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日常
第五百二十八話 お弁当
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昼間はちょっと暖かいときもあるとはいえ、朝は寒い。
「あーあ、朝課外始まった。だっるい」
休み明けの咲良は、いつもより五割り増しでめんどくさい。さっきからずっと似たような愚痴を延々と聞かされ続けている。教室にやって来るなり、机にうなだれるようにしながらしゃがみ込み、咲良は盛大にため息をついた。
「ねー、何で朝課外ってあるわけ? なくてもよくない? この辺だけらしいよ、朝課外あるの」
「そうらしいな」
「朝はゆっくりした方が体のためにもなるってよ」
「そうか、よく知ってるな」
いちいちイライラしていてもきりないし、それこそ精神衛生上よろしくないし、だったらとりあえず適当に相槌を打つに限る。咲良もとりあえず愚痴を言いたいだけみたいなので、とやかく言わない。本当に聞いてほしいときは、もっとしつこいからな。
「はーあ、何で朝課外始まったんだろ。あと一時間寝られるだけでだいぶ違うのに」
「大変だなあ」
「お前らさっきから同じ会話のループしてる気がするんだけど」
と、前の席に座る中村が振り返り、困惑した表情を向けてくる。
「あーそういやそうかなあ?」
咲良が視線だけでこちらを見上げて聞く。
「そうだな、ずっと朝課外の愚痴言ってるな」
「あー、そっか。じゃあそうだ。同じ話してる」
「話してる本人が分かってないのかよ」
ますます呆れたような表情を浮かべる中村のもとに、山崎がやってくる。ぼさぼさの髪の毛を撫でつけながら、山崎は笑った。
「セーフセーフ。いやあ、間に合ってよかった」
「遅かったな、お前。また寝坊か?」
中村が聞くと、山崎は「ご名答」と言った。
「目覚ましいくつか設定してたんだけど気づかなくてぇ。で、一番うるさい目覚ましが鳴り始めたところでたたき起こされた。姉ちゃんに」
「よく無事だったな」
「今日は機嫌よかったみたいで、手加減してくれたんだ~」
いったいどんな姉なんだ。それとも、俺が知らないだけで、きょうだいとはそのようなものなのか。こればっかりはどうにも知り得ない。
こちらがどんなに困惑していようとも、二人にとっては普通のことのようで、何事もないように話を進めた。
「だから朝飯食う暇ないし、弁当もないから、コンビニ寄って~。で、そしたら電車乗りそびれたから、姉ちゃんに送ってもらったー」
朝課外の後に食べよ、という山崎の言葉に、咲良が反応する。
「まだ食ってねえの?」
「食べてないよ~」
「車で来たんだろ。その間に食えたんじゃないの?」
俺もそれは思ったが、山崎は諦めたように首を横に振った。
「車の中汚せないからね~。ちょっとでも汚そうものなら、大目玉だよ」
「護のお姉さん、きれい好きだもんな」
「俺に対してだけ妙に厳しいんだよ」
うちなんて車の中でめっちゃ飯食うけどな。むしろ両親が率先して食う。だからといって車ん中が汚いってわけじゃないけど……まあ、ファストフード食った時は少し匂いがこもるかな。換気すればいいんだけど、気になる人は気になるか。
「えー、大変だなあ。あ、親は? 親に送ってもらうとかしないの?」
咲良の再びの問いに、山崎は気を悪くする様子もなく答える。
「両親揃って忙しい人だからさ。昔っから姉ちゃんが世話焼いてくれてんの。最近はすげぇ嫌々だけど。まあ、ありがたいよ」
「ふーん、そうなんだ」
「その点、雪ちゃんのお姉さんは優しいよね」
山崎の言葉に、中村はじっくり考えた後、「……うん」とゆっくり頷いた。山崎は笑った。
「すっごい悩むじゃん」
「いや、優しいというより無関心というか……こき使う時と使わないときの差が激しいというか……」
「あー、そっか」
なんか二人だけで話が弾み始めたので、俺は咲良に視線を向ける。
「お前のとこの妹はどうなんだ」
「生意気、天邪鬼、我儘、うるさい」
「プラスの言葉が一つも出てこないな」
「そんなもんだよ。食い物の好みは偏ってるし、すぐ色々と罪を擦り付けてくるし」
よいしょ、と咲良は立ち上がると「ああ、でも」と思い出したように言った。
「まあ、あのうるさいのがしばらくいないときは、ちょっと寂しいかな、って思うことも無きにしも非ず」
「なんだその言い方は」
「だって、素直に認めるのって、なんか癪じゃん」
そう言って咲良は、にししっと笑ってみせた。家族の形というのは、いろいろあるものなのだなあ。
今日も母さんが弁当を作ってくれた。ありがたい話である。
「いただきます」
ぎゅっと詰め込まれた白米にはふりかけがかかっている。おかずは、豚を甘辛く焼いたものにキャベツの千切り、プチトマト、卵焼き、ウインナーだ。あー、弁当らしい香りがたまらない。
まずはご飯を食おう。切るようにして食うのが、弁当ならではだな。もちもち感のある米は、冷めてもうまい。おかかのふりかけは風味よく、香ばしく、うま味がある。それにしても、よく詰まってるなあ。たらふく食べられていいな。
豚肉、この味付けのやつ好きなんだ。砂糖と醤油のシンプルな味付けが施された薄い豚肉をほおばるのがもうたまらない。脂身の食感に甘み、しょっぱさ、肉からにじみ出るうま味。キャベツを一緒に食べるのも、またいい。しんなりしたキャベツのみずみずしさが加わって、幾分、さっぱりと食べられる。
あ、ちょっと焦げ目がついてる。この香ばしさと食感が好きなんだよなあ。
卵焼きの甘味がほっとする。この塩梅はどうやっても近づけない、母さんの卵焼きの味なのだ。ちょっと悔しい気もするが、これを食える間はとても幸せなのだとも思う。
プチトマトのはじける青さと甘み、酸味を堪能したら、ウインナーを。
あ、たこの形に切ってある。足の太さがちょっとずつ違うのも手作りならではだよなあ。薄いところとかほっそいところはカリカリしてて、太めのところはプリプリだ。頭の方をくわえて、歯で少し噛んで離して、動いているように見えるー、なんてこと、小学生の頃にやったなあ。
こうやって、うまい弁当を作ってくれることとか、嫌な顔一つせずいろいろしてくれるとか、俺のいないところでもたくさん考えてくれているとか、もうちょっと感謝しないとだなあ。
……今日の晩飯は、何が食えるかな。
「ごちそうさまでした」
「あーあ、朝課外始まった。だっるい」
休み明けの咲良は、いつもより五割り増しでめんどくさい。さっきからずっと似たような愚痴を延々と聞かされ続けている。教室にやって来るなり、机にうなだれるようにしながらしゃがみ込み、咲良は盛大にため息をついた。
「ねー、何で朝課外ってあるわけ? なくてもよくない? この辺だけらしいよ、朝課外あるの」
「そうらしいな」
「朝はゆっくりした方が体のためにもなるってよ」
「そうか、よく知ってるな」
いちいちイライラしていてもきりないし、それこそ精神衛生上よろしくないし、だったらとりあえず適当に相槌を打つに限る。咲良もとりあえず愚痴を言いたいだけみたいなので、とやかく言わない。本当に聞いてほしいときは、もっとしつこいからな。
「はーあ、何で朝課外始まったんだろ。あと一時間寝られるだけでだいぶ違うのに」
「大変だなあ」
「お前らさっきから同じ会話のループしてる気がするんだけど」
と、前の席に座る中村が振り返り、困惑した表情を向けてくる。
「あーそういやそうかなあ?」
咲良が視線だけでこちらを見上げて聞く。
「そうだな、ずっと朝課外の愚痴言ってるな」
「あー、そっか。じゃあそうだ。同じ話してる」
「話してる本人が分かってないのかよ」
ますます呆れたような表情を浮かべる中村のもとに、山崎がやってくる。ぼさぼさの髪の毛を撫でつけながら、山崎は笑った。
「セーフセーフ。いやあ、間に合ってよかった」
「遅かったな、お前。また寝坊か?」
中村が聞くと、山崎は「ご名答」と言った。
「目覚ましいくつか設定してたんだけど気づかなくてぇ。で、一番うるさい目覚ましが鳴り始めたところでたたき起こされた。姉ちゃんに」
「よく無事だったな」
「今日は機嫌よかったみたいで、手加減してくれたんだ~」
いったいどんな姉なんだ。それとも、俺が知らないだけで、きょうだいとはそのようなものなのか。こればっかりはどうにも知り得ない。
こちらがどんなに困惑していようとも、二人にとっては普通のことのようで、何事もないように話を進めた。
「だから朝飯食う暇ないし、弁当もないから、コンビニ寄って~。で、そしたら電車乗りそびれたから、姉ちゃんに送ってもらったー」
朝課外の後に食べよ、という山崎の言葉に、咲良が反応する。
「まだ食ってねえの?」
「食べてないよ~」
「車で来たんだろ。その間に食えたんじゃないの?」
俺もそれは思ったが、山崎は諦めたように首を横に振った。
「車の中汚せないからね~。ちょっとでも汚そうものなら、大目玉だよ」
「護のお姉さん、きれい好きだもんな」
「俺に対してだけ妙に厳しいんだよ」
うちなんて車の中でめっちゃ飯食うけどな。むしろ両親が率先して食う。だからといって車ん中が汚いってわけじゃないけど……まあ、ファストフード食った時は少し匂いがこもるかな。換気すればいいんだけど、気になる人は気になるか。
「えー、大変だなあ。あ、親は? 親に送ってもらうとかしないの?」
咲良の再びの問いに、山崎は気を悪くする様子もなく答える。
「両親揃って忙しい人だからさ。昔っから姉ちゃんが世話焼いてくれてんの。最近はすげぇ嫌々だけど。まあ、ありがたいよ」
「ふーん、そうなんだ」
「その点、雪ちゃんのお姉さんは優しいよね」
山崎の言葉に、中村はじっくり考えた後、「……うん」とゆっくり頷いた。山崎は笑った。
「すっごい悩むじゃん」
「いや、優しいというより無関心というか……こき使う時と使わないときの差が激しいというか……」
「あー、そっか」
なんか二人だけで話が弾み始めたので、俺は咲良に視線を向ける。
「お前のとこの妹はどうなんだ」
「生意気、天邪鬼、我儘、うるさい」
「プラスの言葉が一つも出てこないな」
「そんなもんだよ。食い物の好みは偏ってるし、すぐ色々と罪を擦り付けてくるし」
よいしょ、と咲良は立ち上がると「ああ、でも」と思い出したように言った。
「まあ、あのうるさいのがしばらくいないときは、ちょっと寂しいかな、って思うことも無きにしも非ず」
「なんだその言い方は」
「だって、素直に認めるのって、なんか癪じゃん」
そう言って咲良は、にししっと笑ってみせた。家族の形というのは、いろいろあるものなのだなあ。
今日も母さんが弁当を作ってくれた。ありがたい話である。
「いただきます」
ぎゅっと詰め込まれた白米にはふりかけがかかっている。おかずは、豚を甘辛く焼いたものにキャベツの千切り、プチトマト、卵焼き、ウインナーだ。あー、弁当らしい香りがたまらない。
まずはご飯を食おう。切るようにして食うのが、弁当ならではだな。もちもち感のある米は、冷めてもうまい。おかかのふりかけは風味よく、香ばしく、うま味がある。それにしても、よく詰まってるなあ。たらふく食べられていいな。
豚肉、この味付けのやつ好きなんだ。砂糖と醤油のシンプルな味付けが施された薄い豚肉をほおばるのがもうたまらない。脂身の食感に甘み、しょっぱさ、肉からにじみ出るうま味。キャベツを一緒に食べるのも、またいい。しんなりしたキャベツのみずみずしさが加わって、幾分、さっぱりと食べられる。
あ、ちょっと焦げ目がついてる。この香ばしさと食感が好きなんだよなあ。
卵焼きの甘味がほっとする。この塩梅はどうやっても近づけない、母さんの卵焼きの味なのだ。ちょっと悔しい気もするが、これを食える間はとても幸せなのだとも思う。
プチトマトのはじける青さと甘み、酸味を堪能したら、ウインナーを。
あ、たこの形に切ってある。足の太さがちょっとずつ違うのも手作りならではだよなあ。薄いところとかほっそいところはカリカリしてて、太めのところはプリプリだ。頭の方をくわえて、歯で少し噛んで離して、動いているように見えるー、なんてこと、小学生の頃にやったなあ。
こうやって、うまい弁当を作ってくれることとか、嫌な顔一つせずいろいろしてくれるとか、俺のいないところでもたくさん考えてくれているとか、もうちょっと感謝しないとだなあ。
……今日の晩飯は、何が食えるかな。
「ごちそうさまでした」
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