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日常
第四百八十九話 クッキー
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休みの日って、目覚めがいい。寝てもいい日に限って妙に頭がすっきりしてんだよなあ。これって得なんだろうか、損なんだろうか。
朝食を終え、構え構えとやってきたうめずの相手をする。父さんと母さんは部屋で仕事をしている。いつもと変わらない一人と一匹の居間だが、なんとなく気分が違うなあ。
「わふっ」
「なんだ、もういいのか」
構ってくれとしつこくやってきた割に、去り際はさっぱりしているうめずである。俺から離れた後、ひとしきりお気に入りのおもちゃを振り回した後、やれやれというようにベッドに伏せた。
「気まぐれだなあ」
さて、こうなると暇だなあ。何しよう。特にやることないんだよなあ。
そういや百瀬は今日、買い物に行くんだって言ってたなあ。昨日からもうテンション上がってたな。テンション上がり過ぎて、色々勇み足になってたけど。
お菓子……お菓子か。
「作ってみるか」
せっかく時間あるし。実は製菓用のバターは買ってるんだよな。お菓子作ればいいのに、と百瀬に言われて、なんとなく買ってしまったんだ。小麦粉もあるし、クッキーでも作ろうか。
「レシピレシピ……」
母さんがお菓子を作るときに、昔からずっと使っているというレシピを使う。台所の棚の隙間にあるはず……ああ、あったあった。ずいぶん使い込まれているし、写真もなんとなく、古い。ページが所々とれそうだ。
「どんぐらい作るかなあ」
バターを中途半端に残しておいても、今度いつ使うか分かんないもんな。ひと箱使ってしまおう。て、ことは、レシピの二倍量か。こういう計算、間違いがちなんだよな。丁寧にやろう。
とりあえずボウルにバターを出しておいて、卵も常温に。
小麦粉と砂糖も量っとくか。ビニール袋でいいだろう。ふるいを使うとレシピには書いてあったけど、なんか、ビニール袋使うやり方の方がしっくりくるんだよなあ。どこで聞いたんだっけ、ああ、母さんが言ってたのか。袋に入れて、空気入れて振れば、十分だって。洗い物も減るし、と。
砂糖もビニール袋に。粉糖……ないな。うん、普通の砂糖で勘弁してくれ。
バターの入ったボウルとスプーンを持ち、ソファに向かう。うめずはほんのりと暖かい日差しの中で、気持ちよさそうに眠っていた。
程よく柔らかくなってきたところで、スプーンでなめらかにしていく。バターをつぶすような感覚って、なんか癖になる。
「こんなもんか」
いい具合にクリーム状になったら台所に持っていき、砂糖を入れてさらに混ぜる。これをパンに塗って焼いてもうまそうなんだよなあ。というか、このペーストだけでもうまい。卵を入れる前にちょっとなめてみる。ふふ、ザラっとした砂糖の食感と塩気のないバターの風味。小さいころを思い出すような味だ。
さて、なめ続けるわけにもいかない。卵黄だけを入れ、卵白はなんかに使おう。ああ、昼ご飯をチャーハンにして白身マシマシでもいいかも。火を通した白身はうまい。
よく混ぜたら粉を入れる。ここまでもだいぶ重労働だったが、ここからもまた手がかかる。ほろほろしたような状態になるまで混ぜたら、まとめていく。ビニール袋を手にはめて、ぽろぽろ崩れそうな生地をうまくまとめる。
なんだか粘土をこねくり回している気分だ。粘土より大変だけど、面白い。あっ、型抜きにするかアイスボックスにするか決めてなかった。まあでも、型、準備してないし、アイスボックスでいいか。
アイスボックスといえば、ココアとのモザイクが好きなんだよなあ。ココア買ってきとけばよかったかなあ。ま、いいや。今度また気が向いた時に作ってみよう。
「よし、いい感じにまとまったな」
ラップにのせて、整形して、ちょっと冷凍庫に入れておく。そうした方が切りやすいんだ……と、母さんが言っていた。
待っている間にオーブンの準備をしておこう。クッキングシートを敷き、予熱は何度だったっけ。
あっ、せっかくだし、紅茶も入れようかな。お湯沸かしとこう。コーヒーでもいい。
ほどほどのかたさになったら取り出して切っていく。かたすぎるとまた、切りづらいんだ。というか、ガッチガチで切るどころじゃなくなる。
「まっすぐ切るのむずいな……」
厚さがまばらにならないように、切った後にちょこちょこ調整する。
「……っし、こんなもんか」
早速、焼いていこう。第一陣を焼いている間に、第二陣、第三陣の準備をしていく。ああ、バターと砂糖のいい香りがしてきた。早く焼けないかなあ。
「そろそろか……いや、まだか……」
早く食べたいけど、中途半端なやつは食べたくない。まだだと思ったら、ぐっと我慢である。でも、つい何度も扉を開けてしまう。
「もういいか、いいな」
程よく焼き色がついたところで取り出す。やけどしないようにキッチンペーパーごと皿にのせて、第二陣をさっそく焼く。
「いただきます」
その間に焼きたてを。焼きたてのクッキーは、サクッとしながらも、ほろっと、柔い感じもする。半生とかじゃないんだ。もう、ほろっと、シュワッとして……癖になる食感なんだ。これは焼きたてでしか味わえない食感だ。やけどには重々気を付けないとな。
そして、控えめな砂糖の甘さとバターの程よい風味。ふうっと鼻に抜け、幸せな気持ちになる。手作りお菓子って、どうしてこんなに幸せな味がするんだろう。市販のもうまいんだけど、手作りは格別なんだよなあ。
少し冷めてくると、サクサクが増してくる。噛みしめるとバターの風味が増すが、かといってくどくない。むしろ心地いい。
「あら、いい匂いがすると思ったら」
あっ、母さんが来た。続いて、父さんもやってくる。
「クッキーを焼いているのか」
「うん。食べていいよ」
ちょうど第二陣も焼きあがる。第三陣を焼き始めたら、クッキーの皿を居間に持って行く。
「飲み物何がいい?」
聞けば母さんは父さんと視線を合わせる。
「コーヒーかなあ」
「そうだな」
俺は紅茶にしよう。コーヒーはまだ、一杯分は飲み切れない。
コーヒーの匂いと紅茶の匂い。クッキーの香りも相まって、なんだか優雅な気分だ。
「はい」
「ありがとう」
紅茶とクッキー。うん、間違いないねえ。バターの香りと紅茶の香り、合わない訳がない。紅茶風味のクッキーもあるくらいだ。でも、俺はクッキーと紅茶、別々の方が好きかもなあ。まあ、あれば喜んで食べるけど。
「おいしいじゃない。上手になったねぇ」
「うん、おいしい」
「よかった」
「わうっ」
おっ、うめずも起きてきたな。うめずにはうめず用のクッキーを。こないだ買ってきておいてよかった。
第三陣のクッキーは冷まして、保存しておこう。数日はもつんじゃないかな。
お菓子作りも、たまにはいいものだなあ。
あのレシピ、いろいろ載ってるみたいだし、またなんか作ってみようかな。
「ごちそうさまでした」
朝食を終え、構え構えとやってきたうめずの相手をする。父さんと母さんは部屋で仕事をしている。いつもと変わらない一人と一匹の居間だが、なんとなく気分が違うなあ。
「わふっ」
「なんだ、もういいのか」
構ってくれとしつこくやってきた割に、去り際はさっぱりしているうめずである。俺から離れた後、ひとしきりお気に入りのおもちゃを振り回した後、やれやれというようにベッドに伏せた。
「気まぐれだなあ」
さて、こうなると暇だなあ。何しよう。特にやることないんだよなあ。
そういや百瀬は今日、買い物に行くんだって言ってたなあ。昨日からもうテンション上がってたな。テンション上がり過ぎて、色々勇み足になってたけど。
お菓子……お菓子か。
「作ってみるか」
せっかく時間あるし。実は製菓用のバターは買ってるんだよな。お菓子作ればいいのに、と百瀬に言われて、なんとなく買ってしまったんだ。小麦粉もあるし、クッキーでも作ろうか。
「レシピレシピ……」
母さんがお菓子を作るときに、昔からずっと使っているというレシピを使う。台所の棚の隙間にあるはず……ああ、あったあった。ずいぶん使い込まれているし、写真もなんとなく、古い。ページが所々とれそうだ。
「どんぐらい作るかなあ」
バターを中途半端に残しておいても、今度いつ使うか分かんないもんな。ひと箱使ってしまおう。て、ことは、レシピの二倍量か。こういう計算、間違いがちなんだよな。丁寧にやろう。
とりあえずボウルにバターを出しておいて、卵も常温に。
小麦粉と砂糖も量っとくか。ビニール袋でいいだろう。ふるいを使うとレシピには書いてあったけど、なんか、ビニール袋使うやり方の方がしっくりくるんだよなあ。どこで聞いたんだっけ、ああ、母さんが言ってたのか。袋に入れて、空気入れて振れば、十分だって。洗い物も減るし、と。
砂糖もビニール袋に。粉糖……ないな。うん、普通の砂糖で勘弁してくれ。
バターの入ったボウルとスプーンを持ち、ソファに向かう。うめずはほんのりと暖かい日差しの中で、気持ちよさそうに眠っていた。
程よく柔らかくなってきたところで、スプーンでなめらかにしていく。バターをつぶすような感覚って、なんか癖になる。
「こんなもんか」
いい具合にクリーム状になったら台所に持っていき、砂糖を入れてさらに混ぜる。これをパンに塗って焼いてもうまそうなんだよなあ。というか、このペーストだけでもうまい。卵を入れる前にちょっとなめてみる。ふふ、ザラっとした砂糖の食感と塩気のないバターの風味。小さいころを思い出すような味だ。
さて、なめ続けるわけにもいかない。卵黄だけを入れ、卵白はなんかに使おう。ああ、昼ご飯をチャーハンにして白身マシマシでもいいかも。火を通した白身はうまい。
よく混ぜたら粉を入れる。ここまでもだいぶ重労働だったが、ここからもまた手がかかる。ほろほろしたような状態になるまで混ぜたら、まとめていく。ビニール袋を手にはめて、ぽろぽろ崩れそうな生地をうまくまとめる。
なんだか粘土をこねくり回している気分だ。粘土より大変だけど、面白い。あっ、型抜きにするかアイスボックスにするか決めてなかった。まあでも、型、準備してないし、アイスボックスでいいか。
アイスボックスといえば、ココアとのモザイクが好きなんだよなあ。ココア買ってきとけばよかったかなあ。ま、いいや。今度また気が向いた時に作ってみよう。
「よし、いい感じにまとまったな」
ラップにのせて、整形して、ちょっと冷凍庫に入れておく。そうした方が切りやすいんだ……と、母さんが言っていた。
待っている間にオーブンの準備をしておこう。クッキングシートを敷き、予熱は何度だったっけ。
あっ、せっかくだし、紅茶も入れようかな。お湯沸かしとこう。コーヒーでもいい。
ほどほどのかたさになったら取り出して切っていく。かたすぎるとまた、切りづらいんだ。というか、ガッチガチで切るどころじゃなくなる。
「まっすぐ切るのむずいな……」
厚さがまばらにならないように、切った後にちょこちょこ調整する。
「……っし、こんなもんか」
早速、焼いていこう。第一陣を焼いている間に、第二陣、第三陣の準備をしていく。ああ、バターと砂糖のいい香りがしてきた。早く焼けないかなあ。
「そろそろか……いや、まだか……」
早く食べたいけど、中途半端なやつは食べたくない。まだだと思ったら、ぐっと我慢である。でも、つい何度も扉を開けてしまう。
「もういいか、いいな」
程よく焼き色がついたところで取り出す。やけどしないようにキッチンペーパーごと皿にのせて、第二陣をさっそく焼く。
「いただきます」
その間に焼きたてを。焼きたてのクッキーは、サクッとしながらも、ほろっと、柔い感じもする。半生とかじゃないんだ。もう、ほろっと、シュワッとして……癖になる食感なんだ。これは焼きたてでしか味わえない食感だ。やけどには重々気を付けないとな。
そして、控えめな砂糖の甘さとバターの程よい風味。ふうっと鼻に抜け、幸せな気持ちになる。手作りお菓子って、どうしてこんなに幸せな味がするんだろう。市販のもうまいんだけど、手作りは格別なんだよなあ。
少し冷めてくると、サクサクが増してくる。噛みしめるとバターの風味が増すが、かといってくどくない。むしろ心地いい。
「あら、いい匂いがすると思ったら」
あっ、母さんが来た。続いて、父さんもやってくる。
「クッキーを焼いているのか」
「うん。食べていいよ」
ちょうど第二陣も焼きあがる。第三陣を焼き始めたら、クッキーの皿を居間に持って行く。
「飲み物何がいい?」
聞けば母さんは父さんと視線を合わせる。
「コーヒーかなあ」
「そうだな」
俺は紅茶にしよう。コーヒーはまだ、一杯分は飲み切れない。
コーヒーの匂いと紅茶の匂い。クッキーの香りも相まって、なんだか優雅な気分だ。
「はい」
「ありがとう」
紅茶とクッキー。うん、間違いないねえ。バターの香りと紅茶の香り、合わない訳がない。紅茶風味のクッキーもあるくらいだ。でも、俺はクッキーと紅茶、別々の方が好きかもなあ。まあ、あれば喜んで食べるけど。
「おいしいじゃない。上手になったねぇ」
「うん、おいしい」
「よかった」
「わうっ」
おっ、うめずも起きてきたな。うめずにはうめず用のクッキーを。こないだ買ってきておいてよかった。
第三陣のクッキーは冷まして、保存しておこう。数日はもつんじゃないかな。
お菓子作りも、たまにはいいものだなあ。
あのレシピ、いろいろ載ってるみたいだし、またなんか作ってみようかな。
「ごちそうさまでした」
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