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日常
第五百十七話 餅
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片づけが終わったら、店に向かう。今日は餅つきだ。臼と杵もあるにはあるらしいが、最近じゃ専ら、電動餅つき機を使っている。
「相変わらず多いなあ、もち米」
台所に準備されているもち米を見ると、いったいこれからどんだけの餅ができるんだ、と途方に暮れそうになる。でもこんだけのもち米を準備するのも大変だろうなあ。
しっかりといで、一晩水に浸して……でかいバケツ一つ分とたらい一つ分、俺だったら途中であきらめてしまいそうだ。というか、米の準備をしなければならないと思っただけで、餅つきそのものを止めるかもしれない。
「うちで食べる分だけなら少しでもいいんだけどねえ」
ばあちゃんが、もろぶたにクッキングシートを敷きながら言う。これは、母さんが編み出した方法らしい。もろぶたに片栗粉を振って、その上に餅を置くと、めっちゃくっついて片付けが大変だったから、とクッキングシートを敷いてみたところ、とてもよかったのだとか。それ以来、うちではこうしているらしい。こういう行事っぽいことには、何かと歴史や、思い出が詰まっているものである。そしてそれを知らずのうちに受け継ぐんだなあ。
ばあちゃんは手際よく、クッキングシートを敷いていく。
「いろんなところにあげるから」
「あー、そっか」
「鏡餅も作るしね」
もち米は、全部で十キロあるらしい。なんかこう、うちって、百かゼロかしかないように思う。ま、いいんだけど。
「春都、お湯持って来てくれ」
「はーい」
餅つき機の準備をしていたじいちゃんに言われ、ストーブの上でシュンシュンいっていたやかんを持ってくる。
「火傷しないように、ここに入れてくれ」
「どんくらい?」
「ほどほどだ」
餅つき機にお湯を注いでいく。その上から釜を入れるんだったか。ほどほどって、どれくらいだろう。
「これくらい? じいちゃん」
「いいと思う」
「思う?」
「大丈夫だ。多少違っても死にはしない」
いいのか、それで。
お湯を入れたら釜を入れ、プロペラに似た羽を入れて、水を切ったもち米を投入する。そしたら、スイッチオンだ。ピッと軽快な音がして、蒸し始める。今はまだ静かなものだ。
「まずは鏡餅だよね」
と、母さんが確認すると、ばあちゃんは頷いた。
「大きいのが……いくつだっけ」
「えーっと確かね……」
父さんと母さんが、鏡餅のサイズと数を確認する。お店を開けながらの餅つきというのは大変なので、父さんと母さんが主な戦力だ。それと、最近では俺も加算されている。
ぴかぴかの銀色のボウルに片栗粉を広げておく。小さい頃はコーヒーカップのごとく、この中に入って回してもらっていたことを思い出す。楽しかったよなあ、あれ。もちろん、使う前にはちゃんと洗った。手間を増やして申し訳なかったなあ、と今となっては思う。
湯気が出てきたら、つき始めまでもうすぐだ。……おっ、始まった始まった。ゴーッていいだしたぞ。まあ、最初の二回は鏡餅なので、母さんたちに任せよう。どうにも俺は、餅を丸めるのが下手らしいからな。
「春都ー、大根おろしてくれる?」
「はい」
そうそう。おろし餅。うまいんだなあ、これが。鏡餅作成中は手持無沙汰なので、素直にばあちゃんの指示に従うとしよう。
大根を洗い、皮をむき、おろし金で大きな器にすりおろしていく。じょりじょりじょり……とすりおろされていく大根を見ているのは楽しいし、手に伝わる振動も心地よい。でも、疲れる。時々、手をプラプラさせて休憩しながら、すりおろす。
ギリギリ、どこまで粘れるかやってみようと毎回挑んでは、びびって途中でやめてしまう。今日は限界まで挑んで……
「やめなさい」
「あ、うっす」
ばあちゃんに止められた。はは、ばあちゃんの目はごまかせなかったか。それじゃあここまでにして、残りはそのまま入れておこう。当たりだ、当たり。味付けは醤油でシンプルに。
「鏡餅終わったら手伝ってね」
「はぁい」
大根おろしは居間のテーブルに置いて、出来上がった鏡餅がのったもろぶたを裏の部屋まで持って行く。ここは寒いからなあ。へたすると冷蔵庫よりも冷えるくらいだ。
鏡餅が一段落ついたところで、さっそく参戦だ。参戦という言い方は正しくないかもしれないが、うちの餅つきに限っては、正しいともいえる。この餅つきはもう、戦いなんだよなあ。
いったいどれだけの餅をパックに詰め、冷凍庫まで運んだだろう。
「はい、これで終わり。今ついてるやつは、おろし餅にするから」
ばあちゃんから受け取った餅のパックを冷凍庫に入れ、あとは片付けだけを残して餅つきはおおよそ終わってしまった。
「はぁー……」
「お疲れ様。せっかくだし、つきたてのお餅、食べる?」
「うん、食べる」
正直、途中から腹が減ってしょうがなかった。昼飯もがっつり食ったのに、腹って減るもんだなあ。
テーブルにはおろし餅と、砂糖醤油、醤油とのりが準備されている。
「いただきます」
まずは何もつけないでそのまま。
あっ、うまい。何だ、これだけでも十分うまいんだなあ。ほんのり温かくて、ぽわぽわのふにふにで、もっちもちだ。なにこれ、すげぇうまい。もち米をただついただけなのに、こんなにうまいのか。ほんのり感じる米の甘味がなんとも言えず、気持ちが落ち着く。
砂糖醤油は安定のうまさだな。甘みと塩気のバランスがちょうどいい。砂糖のトロっとした口当たりに醤油の鼻に抜ける香ばしさ、餅のやわらかさが口に広がって……最高だなあ。
そんでもって今度は醤油とのり。案外、この食べ方はしないんだよな。基本、砂糖醤油だ。でもうまいもんだなあ、この組み合わせも。パリッとしたのりと餅もやわらかさという食感の違いを楽しむのもよし、のりをしっかりなじませて、引きちぎるようにして食うもよし、だ。のりと醤油と米だもんな、要するに。合うはずだよなあ、そりゃ。
おろし餅は小さくちぎってある餅が、大根おろしの中にたくさん入っている。
これはつるんとした口当たりで、ぷわぷわ、もちもちしている。ちょっと辛みのある大根おろしと醤油というなんともシンプルでさっぱりとしたうま味がたまらない。餅を連続して食っているというのに、どことなく箸休めっぽいのは何だろう。
今日は餅、焼けないからなあ。明日からを楽しみにするとしよう。
正月までに食べきってしまう……なんて心配がないほどにはついたからな。思う存分、食べられそうだ。嬉しいなあ。
「ごちそうさまでした」
「相変わらず多いなあ、もち米」
台所に準備されているもち米を見ると、いったいこれからどんだけの餅ができるんだ、と途方に暮れそうになる。でもこんだけのもち米を準備するのも大変だろうなあ。
しっかりといで、一晩水に浸して……でかいバケツ一つ分とたらい一つ分、俺だったら途中であきらめてしまいそうだ。というか、米の準備をしなければならないと思っただけで、餅つきそのものを止めるかもしれない。
「うちで食べる分だけなら少しでもいいんだけどねえ」
ばあちゃんが、もろぶたにクッキングシートを敷きながら言う。これは、母さんが編み出した方法らしい。もろぶたに片栗粉を振って、その上に餅を置くと、めっちゃくっついて片付けが大変だったから、とクッキングシートを敷いてみたところ、とてもよかったのだとか。それ以来、うちではこうしているらしい。こういう行事っぽいことには、何かと歴史や、思い出が詰まっているものである。そしてそれを知らずのうちに受け継ぐんだなあ。
ばあちゃんは手際よく、クッキングシートを敷いていく。
「いろんなところにあげるから」
「あー、そっか」
「鏡餅も作るしね」
もち米は、全部で十キロあるらしい。なんかこう、うちって、百かゼロかしかないように思う。ま、いいんだけど。
「春都、お湯持って来てくれ」
「はーい」
餅つき機の準備をしていたじいちゃんに言われ、ストーブの上でシュンシュンいっていたやかんを持ってくる。
「火傷しないように、ここに入れてくれ」
「どんくらい?」
「ほどほどだ」
餅つき機にお湯を注いでいく。その上から釜を入れるんだったか。ほどほどって、どれくらいだろう。
「これくらい? じいちゃん」
「いいと思う」
「思う?」
「大丈夫だ。多少違っても死にはしない」
いいのか、それで。
お湯を入れたら釜を入れ、プロペラに似た羽を入れて、水を切ったもち米を投入する。そしたら、スイッチオンだ。ピッと軽快な音がして、蒸し始める。今はまだ静かなものだ。
「まずは鏡餅だよね」
と、母さんが確認すると、ばあちゃんは頷いた。
「大きいのが……いくつだっけ」
「えーっと確かね……」
父さんと母さんが、鏡餅のサイズと数を確認する。お店を開けながらの餅つきというのは大変なので、父さんと母さんが主な戦力だ。それと、最近では俺も加算されている。
ぴかぴかの銀色のボウルに片栗粉を広げておく。小さい頃はコーヒーカップのごとく、この中に入って回してもらっていたことを思い出す。楽しかったよなあ、あれ。もちろん、使う前にはちゃんと洗った。手間を増やして申し訳なかったなあ、と今となっては思う。
湯気が出てきたら、つき始めまでもうすぐだ。……おっ、始まった始まった。ゴーッていいだしたぞ。まあ、最初の二回は鏡餅なので、母さんたちに任せよう。どうにも俺は、餅を丸めるのが下手らしいからな。
「春都ー、大根おろしてくれる?」
「はい」
そうそう。おろし餅。うまいんだなあ、これが。鏡餅作成中は手持無沙汰なので、素直にばあちゃんの指示に従うとしよう。
大根を洗い、皮をむき、おろし金で大きな器にすりおろしていく。じょりじょりじょり……とすりおろされていく大根を見ているのは楽しいし、手に伝わる振動も心地よい。でも、疲れる。時々、手をプラプラさせて休憩しながら、すりおろす。
ギリギリ、どこまで粘れるかやってみようと毎回挑んでは、びびって途中でやめてしまう。今日は限界まで挑んで……
「やめなさい」
「あ、うっす」
ばあちゃんに止められた。はは、ばあちゃんの目はごまかせなかったか。それじゃあここまでにして、残りはそのまま入れておこう。当たりだ、当たり。味付けは醤油でシンプルに。
「鏡餅終わったら手伝ってね」
「はぁい」
大根おろしは居間のテーブルに置いて、出来上がった鏡餅がのったもろぶたを裏の部屋まで持って行く。ここは寒いからなあ。へたすると冷蔵庫よりも冷えるくらいだ。
鏡餅が一段落ついたところで、さっそく参戦だ。参戦という言い方は正しくないかもしれないが、うちの餅つきに限っては、正しいともいえる。この餅つきはもう、戦いなんだよなあ。
いったいどれだけの餅をパックに詰め、冷凍庫まで運んだだろう。
「はい、これで終わり。今ついてるやつは、おろし餅にするから」
ばあちゃんから受け取った餅のパックを冷凍庫に入れ、あとは片付けだけを残して餅つきはおおよそ終わってしまった。
「はぁー……」
「お疲れ様。せっかくだし、つきたてのお餅、食べる?」
「うん、食べる」
正直、途中から腹が減ってしょうがなかった。昼飯もがっつり食ったのに、腹って減るもんだなあ。
テーブルにはおろし餅と、砂糖醤油、醤油とのりが準備されている。
「いただきます」
まずは何もつけないでそのまま。
あっ、うまい。何だ、これだけでも十分うまいんだなあ。ほんのり温かくて、ぽわぽわのふにふにで、もっちもちだ。なにこれ、すげぇうまい。もち米をただついただけなのに、こんなにうまいのか。ほんのり感じる米の甘味がなんとも言えず、気持ちが落ち着く。
砂糖醤油は安定のうまさだな。甘みと塩気のバランスがちょうどいい。砂糖のトロっとした口当たりに醤油の鼻に抜ける香ばしさ、餅のやわらかさが口に広がって……最高だなあ。
そんでもって今度は醤油とのり。案外、この食べ方はしないんだよな。基本、砂糖醤油だ。でもうまいもんだなあ、この組み合わせも。パリッとしたのりと餅もやわらかさという食感の違いを楽しむのもよし、のりをしっかりなじませて、引きちぎるようにして食うもよし、だ。のりと醤油と米だもんな、要するに。合うはずだよなあ、そりゃ。
おろし餅は小さくちぎってある餅が、大根おろしの中にたくさん入っている。
これはつるんとした口当たりで、ぷわぷわ、もちもちしている。ちょっと辛みのある大根おろしと醤油というなんともシンプルでさっぱりとしたうま味がたまらない。餅を連続して食っているというのに、どことなく箸休めっぽいのは何だろう。
今日は餅、焼けないからなあ。明日からを楽しみにするとしよう。
正月までに食べきってしまう……なんて心配がないほどにはついたからな。思う存分、食べられそうだ。嬉しいなあ。
「ごちそうさまでした」
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