一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第四百八話 ローストビーフおにぎり

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「おおっ」
 ザアッ、バサアッ、と勢い良く雨が窓に打ち付け、風が木々をなぎ倒すがごとく吹き荒れている。おぉ、おぉ、こりゃーすげえ。
「わふっ」
「うん、ゆっくりしような」
 カーテンを閉め、ソファに座りテレビをつける。どのチャンネルも台風情報ばかり放送していて、一つだけ、子ども向けのアニメが放送されていた。そのチャンネルはともかくとして、他のチャンネルも台風情報を逐一放送しているのにはちょっと驚いた。いつもなら、地元の放送局でもない限り、さらっと情報流しただけで終わるのに。
 そんだけやべーのかな。あ、なんだ。たまたまタイミングが一緒だっただけか。もう『ハロウィン特集!』とかやってる。ハロウィンて、気が早すぎるだろ。
 画面の左下あたりに台風の予報進路の図が出ていて、避難情報とかも流れている。今が一番、雨も風もひどいのだろう。夕方ごろには止むかな。
「ん~……何しよう」
 どこかに出かけるわけにもいかないし、何しよう。休校って、決まった瞬間が気持ちのピークというか、いざ休校日になると、どう時間を使うべきか分からなくなる。
「おっ?」
 もう何度も見たアニメ映画のDVDを入れていたら、スマホが震え、軽快な音が鳴った。
「もしもーし」
『春都? そっちは大丈夫?』
 母さんだ。
「あーうん。風も雨もすげーけど、今んとこ大丈夫」
『そう、よかった。心配でね~。ばあちゃんにも連絡したけど、お店の方も大丈夫って言ってた』
「そうなんだ」
 あの店、家の部分も含めて結構古いからなあ。そろそろ建て替えるべきか、などという話も出ていたが、どうなったんだろう。
『こっちはね、まあ、雨は降ってるけど風はそうでもないかな』
「あー、やっぱ雨は降ってんだ。大丈夫そう?」
『雨といっても小雨よ。そっちほどじゃないから、心配ないくらい』
「父さんのとこはどうなんだろう」
『晴れてるみたいよ。写真も送られて来たけど、すごい青空よ~』
 へえ、そうなんだ。だいぶ違うんだなあ。
 仕事の合間にかけてきたらしくて、それから一言二言話して電話を切った。と、間もなくして咲良からメッセージが送られてきた。電話してもいいかとのことらしい。
 予告編の終わりを見届け、しぶしぶ了承するスタンプを送れば、すぐにかかってきた。
『よお、春都!』
「おう。元気そうだな」
『妹にテレビ占領されて、何もできねーから暇なんだよ』
 ああ、どの学校も休校だろうからなあ。昨日買ったお菓子とジュースを持って来て、再びソファに座る。うめずもそわそわしているので、お気に入りのおやつを出せば、嬉々として食いついた。うめずの場合、台風が怖いというより、まずは食欲だなあ。
『いやー、春都さ、今家で一人なんだろ? 怖くない?』
「別に。うめずもいるし」
『そっか~。よかった~』
「なんだよ、それ」
 どっちかといえば、風が吹くとテンション上がる方なのだが。まあ、まったく怖くないとも言い切れない。この風と雨は、あの日の豪雨をほうふつとさせる。
『うちはさー、木がすっごい揺れてんのが見えて怖いよ』
「ああ……」
 咲良んちの周り、自然であふれてるもんなあ……何もないともいえるか。
『あとで掃除手伝わされんのかと思うとな、ぞっとする』
「そういう感じで怖いんだな」
『だってぇ、あっちこっち片付けて、重いもん運ばされて~。大変なんだよ~』
「はは、頑張れ」
『他人事だと思いやがって』
 ポテチを食べ、コーラを飲む。濃い塩気とコーラの過剰なまでの甘さがよく合う。いつもよりうまさ割り増しなのは、突然の休みのおかげか、はたまた、自分がやらなくていい労働の話を聞きながらだからなのか。
『あっ、何食ってんの』
「ポテチとコーラ。映画見ながら食ってる」
『えー、いいなあ! 何の映画?』
「あれだ、あれ」
 結局、そのあとは映画が終わるまで話し込んで、スマホの充電がギリギリというところで通話を切った。うげ、一時間半か。
 まあ、他にすることないし、いいか。ずっと画面が触れていた耳が熱いし、ぼわぼわする。
「ふーっ……」
 ぼんやりとテレビ画面に目を向ける。ずっと流れ続ける音楽、表示されるのはメニュー、キャラクターの姿。
「……もっかい見よ」
 ポップコーンでも食うかなあ。

 結局、有意義といっていいのか否か分からない時間の過ごし方をしてしまった。映画を見、スマホを眺め、ゲームをし、漫画を読み、アニメを作業用BGMのごとく流し……なんだか夢を見ている気分である。
「そろそろ晩飯か」
 今日の晩飯はもう決めてある。ローストビーフだ。電子レンジでじわじわ解凍したので、ほんのり温かい。早めに食べておかないと、悪くなったらいけないからな。
 今日はこれをおにぎりにする。おにぎりというか、ビジュアル的には手まり寿司だな。いつもより気持ち小さめに俵型のおにぎりを作って、のりの代わりに肉を巻く。おお、うまそうだ。これをいくつも作って、キャベツも添えておく。
「いただきます」
 肉汁で作ったたれは用意できないが、焼き肉のたれとわさび醤油でいただく。
 まずは焼肉のたれで。甘すぎず、香ばしいたれはうま味を引き立て、やはり肉に合う。ごまの風味もいい。ピリッとささやかな辛味がいいアクセントになっていて、ご飯に染みた肉のうま味と相まっていい。
 はっ、いかんいかん。焼肉のたれだけで全部食べてしまいそうだ。
 いったんキャベツで冷静になろう。さっぱり酢の効いたドレッシングで、目が覚めるようだ。なじんでくると、キャベツの甘味を感じてうまい。
 わさび醤油で食ってみよう。わさびをちょっとのせて醤油をかけて……なんかお店のご飯みたいだ。
 さっぱりとした味わいながら、醤油の風味が肉のうま味を引き立てる。わさびがいつもより効く感じだ。んー、辛い。でもうまい。醤油多めにしてみよう。……ああ、これくらいがいいかもしれない。
 今日はうちにあるもので用意できるたれだけだが、今度はいろいろ作ってみようか。やっぱり肉汁で作ったたれが欲しいなあ。また作ってもらうか、それとも自分で作るか。
 うん、うまいもん食えたし、体も休めたし、今日は有意義だった。というか、楽しかった。
 それでよし、ということにしておこう。
 そろそろ、雨もやみそうだ。

「ごちそうさまでした」
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