一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第五百一話 肉まん

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 今日の昼休みは少々忙しい。昼飯もそこそこに、ジャージに着替えなければならない。
「ちょっと、女子早く出てって。着替えらんねえじゃん」
「はー? お前らが着替えてるとこ見てもなんとも思わないし」
「つーかそもそも見てないし」
「いーから出てけよ」
 教室の出入り口付近でいつものごとく、いつものやつらがもめているが、そんなことよりとっとと扉を閉めてほしい。寒い。
「どこ集合だっけ、サブグラウンド?」
 中村の席に荷物を置き、下は制服、上はジャージという奇妙な格好をした山崎が誰ともなしに聞いた。それに中村が答える。
「うん、そう。確かサブ」
「で、どこ掃除すんだっけ」
「けやき通り」
「あー、あそこかあ」
 今日は愛校作業とかいうやつだ。どうしてこういう屋外行事ってのは、クッソ寒いときかクッソ暑いときにしかないんだろうか。春にすりゃいいのに。ポカポカ陽気の中だったら、多少のやる気も出るというものだ。
「うっわ、正気かよ」
 お、なんだ。なんかドン引きした宮野の声が聞こえたぞ。勇樹の席にいるのか。
「どーした、宮野」
「勇樹、この格好で行くんだって。どう思う?」
「あ?」
 見れば勇樹は、上こそ長袖のジャージであるものの、下は短パンという、なんかこう……小学生みたいな見た目をしていた。
「うへぇ、さっむぅ」
「動けば暑くなるだろ!」
 勇樹が得意げに言うと、宮野はしかめっ面をして「見てるこっちが寒いんだよ……」と吐き捨てるように言ったのだった。

 降り積もった落ち葉が通行の邪魔をする道を行く。こういうのを掃除すべきなのでは、と思うが、俺らはゴミ拾いをすればいいらしい。この辺の落ち葉は、町の人たちが掃除するから、なんだと。
 落ち葉は季節になると落ちてくるものだから仕方ないし、片づけるとしても腹はあまりたたないが、捨てられたごみは、なんで俺がルールも守れねえ奴らの尻ぬぐいをしなきゃなんねえんだ、って腹立つ。
 空き缶やら、コンビニの袋やら、みんなよく捨てるなあ。うわ、なにこれ。どろっどろの雑誌出てきた。うへえ、これ、火ばさみなかったら拾いたくねえよ。
「なんか色々落ちてんなあ」
 半ズボンであるだけでなく、腕まくりまでした勇樹が隣に並ぶ。
「ダントツで多いのはたばこだなー。銘柄もいろいろ」
「さっき雑誌拾った」
「えっ、どんなのどんなの?」
 ゴミ袋を開けて見せてやると、興味津々というように輝いていた勇樹の目は、一気に失望した色に染まる。
「表紙分かんないし。どっろどろじゃん」
「ゴミだし」
「ゴミだもんなあ」
 勇樹は他のやつらに呼ばれ、さっさと行ってしまった。
 去年は咲良とだらだらしゃべりながらやってたなあ、ゴミ拾い。あいつらのクラス、今年はどこの掃除をしてるっつってたっけ。ああ、俺らと反対側の道か。
 がやがやと賑やかな列の後ろに着いて行く。ちゃんとゴミ拾いをしているやつもいれば、話しながらでもちょこちょこ拾ってるやつもいる。会話に興じてそれどころではないやつらもいる。
 いろんなやつらがいるもんだなあ。
 折り返し地点に着けばあとはもう、帰るだけだ。拾い残しがないか確認しろと言う先生も、なんだか気が抜けた感じだ。
 今日は日差しが出ていたおかげか、想像していたよりも寒くはなかった。でも、寒いことに変わりはない。心臓が震えそうなほどの寒さではなく、頬がキンキンに冷え切ってしまうくらいの寒さだというだけだ。何も半ズボンで腕まくりできるほどではないのだ。
 さあさあ、帰ろう帰ろう。とっとと帰って、とっとと着替えて、温かいものでも……
「おーい! はーるとー!」
 げぇ、この声は。
「咲良……」
 向かいの道を見れば、こっちに向かって大きく手を振る咲良が見えた。何事だと立ち止まって見ているやつもいる。ああ、もう、だからお前というやつは。
 それから、俺が何か返事をする間もなく、咲良は「あっ、やべっ」と何かに気が付いて走り出した。どうやら先生に見つかったらしい。
 ほんと、お前というやつは……

 放課後、咲良と連れ立ってコンビニへ向かう。買ったのは肉まんだ。
「いただきます」
 寒いが、外で食う。ただでさえ熱々の肉まんが、外の冷たい空気の中で、湯気を増している。
 温かいもの、特に、コンビニとかで買ったものとかって、外で食うとよりうまく感じるんだよなあ。なんだろう、やっぱり、飯って素材だけじゃないんだよなあ。
 もちもちの皮は分厚く、ほんのり甘い。肉が出てこないと憤慨するやつもいるが、生地もまた楽しめるものである。いっそ外側だけってのもありだよなあ。
 しかし今は肉も食いたい。まとまってプリッとした肉には、細かく刻まれたしいたけやたけのこも入っている。たけのこの食感がいい。シャキッとしているこの食感、つい、たけのこだけを選んで食べてしまいそうだ。しいたけもジュワッとうま味が染み出してたまらない。
「咲良、なんであの時声かけた」
 酢醤油の袋を開けながら聞く。咲良は「あー」と楽しそうに笑った。
「だって、春都が見えたから」
「……それだけか?」
「うん、そうだよ、それだけ。見つけたからには、声かけなきゃ」
 当然のように言うが、その理論はよく分からない。おかげで人に注目されたし、クラスに戻ってから知ってるやつらに散々いじられた。でも、なんでだろう。本人から理由を聞いたら、なんかもう何でもどうでもよくなってきた。
 酢醤油をかけて食べるとまた変わっていい。酸味とうま味がプラスされて、よりうまくなった。生地に染みた酢醤油が染み出してくると、甘さとの差で、酸っぱい。
 からしもつけてみる。ピリッと味が引き締まって、辛さで体が温まるようだ。
「いやーでも先生に見られたときは怖かったなあ」
 あはは、とのんきに咲良は笑う。
「あの後どうなった?」
「お咎めなし。春都は何も言われなかった?」
「特に何も」
 ああ、もう肉まん、最後のひとかけらだ。
 もう一回り大きいサイズの肉まんも売ってるんだよなあ。今日は売り切れだったけど。今度はそっち、買ってみようかな。

「ごちそうさまでした」
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