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日常
第四百二十五話 おにぎり
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「テスト明けの祝日、楽しみだなあ」
咲良はのんきに笑って言い、俺の椅子の背もたれを揺さぶる。
「おい、やめろ」
「アンデスもさあ、すっげえ元気だよ。楽しみなんかなあ」
「……お前なあ」
ふと、窓の外に視線をやる。どんよりと重たくのしかかる雲、形容しがたい色の空、無風、無音。嵐の前の静けさというやつか。
「テストが予定通りいくとも限らんというのに」
また台風が来ているらしい。それも、今度は相当な勢力なのだとか。
台風の時期だからなあ……
「そこは、こう、晴れごいをすれば何とか」
「なんだそれは」
「雨ごいがあるなら、晴れごいもあるだろー」
咲良は言うと背もたれから手を放し、こちらに背を預けて体重をかけてきた。
「重い」
「アンデスがおびえないようにしないとなあ」
「重いっつってんだろ」
「え~、だって普通に立つのだるいもん」
咲良は体勢を立て直すと、今度は壁に寄りかかった。はぁ~あ、とため息をつき、咲良は言う。
「午後から休みになんねーかな」
「どうだろうな」
外が薄暗いと教室の明かりが際立つ。なんか宿泊訓練の時の夜みたいで、めっちゃ眠くなってきた。
「ねみぃ」
「それな」
咲良は相槌を打つと、再びこちらに身を預けてきた。
「重いんだよ」
「壁は痛い」
「俺が痛いんだが」
咲良の重みをうまいこと逃がせないかと思ったが、これは逆に、重さに従っていた方が楽なのではないかと気づいて、いっそその重みに身を預ける。ゆっくりと体が前のめりになり、机に突っ伏す。
「おわーっ、せ、背骨がっ」
すっかりのけぞってしまったらしい咲良はうめきながら体勢を立て直す。
「なんだよ急に~」
「ははは、体硬いな、お前」
間もなくして、予鈴が鳴った。
今日の午後授業中止と明日の休校が告げられたのは、朝のホームルームでのことだった。
生ぬるい空気に、じっとりとした湿気。これから台風が来るんだなあ、というのが肌で分かる。咲良は、帰る頃にはすっかりくたびれていた。低気圧でしんどいらしい。そういや、事務室で見かけた石上先生も頭を抱えていた。
あちこちの家で台風対策がとられているのが見える帰路。向かうのは店だ。
大変なことなのは重々承知している。しかし、どうしても、休みだと思うとつい、嬉しくなってしまう。まあ、勉強はしないとな。うんうん。
向かう先は家ではなく、店だ。お、もうシャッターが閉まっている。そういや、店周辺にある病院も静かだなあ。
「ただいまー」
「あら、春都。おかえり。早いね」
出迎えてくれたのはばあちゃんだ。少し驚いているようであるが、にこにこ笑っている。
「明日も休みになった」
「ああ、台風来るもんね」
「お、春都。おかえり」
「じいちゃん、ただいま」
家の中を見る限り。しっかり台風対策はとられているようだった。テレビもついているが、流れているのはバラエティ番組だ。笑い声と素っ頓狂な音楽が軽妙に絡み合っている。
「どこもかしこも、こんな番組ばかりだ」
じいちゃんは少し不満げに言った。
「隅の方に情報を出してくるが、全く見えん。何だこの天気図は」
「あー、この辺に台風が来るときはいつもそうだよね」
「この番組が一番ましなんだ。よそは隅にすら情報が出ていない」
この辺の地域は時期になると台風がしょっちゅう来るからか、都会の番組はあまり取り上げてくれない。天気予報があったとしても、自分たちのところのことばかりだ。地方局は予定を変更してやってるが、常に地方局の放送がかかっているわけではないからなあ。
ちょっとくらい、台風情報を放送してくれたっていいじゃないか、とはいつも思うことである。
「ま、とりあえずご飯食べましょう。春都も食べてないよね?」
「うん。めっちゃ腹減ってる」
言えば、ばあちゃんは楽しそうに笑って頷いた。
「それじゃあ、テーブルを準備して待っててくれる? すぐ作るから」
テーブルを拭き、箸を準備する間、台所からは心躍る音が聞こえ、いい香りが漂ってくる。
「うーん、この進路はちょっと怖いなあ」
じいちゃんが、テレビのすみっこに表示されている天気図を凝視して言う。
「明日が、大変そうだ」
「そうなんだ……」
と、画面が変わり、台風情報も引っ込んでしまった。じいちゃんはムッとするが、諦めたようにため息をついた。
「ほらほら、食べよう」
「そうだな」
ばあちゃんが持って来てくれたのは、ふっくら卵焼きにウインナーを焼いたもの、それに、おにぎりだ。
「いただきます」
まずはおにぎりから。でっかい、ボールみたいな大きさの三角おにぎりだ。がぶりとかぶりつけば、塩気と米の甘さがホワンと口に広がる。中に入っているのは大根葉の漬物か。カボスのさわやかな香りと、一味のピリッとした辛味がうまい。シャキシャキとみずみずしい口当たりは、ご飯が進んでしょうがない。
卵焼きはしっかり目に焼かれていて、おいしい。甘さが程よく感じられ、鼻に抜ける卵の風味がいい。
ウインナーは香ばしい。プリッとした歯ごたえとカリッと焼けたところがうまい。
「そうだ。じいちゃんとばあちゃんさ、うち来たら?」
ふと思い立って、三つ目のおにぎりに手を付けながら言う。
「ああ、そうさせてもらおうかと話をしていたんだった」
「お言葉に甘えて、いいかな?」
「いいよ」
昼飯食って、ちょっとしてから帰ることになった。
ばあちゃんの飯に、ちょっと、いや、だいぶ期待しているのは、言うまでもない。
「ごちそうさまでした」
咲良はのんきに笑って言い、俺の椅子の背もたれを揺さぶる。
「おい、やめろ」
「アンデスもさあ、すっげえ元気だよ。楽しみなんかなあ」
「……お前なあ」
ふと、窓の外に視線をやる。どんよりと重たくのしかかる雲、形容しがたい色の空、無風、無音。嵐の前の静けさというやつか。
「テストが予定通りいくとも限らんというのに」
また台風が来ているらしい。それも、今度は相当な勢力なのだとか。
台風の時期だからなあ……
「そこは、こう、晴れごいをすれば何とか」
「なんだそれは」
「雨ごいがあるなら、晴れごいもあるだろー」
咲良は言うと背もたれから手を放し、こちらに背を預けて体重をかけてきた。
「重い」
「アンデスがおびえないようにしないとなあ」
「重いっつってんだろ」
「え~、だって普通に立つのだるいもん」
咲良は体勢を立て直すと、今度は壁に寄りかかった。はぁ~あ、とため息をつき、咲良は言う。
「午後から休みになんねーかな」
「どうだろうな」
外が薄暗いと教室の明かりが際立つ。なんか宿泊訓練の時の夜みたいで、めっちゃ眠くなってきた。
「ねみぃ」
「それな」
咲良は相槌を打つと、再びこちらに身を預けてきた。
「重いんだよ」
「壁は痛い」
「俺が痛いんだが」
咲良の重みをうまいこと逃がせないかと思ったが、これは逆に、重さに従っていた方が楽なのではないかと気づいて、いっそその重みに身を預ける。ゆっくりと体が前のめりになり、机に突っ伏す。
「おわーっ、せ、背骨がっ」
すっかりのけぞってしまったらしい咲良はうめきながら体勢を立て直す。
「なんだよ急に~」
「ははは、体硬いな、お前」
間もなくして、予鈴が鳴った。
今日の午後授業中止と明日の休校が告げられたのは、朝のホームルームでのことだった。
生ぬるい空気に、じっとりとした湿気。これから台風が来るんだなあ、というのが肌で分かる。咲良は、帰る頃にはすっかりくたびれていた。低気圧でしんどいらしい。そういや、事務室で見かけた石上先生も頭を抱えていた。
あちこちの家で台風対策がとられているのが見える帰路。向かうのは店だ。
大変なことなのは重々承知している。しかし、どうしても、休みだと思うとつい、嬉しくなってしまう。まあ、勉強はしないとな。うんうん。
向かう先は家ではなく、店だ。お、もうシャッターが閉まっている。そういや、店周辺にある病院も静かだなあ。
「ただいまー」
「あら、春都。おかえり。早いね」
出迎えてくれたのはばあちゃんだ。少し驚いているようであるが、にこにこ笑っている。
「明日も休みになった」
「ああ、台風来るもんね」
「お、春都。おかえり」
「じいちゃん、ただいま」
家の中を見る限り。しっかり台風対策はとられているようだった。テレビもついているが、流れているのはバラエティ番組だ。笑い声と素っ頓狂な音楽が軽妙に絡み合っている。
「どこもかしこも、こんな番組ばかりだ」
じいちゃんは少し不満げに言った。
「隅の方に情報を出してくるが、全く見えん。何だこの天気図は」
「あー、この辺に台風が来るときはいつもそうだよね」
「この番組が一番ましなんだ。よそは隅にすら情報が出ていない」
この辺の地域は時期になると台風がしょっちゅう来るからか、都会の番組はあまり取り上げてくれない。天気予報があったとしても、自分たちのところのことばかりだ。地方局は予定を変更してやってるが、常に地方局の放送がかかっているわけではないからなあ。
ちょっとくらい、台風情報を放送してくれたっていいじゃないか、とはいつも思うことである。
「ま、とりあえずご飯食べましょう。春都も食べてないよね?」
「うん。めっちゃ腹減ってる」
言えば、ばあちゃんは楽しそうに笑って頷いた。
「それじゃあ、テーブルを準備して待っててくれる? すぐ作るから」
テーブルを拭き、箸を準備する間、台所からは心躍る音が聞こえ、いい香りが漂ってくる。
「うーん、この進路はちょっと怖いなあ」
じいちゃんが、テレビのすみっこに表示されている天気図を凝視して言う。
「明日が、大変そうだ」
「そうなんだ……」
と、画面が変わり、台風情報も引っ込んでしまった。じいちゃんはムッとするが、諦めたようにため息をついた。
「ほらほら、食べよう」
「そうだな」
ばあちゃんが持って来てくれたのは、ふっくら卵焼きにウインナーを焼いたもの、それに、おにぎりだ。
「いただきます」
まずはおにぎりから。でっかい、ボールみたいな大きさの三角おにぎりだ。がぶりとかぶりつけば、塩気と米の甘さがホワンと口に広がる。中に入っているのは大根葉の漬物か。カボスのさわやかな香りと、一味のピリッとした辛味がうまい。シャキシャキとみずみずしい口当たりは、ご飯が進んでしょうがない。
卵焼きはしっかり目に焼かれていて、おいしい。甘さが程よく感じられ、鼻に抜ける卵の風味がいい。
ウインナーは香ばしい。プリッとした歯ごたえとカリッと焼けたところがうまい。
「そうだ。じいちゃんとばあちゃんさ、うち来たら?」
ふと思い立って、三つ目のおにぎりに手を付けながら言う。
「ああ、そうさせてもらおうかと話をしていたんだった」
「お言葉に甘えて、いいかな?」
「いいよ」
昼飯食って、ちょっとしてから帰ることになった。
ばあちゃんの飯に、ちょっと、いや、だいぶ期待しているのは、言うまでもない。
「ごちそうさまでした」
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