音がして誰かと思えば、石上先生だった。思いっきりガラの悪い声が出てしまった。しかし石上先生は少しも意に介していないようで、にこにこ笑って窓枠に寄りかかってこちらを向いた。
「おはよう。一条君」
「お、おはようございます」
「ずいぶん早いな。何か用事でもあったのか?」
「いえ、なんとなく来てみただけです」
そう答えれば先生は朗らかに笑った。
「君もそんなことするんだな」
「先生は仕事ですか」
「そうだな。夏休みだからこそ、な」
「大変ですねえ」
先生はこの後も仕事があるようで、少し話をしたら行ってしまった。姿が見えなくなってから大きなため息が聞こえてきた。大変なんだなあ。
終わりが見えてきた宿題をちまちまやっていると、だんだんと人が増えてきた。しかしそれでも授業が始まるまでにはまだ時間がある。あ、プリント、あと一枚になった。大量だと思っていた宿題も、やれば終わるんだよなあ。
「あー、春都、もう来てる」
いまだざわめきの少ない空間に、よく通る声が響く。咲良だ。
「声がでけぇ」
「なんで? なんかあったん?」
「なんもねぇよ」
咲良は荷物もそのままに、こちらにやって来て教卓に寄りかかった。
「ちょうどよかった。俺、聞いときたいことあったんだ」
何かを期待するような、楽しげな表情を浮かべる咲良。何をたくらんでいるんだか。
「なんだよ」
「今度海行くじゃん? そん時さあ、前の日、春都んち泊めてくんない?」
何を言い出すのかと思えば、泊りの申請か。
咲良は「だってさあ」と気だるげに理由を話し始めた。
「前の日は学校で、その後帰って寝て、またこっち来ないといけないわけじゃん? 田中さんも山下さんもこっちの人だし。だったらもう前の日からこっち来とけば楽かなーと。効率いいだろ?」
「効率……いいのか?」
確かに朝が早いらしいので、咲良がちゃんと起きただろうかとか、時間を守るだろうかとか、心配しなくてもいいのは利点か。まあ、こいつのことだから約束を守らないということはないだろうけど、万が一ってことがなあ……
「春都、なんか失礼なこと考えてない?」
「いや別に。あ、でも、うち親帰って来てるけど」
咲良はそんなことなどまったく気にしていない様子だった。
「じゃ、親にも聞いといて!」
そりゃそうか。人んちの引っ越しの手伝いに嬉々としてくるような奴だ。遠慮とか、人見知りとか、そういうのとは無縁か。
そして自分がやりたいことに関しては、食い下がるのも咲良である。
「分かった。聞いとく」
「よろしくな! あ、荷物置いたらまた来るなー」
……なんか、もうちょっと静かな時間があってもよかったなあ、なんて。
「あ、いいよいいよ~。来てくれて大丈夫~」
母さんに話せば、料理をしながら軽い感じで了承された。おう、まじか。
「来客用の布団、出しとかないとね」
「ああ、うん」
「そうかあ、春都の友達が来るのかあ」
父さんはなぜか感慨深そうに頷く。
「邪魔はしないから、しっかり楽しむんだぞ」
「え、うん……」
なんか、二人とも、当事者より楽しそうだ。なんでだろう。まあ、二人が嫌じゃないなら、いいか。
「お昼、まだ時間かかりそうだからこれ食べといて」
そう言って母さんから渡されたのは、揚げたてのフライドポテトだ。お、細いのと平たいの、二種類ある。
皿にケチャップとマヨネーズを絞って……ああ、この紅白、いいねえ。そうだ。タバスコも準備しよう。飲み物は……麦茶でいいか。
「いただきます」
うちのポテトは片栗粉をつけて揚げたものだ。サクッとしていながらどことなくもちっとしていて、食感が好きなんだ。
イモはほくほくだ。塩気で甘味が際立ち、鼻に抜ける風味もいい。噛んでいくと、もこもこ、ねちっとした食感になっていくのも、家で揚げたポテトの醍醐味だよな。よく揚がった、カリッとしたところもうまい。
平たい方はポテチのような見た目だが、食感はもちっとした感じである。細い方より、塩味がなじむようである。
ケチャップをつけると酸味ですっきりするなあ。やっぱトマト風味とポテトって最高の組み合わせだ。
マヨネーズはまろやかなイモの味が、よりまろやかに、まったりとした味わいになる。口当たりもねっちり感が増して食べ応えがあるんだ。
オーロラソースにすると、その両方の良さをいっぺんに感じられていい。
そうそう、ケチャップにタバスコを数滴たらして……これこれ、最近はまっている食べ方だ。ひりりとした辛さに、鼻に抜ける酸味、トマトのさわやかさが相まって、引きしまった味わいになっている。
そうするとやっぱり、シンプルな塩味が恋しくなるもので。
これだからフライドポテトはあっという間になくなってしまうんだ。
ちゃんと味わって食ってんだけどなあ。
「ごちそうさまでした」
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