一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
477 / 893
日常

第四百五十二話 鳥皮

しおりを挟む
 視聴覚室の隅の方の席に座る。大会がもうすぐだということもあって、みんな頑張って練習している……が、ほどほどに気も抜けている。うちの学校の放送部は、大会に情熱かけているというより、学校行事のアナウンスに振り回されている、という感じなんだな。
「早瀬、遅いな」
 ペン回しをしながら原稿を眺める咲良が言う。
「図書館寄ってくるっつってたから、誰かと話してんじゃないの」
 と、眠そうに朝比奈が言う。
「寝不足か?」
「姉さんが帰って来てるから」
「あ、なるほど」
 それすなわち、治樹も一緒だということを意味する。長期休みだけじゃないとは、大変だなあ。
 そんなことを思っていたら、部室につながる扉のドアノブがガチャガチャと大きな音を立てた。視聴覚室の扉は少々特殊で、ドアノブを下げると扉が閉まり、開けるにはドアノブが横を向いていないといけない。
 慣れてもたまに失敗する。そんな時はいつも、盛大な音がするのだ。
「やべ、しくじった」
 入ってきたのは早瀬だった。先生じゃないと分かって、なんとなく空気が緩む。早瀬は、片手には原稿が入っているらしいファイルを抱え、走ってきたのか、少し髪がやつれていた。
「はー、まだ先生来てない?」
 髪をサッサッと整えながら、早瀬は適当に席についた。原稿の端をいじっていた朝比奈が答える。
「来てない。セーフ」
「いやぁー、図書館で漆原先生と話が盛り上がってさー。時間忘れてた」
「何の話をしてたんだ?」
 早々に練習に飽きたらしい咲良が身を乗り出す。早瀬は原稿を取り出しながら話を続ける。
「備品の片づけをしてたみたいでなー。文化祭の時に余った風船が出てきて。来年の文化祭はどんな着ぐるみ着ようかってさ」
 その言葉を聞いて、思わず咲良と朝比奈と視線をかわす。咲良は「あー、あれなぁ~……」と緩い笑みを浮かべ、朝比奈はキュッと口を結ぶ。事情をよく知らない早瀬はそれに気づかず、話し続けた。
「俺、放送部でいろいろやってたから着ぐるみとか気付かなくてさー。そんな楽しそうなことやってたんだなあ。誰が着てたんだろ。それは教えてくれなかったんだよー」
「あー、知りたい?」
 咲良がにやにやと笑いながら早瀬を見る。早瀬は一瞬ぽかんとすると、「知ってるのか?」と食いついてくる。咲良は得意げな表情を浮かべて足を組み、頬杖をついた。
「知ってる。誰だと思う?」
「えー、先輩? 後輩? 同級生?」
「ふっふっふ」
 意味深に笑う咲良越しに時計を見る。そろそろ先生が来そうな頃合いだ。
「俺らだよ、俺ら」
 あっさりと俺が言ってしまえば、早瀬はまたぽかんとして、咲良は「なんだよぉ」と不満げに口を尖らせた。
「なんで先に言っちゃうかなー」
「そろそろ先生来るだろ」
「あ、それもそっか」
 朝比奈は「順番なんだっけ」とギューッと目を細めてホワイトボードを見る。
「いやいやいや」
 早瀬がやっと声を発した。
「え、あの、ハイテンションにとち狂ったような着ぐるみ集団が、お前ら?」
「とち狂ったとは失礼な」
 思わず三人、声がそろう。
 早瀬はやっと理解が追い付いたらしく、「はぁ~?」と姿勢を崩した。
「なんだよー! お前ら、超楽しそうじゃん!」
「楽しかったな」
「なー! 春都のとーちゃんのおかげだなあ!」
「まあ、ツテできたからな」
「教えろよ!」
 地団太を踏むような勢いで言う早瀬である。いや、教えろと言われても、その頃早瀬と話したことなかったし。
「俺だけ仲間外れー」
「まあまあ、早瀬」
 咲良がなだめるように、早瀬の肩をポンと叩く。そしてにっこりと笑った。
「来年はお前も一緒にやろうぜ、な?」
「俺も着ぐるみ着ていいのか!」
 感動する早瀬に、咲良は笑顔のまま言った。
「ああ。ウーパールーパーとペリカン、どっちがいい」
「えっ、なんでその二択」
 ちょうどその時、先生が使づいているという伝令がやってきたので、会話は強制的に終了したのだった。

 部活後、まっすぐ家に帰ろうとしたが、着ぐるみの話が終わっていないと早瀬が言うものだから、コンビニに寄って、近くの公園に連行された。
 買ったのは焼き鳥だ。すぐ晩飯だからな、一本で十分だ。鳥皮のタレしかなかったが、うまそうだ。
「いただきます」
 ベンチに並んで座り、鳥皮を食む。
 ぷにぷにしていて、独特の食感だ。この食感がだめだという人は結構多い。まあ、分からないでもない。初めて鳥皮見たときは、ちょっとためらったもんなあ。
 しかし今では、あれば喜んで食べるほどだ。噛むとトロッとしているようでもあり、プリプリとした食感もあり、たれが少し焦げた香ばしい部分がうまい。ものによっては飲みこみづらい皮だが、これはすんなりいけるな。
「で、なんでウーパールーパーとペリカンなわけよ」
 アメリカンドッグをかじりながら、早瀬が咲良に聞く。咲良は肉まんをほおばりながら言った。
「面白そうだけど、今回誰も着なかったから。もう一人いたら着れたなーと思って」
「それで、その面白担当が俺なのか?」
「アルパカでもいいぞ」
 確かアルパカって、四足歩行みたいな感じのタイプの着ぐるみじゃなかったっけ。前足が足で、胴と後ろ脚部分がくっついてるからそこそこ重いと思う。
 半分食べたら七味をかけてみる。
 やはり、焼き鳥には七味だなあ。ピリッとした唐辛子の刺激に、山椒の風味、ほかにも、いろいろな香りが相まってうまい。日本の食事に合う香辛料だ。食材の味を邪魔せず、むしろうまみを引き立て、自分自身の主張も忘れない。うまいなあ。
「それめっちゃ楽しそうだな!」
「えっ」
 ノリノリな早瀬の言葉にびっくりするのは、おでんのつくねを食べていた朝比奈だ。
「だって、一番注目されるだろ? はしゃぐぜー!」
 おーおー、来年の話だというのに、今からやる気十分ってか。
 最後の一切れを大事に食べる。最後の一口って言うのは大事にしたいものである。
 ……来年も着るんだなあ、着ぐるみ。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...