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日常
第四百十四話 ばあちゃん飯
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午後の部は応援合戦から始まる。
早瀬は時計を確認すると言った。
「ちょっと放送かけるな」
「おー」
弁当を片付け、倉庫に置いていたバッグにしまいにいく。と、間もなくして放送が入った。
『昼休み終了四十五分前です。多目的ホールを解錠します。応援合戦で準備が必要な生徒は、準備をしてください』
普段の早瀬も滑舌いいし声はよく通るが、放送となるとまた違う感じがする。普段話してるやつがこんなふうに、なんていうか、ちゃんとしてると不思議な感じだ。
「結構来てるんだな、観客」
朝比奈の言葉に、ふと視線を上げる。テントから離れたところ、関係者以外立ち入り禁止のロープの向こうには、確かに大勢の人がいた。卒業生がほとんどだろうなあ。応援合戦前になって、さらに人が増えたようにも思う。
「まあ、うちの体育祭、結構目立つからな。朝比奈のとこは来ないのか?」
「来ないな。遠いし、そもそも家にいる時間も少ないし」
「ふーん。そんなもんか」
「そういや朝比奈んち行っても、父ちゃんとか母ちゃんに会わなかったもんな」
咲良は水筒のお茶を一口飲んで言った。
「あんときはタイミングが合わなかったんかなと思ったけど、普段からそんななの」
「昔っからそんなだよ。行事には滅多に来ない」
感慨も何もないように朝比奈は言った。むしろ楽しげに笑っている。
「だから、運動会の時はいつも優太の家にお世話になってたよ。姉さんもいろいろやってくれたし、お手伝いさんもいたし、不便はなかったなあ」
「そうだったな、お前のうちにはお手伝いさんがいた」
「まあ、あのお屋敷を管理するには、人手がいるだろうからなあ」
咲良はしみじみとつぶやく。確かに、朝比奈の家はでかいからな。
「こんだけ人がいると、見知った顔の一つや二つありそうだよなー」
と、咲良が人だかりに目を向ける。何人かの生徒は知り合いと話しているようだった。正直、先輩とかと関わりもないし、知り合いがいるとは考えられないんだよなあ。
「あ、いた」
「えっ」
「ほれ、あそこ」
咲良が指さした先には守本がいた。私服姿なのですぐに分からなかった。向こうもこちらを見つけ、ひらひらと手を振っている。
「菜々世~、来たのか!」
三人そろって菜々世の元へ行けば、菜々世はにこにこ笑って言った。
「暇だったからな」
暇だったから他校の体育祭を見に行く、とは俺にはない発想だな。
「あれ? 菜々世んとこ、体育祭いつだっけ?」
「来週。応援団とかは練習やってるみたいだけど。チームによってはみんな集まってるらしいよ」
「お前のチームは?」
「自主参加。まあでも俺、運動会に情熱かけてないし」
温和な雰囲気でにこにこ笑って、ずいぶん冷めたことを言うもんだ。まあ、その気持ちも分からないでもないが。
咲良は「あっはっは!」と笑った。
「お前らしいなあ。ま、強制されてないならいいだろ」
「そうそう」
「あっ、ちょうどよかったー」
と、そこにもう一人、私服姿の見知った顔がやってきた。観月だ。
「おお、お前も来たのか。観月んとこの学校、体育祭は?」
「もう終わってる。文化祭の準備が忙しいよ、今は」
ああ、そういえばそうだったな。
「文化祭いつだっけ」
「来月~。来てね、僕、センターだから」
「は? センター?」
聞けば観月は楽しげに言った。
「生徒会でアイドルやるんだ~。それで、僕、センターに抜擢されたんだよね。投票で」
それはすごいな。
「おー、そりゃあ、見に行かないとな」
「握手券、融通してあげるよ」
「うちわでも作ってやろうか」
ちょうど、そこで昼休み終了十分前のアナウンスが入った。そろそろ準備をしなければならない。
また詳しいことは今度話すと約束して、仕事に戻った。
ここまで充実感にあふれた体育祭の終わりとは久しぶりだ。勝ち負けはどうなったか覚えてないが。なんだかすがすがしい気分だ。
その反面、とても疲れた。ばあちゃんが準備した熱い風呂の湯が身に染みる。
「あ~、さっぱりした」
風呂を出れば、いいにおいが漂ってくる。誰かが飯を作ってくれるって、嬉しいなあ。
「ご飯、できてるよ」
「やった」
テーブルにはたくさんの料理が並んでいる。
揚げ物がいっぱいだ。とんかつにアスパラ巻き、揚げたこ、とり天。サラダもあるな。ああ、これは元気が出そうだ。
「いただきます」
とんかつにはソースをかけよう。すりごまもかけて、食べる。サックサクに揚がった衣が香ばしい。肉はジューシーで、脂身は甘い。口いっぱいに豚のうま味とソースの酸味、ごまの香ばしさが満ちていく。
からしをつければピリッと味が締まってご飯が進むことこの上ない。からしは、たっぷり目につけるのが好きだなあ。
「ほら、こっちも食べて」
「うん」
「こっちも揚げたてだぞ」
「そっちも」
じいちゃんとばあちゃんは矢継ぎ早に皿をこちらにやってくる。いつもこの調子だ。ちょっと焦るが、それがうれしい。
アスパラを食べよう。薄い豚肉で巻いたアスパラに衣をつけて揚げたものだ。これもソースかなあ。サクッと、とんかつよりも薄い衣。だからアスパラガスのみずみずしさがよく分かる。薄い豚肉が、より、アスパラのおいしさを引き立てる。
揚げたたこ焼き……揚げたこは焼いたものより熱々だ。カリジュワッとした表面、とろりとした中身、小さなたこ。紅しょうがも爽やかで、出汁が効いている。散らされたネギの風味がいい風味を醸し出しているんだ。
ここでサラダを挟もう。キャベツたっぷり、レタスもたっぷりだ。細切りのピーマンと薄切りの玉ねぎがいい味を出している。
オリーブたっぷりのドレッシングとキャベツの千切りはよく合う。レタスはみずみずしく、ピーマンの苦みと玉ねぎのほのかな辛味がお店っぽい味だ。
そんで、とり天。からあげとは違い、さっぱりしている気がする。ふわふわとした食感もあり、サクサクともしており、という衣はとり天でこそ楽しめるものだ。身もぷりっぷりで、あっさりとした味付けがいい。
「いい食べっぷりね~」
ご飯をおかわりしたら、ばあちゃんが楽しそうに言った。
「腹減ってたから」
「頑張ったのね、お疲れ様」
「お疲れ」
頑張って、じいちゃんが弁当を届けてくれて、ばあちゃんがうまい飯を作ってくれて……
毎週末が体育祭でもいい、なんて思ったのは初めてだな。
「ごちそうさまでした」
早瀬は時計を確認すると言った。
「ちょっと放送かけるな」
「おー」
弁当を片付け、倉庫に置いていたバッグにしまいにいく。と、間もなくして放送が入った。
『昼休み終了四十五分前です。多目的ホールを解錠します。応援合戦で準備が必要な生徒は、準備をしてください』
普段の早瀬も滑舌いいし声はよく通るが、放送となるとまた違う感じがする。普段話してるやつがこんなふうに、なんていうか、ちゃんとしてると不思議な感じだ。
「結構来てるんだな、観客」
朝比奈の言葉に、ふと視線を上げる。テントから離れたところ、関係者以外立ち入り禁止のロープの向こうには、確かに大勢の人がいた。卒業生がほとんどだろうなあ。応援合戦前になって、さらに人が増えたようにも思う。
「まあ、うちの体育祭、結構目立つからな。朝比奈のとこは来ないのか?」
「来ないな。遠いし、そもそも家にいる時間も少ないし」
「ふーん。そんなもんか」
「そういや朝比奈んち行っても、父ちゃんとか母ちゃんに会わなかったもんな」
咲良は水筒のお茶を一口飲んで言った。
「あんときはタイミングが合わなかったんかなと思ったけど、普段からそんななの」
「昔っからそんなだよ。行事には滅多に来ない」
感慨も何もないように朝比奈は言った。むしろ楽しげに笑っている。
「だから、運動会の時はいつも優太の家にお世話になってたよ。姉さんもいろいろやってくれたし、お手伝いさんもいたし、不便はなかったなあ」
「そうだったな、お前のうちにはお手伝いさんがいた」
「まあ、あのお屋敷を管理するには、人手がいるだろうからなあ」
咲良はしみじみとつぶやく。確かに、朝比奈の家はでかいからな。
「こんだけ人がいると、見知った顔の一つや二つありそうだよなー」
と、咲良が人だかりに目を向ける。何人かの生徒は知り合いと話しているようだった。正直、先輩とかと関わりもないし、知り合いがいるとは考えられないんだよなあ。
「あ、いた」
「えっ」
「ほれ、あそこ」
咲良が指さした先には守本がいた。私服姿なのですぐに分からなかった。向こうもこちらを見つけ、ひらひらと手を振っている。
「菜々世~、来たのか!」
三人そろって菜々世の元へ行けば、菜々世はにこにこ笑って言った。
「暇だったからな」
暇だったから他校の体育祭を見に行く、とは俺にはない発想だな。
「あれ? 菜々世んとこ、体育祭いつだっけ?」
「来週。応援団とかは練習やってるみたいだけど。チームによってはみんな集まってるらしいよ」
「お前のチームは?」
「自主参加。まあでも俺、運動会に情熱かけてないし」
温和な雰囲気でにこにこ笑って、ずいぶん冷めたことを言うもんだ。まあ、その気持ちも分からないでもないが。
咲良は「あっはっは!」と笑った。
「お前らしいなあ。ま、強制されてないならいいだろ」
「そうそう」
「あっ、ちょうどよかったー」
と、そこにもう一人、私服姿の見知った顔がやってきた。観月だ。
「おお、お前も来たのか。観月んとこの学校、体育祭は?」
「もう終わってる。文化祭の準備が忙しいよ、今は」
ああ、そういえばそうだったな。
「文化祭いつだっけ」
「来月~。来てね、僕、センターだから」
「は? センター?」
聞けば観月は楽しげに言った。
「生徒会でアイドルやるんだ~。それで、僕、センターに抜擢されたんだよね。投票で」
それはすごいな。
「おー、そりゃあ、見に行かないとな」
「握手券、融通してあげるよ」
「うちわでも作ってやろうか」
ちょうど、そこで昼休み終了十分前のアナウンスが入った。そろそろ準備をしなければならない。
また詳しいことは今度話すと約束して、仕事に戻った。
ここまで充実感にあふれた体育祭の終わりとは久しぶりだ。勝ち負けはどうなったか覚えてないが。なんだかすがすがしい気分だ。
その反面、とても疲れた。ばあちゃんが準備した熱い風呂の湯が身に染みる。
「あ~、さっぱりした」
風呂を出れば、いいにおいが漂ってくる。誰かが飯を作ってくれるって、嬉しいなあ。
「ご飯、できてるよ」
「やった」
テーブルにはたくさんの料理が並んでいる。
揚げ物がいっぱいだ。とんかつにアスパラ巻き、揚げたこ、とり天。サラダもあるな。ああ、これは元気が出そうだ。
「いただきます」
とんかつにはソースをかけよう。すりごまもかけて、食べる。サックサクに揚がった衣が香ばしい。肉はジューシーで、脂身は甘い。口いっぱいに豚のうま味とソースの酸味、ごまの香ばしさが満ちていく。
からしをつければピリッと味が締まってご飯が進むことこの上ない。からしは、たっぷり目につけるのが好きだなあ。
「ほら、こっちも食べて」
「うん」
「こっちも揚げたてだぞ」
「そっちも」
じいちゃんとばあちゃんは矢継ぎ早に皿をこちらにやってくる。いつもこの調子だ。ちょっと焦るが、それがうれしい。
アスパラを食べよう。薄い豚肉で巻いたアスパラに衣をつけて揚げたものだ。これもソースかなあ。サクッと、とんかつよりも薄い衣。だからアスパラガスのみずみずしさがよく分かる。薄い豚肉が、より、アスパラのおいしさを引き立てる。
揚げたたこ焼き……揚げたこは焼いたものより熱々だ。カリジュワッとした表面、とろりとした中身、小さなたこ。紅しょうがも爽やかで、出汁が効いている。散らされたネギの風味がいい風味を醸し出しているんだ。
ここでサラダを挟もう。キャベツたっぷり、レタスもたっぷりだ。細切りのピーマンと薄切りの玉ねぎがいい味を出している。
オリーブたっぷりのドレッシングとキャベツの千切りはよく合う。レタスはみずみずしく、ピーマンの苦みと玉ねぎのほのかな辛味がお店っぽい味だ。
そんで、とり天。からあげとは違い、さっぱりしている気がする。ふわふわとした食感もあり、サクサクともしており、という衣はとり天でこそ楽しめるものだ。身もぷりっぷりで、あっさりとした味付けがいい。
「いい食べっぷりね~」
ご飯をおかわりしたら、ばあちゃんが楽しそうに言った。
「腹減ってたから」
「頑張ったのね、お疲れ様」
「お疲れ」
頑張って、じいちゃんが弁当を届けてくれて、ばあちゃんがうまい飯を作ってくれて……
毎週末が体育祭でもいい、なんて思ったのは初めてだな。
「ごちそうさまでした」
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