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日常
第五百三十八話 メロンパンと牛乳
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今日は咲良の教室で、百瀬と朝比奈、早瀬と一緒に勉強する。一年の頃では考えられなかった光景だ。
「俺はどこに座ればいい?」
「こっちこっち。俺の隣」
咲良の隣の席に座り、チャイムが鳴るのを待つ。
「そーだ、みんなに聞こうと思ってたんだった」
咲良は興味津々という様子で、百瀬たちを見た。
「お前らさ、塾とか行ってる?」
「塾~?」
咲良の問いに、真っ先に答えたのは百瀬だ。百瀬はへらへらと笑って、否定のジェスチャーを見せながら言った。
「行ってないよ。断固拒否! っていうか、学校の勉強だけで十分」
「だよなー。俺も学校の勉強だけで精一杯だもん」
咲良はため息交じりに相槌を打った。
多分百瀬が言っているのは、そういうことではないと思うのだが。まあ、本人もうっすらわかっていることだろうから、敢えて言わない。
早瀬は椅子の背もたれに身を預けながら言った。
「俺も行ってないよ。あ、でも、映像授業みたいなのやってる。ほら、CMでもやってるやつね」
「あー、あれな! それやってんだね。分かりやすい?」
「すげー分かりやすい」
あー、映像型授業で録画されてるんだったら、会話もしなくていいから楽そうだ。あれはちょっと気になってたんだよな。へえ、分かりやすいんだ。
「で、朝比奈は?」
話題を振られた朝比奈は、少しの間の後、答えた。
「……家庭教師」
「家庭教師!」
思いもよらないような、でも納得のいくような答えに、揃ってオウム返ししてしまう。朝比奈はその反応に複雑な表情を見せるが、咲良の「家庭教師ってどんな感じなんだ?」という無邪気な問いに、いつものポーカーフェイスに戻って答えた。
「普通に、先生がうちに来て、教えてくれるってだけ」
「男の先生? 女の先生?」
「日による」
「えっ、なに、選べんの?」
家庭教師というものは一人の先生が担当するもんだというイメージがあったから、つい、驚いて聞いてしまう。朝比奈は当然のことだというように頷いた。
「教科ごとに先生が変わるから……」
「はぁ~、教科ごとに……ほぼ学校じゃん!」
咲良の感想も、もっともだ。朝比奈んちって、いったい何なんだ。医者の家ってそんななのか? まあ家でかいしなあ……
咲良はすっかり家庭教師のことが気になってしまったようで、新しいおもちゃを買ってもらった子ども……いや、子犬のようなワクワクした目をしている。
「大体、一回何時間ぐらい?」
「二時間ぐらいかな……」
「楽しい?」
「……正直めんどくさい」
心底そう思っている、というように朝比奈は深いため息をついた。
「かといって、塾には行きたくないし……」
「結構大変そうだもんねぇ。小学生の頃からでしょ?」
と、百瀬が言う。それを聞いて、早瀬が驚いたように言った。
「えっ、小学生の頃から?」
「ああ。なんか、気づいたら来てた。俺の意思は関係なかったな……」
「えぇ~」
「なにがめんどくさいわけ?」
咲良の再びの問いに、朝比奈は細く長いため息をついた。
「……世間話」
「勉強じゃなくて?」
「勉強してるときは……黙ってていいから。めっちゃ根掘り葉掘り聞いてくる先生いて……話すこと何もないのに」
「苦労してるんだな、お前も」
言えば朝比奈は、うなだれるように頷いた。
「今日も……帰ったら、家庭教師来る……」
「なんかホラー映画みたいだな。家庭教師の来訪」
咲良は笑って言うが、朝比奈は緩く首を横に振った。
「俺にとっては、ホラー映画より酷だ……」
「なんで?」
早瀬のその問いの答えがなんとなく分かった俺は、朝比奈が口を開く前に言ってみた。
「ホラー映画は見たくなければ避ければいいけど、家庭教師からは逃げづらいから?」
どうやらそれは当たっていたようで、朝比奈は小刻みに頷いていた。早瀬は納得したように笑い、百瀬は教科書を開きながら「ドンマイ」と言った。
「えー、家庭教師からも逃げればいいじゃん。嫌々やっても、意味ないでしょ」
咲良は名案が思い付いた、というようにそう言った。
「咲良……お前いつも嫌々やってるだろ」
「うん、だから成績に反映されないじゃん。な? 一番説得力あるだろ?」
自虐もここまでくると、もはや自己肯定にすら思える。そんな咲良に毒気を抜かれたのか、朝比奈は笑っていた。
昼休みまでまだ時間がある。ああ、でも、腹減ったなあ。
そんなわけで、学食に来てみた。なんか売ってるかな。あ、メロンパンある。紙パックの牛乳と一緒に買おう。
「あ、メロンパン。いいねぇ」
休み時間ということで、咲良は持参していた漫画を読んでいた。
「漫画……」
「面白いぜ。一巻持って来てっから、あとで貸す」
「おお……」
感想言い合いたいじゃん? と咲良は笑った。漫画って、持って来てよかったんだっけ。まあ、いいか。
「いただきます」
メロンパン、久しぶりだな。何の装飾もない透明のビニール袋を開けるのはなんかワクワクする。
砂糖がこぼれないように、まずは一口。んー、甘い。ザクッとしたクッキー生地にまぶされた砂糖、ほろほろ崩れる感じがうまい。なんだ、メロンパンって結構うまかったんだな。
パン生地はふかふかしている。こっちはうっすら甘い感じかな。クッキー生地が甘いからそう感じるだけだろうか。甘みのバランスがちょうどいいなあ。バターの香りの強いクッキー生地にシンプルなパン生地の相性がいい。
牛乳が染みわたる。パンがちょっとぱさっとしているから、水分が欲しくなるんだよなあ。でも、パサッとした感じのパン、結構好き。歯ごたえもいいし。
メロンパンと牛乳、なんだかあこがれだった組み合わせだ。
よく見る組み合わせってのは、やっぱおいしい組み合わせなんだなあ。じゃあ、あんパンと牛乳もうまいのかな。うまいだろうなあ。
明日の間食……今日の二回目の間食でもいいや。あんパン、買いに行こうかなあ。
「ごちそうさまでした」
「俺はどこに座ればいい?」
「こっちこっち。俺の隣」
咲良の隣の席に座り、チャイムが鳴るのを待つ。
「そーだ、みんなに聞こうと思ってたんだった」
咲良は興味津々という様子で、百瀬たちを見た。
「お前らさ、塾とか行ってる?」
「塾~?」
咲良の問いに、真っ先に答えたのは百瀬だ。百瀬はへらへらと笑って、否定のジェスチャーを見せながら言った。
「行ってないよ。断固拒否! っていうか、学校の勉強だけで十分」
「だよなー。俺も学校の勉強だけで精一杯だもん」
咲良はため息交じりに相槌を打った。
多分百瀬が言っているのは、そういうことではないと思うのだが。まあ、本人もうっすらわかっていることだろうから、敢えて言わない。
早瀬は椅子の背もたれに身を預けながら言った。
「俺も行ってないよ。あ、でも、映像授業みたいなのやってる。ほら、CMでもやってるやつね」
「あー、あれな! それやってんだね。分かりやすい?」
「すげー分かりやすい」
あー、映像型授業で録画されてるんだったら、会話もしなくていいから楽そうだ。あれはちょっと気になってたんだよな。へえ、分かりやすいんだ。
「で、朝比奈は?」
話題を振られた朝比奈は、少しの間の後、答えた。
「……家庭教師」
「家庭教師!」
思いもよらないような、でも納得のいくような答えに、揃ってオウム返ししてしまう。朝比奈はその反応に複雑な表情を見せるが、咲良の「家庭教師ってどんな感じなんだ?」という無邪気な問いに、いつものポーカーフェイスに戻って答えた。
「普通に、先生がうちに来て、教えてくれるってだけ」
「男の先生? 女の先生?」
「日による」
「えっ、なに、選べんの?」
家庭教師というものは一人の先生が担当するもんだというイメージがあったから、つい、驚いて聞いてしまう。朝比奈は当然のことだというように頷いた。
「教科ごとに先生が変わるから……」
「はぁ~、教科ごとに……ほぼ学校じゃん!」
咲良の感想も、もっともだ。朝比奈んちって、いったい何なんだ。医者の家ってそんななのか? まあ家でかいしなあ……
咲良はすっかり家庭教師のことが気になってしまったようで、新しいおもちゃを買ってもらった子ども……いや、子犬のようなワクワクした目をしている。
「大体、一回何時間ぐらい?」
「二時間ぐらいかな……」
「楽しい?」
「……正直めんどくさい」
心底そう思っている、というように朝比奈は深いため息をついた。
「かといって、塾には行きたくないし……」
「結構大変そうだもんねぇ。小学生の頃からでしょ?」
と、百瀬が言う。それを聞いて、早瀬が驚いたように言った。
「えっ、小学生の頃から?」
「ああ。なんか、気づいたら来てた。俺の意思は関係なかったな……」
「えぇ~」
「なにがめんどくさいわけ?」
咲良の再びの問いに、朝比奈は細く長いため息をついた。
「……世間話」
「勉強じゃなくて?」
「勉強してるときは……黙ってていいから。めっちゃ根掘り葉掘り聞いてくる先生いて……話すこと何もないのに」
「苦労してるんだな、お前も」
言えば朝比奈は、うなだれるように頷いた。
「今日も……帰ったら、家庭教師来る……」
「なんかホラー映画みたいだな。家庭教師の来訪」
咲良は笑って言うが、朝比奈は緩く首を横に振った。
「俺にとっては、ホラー映画より酷だ……」
「なんで?」
早瀬のその問いの答えがなんとなく分かった俺は、朝比奈が口を開く前に言ってみた。
「ホラー映画は見たくなければ避ければいいけど、家庭教師からは逃げづらいから?」
どうやらそれは当たっていたようで、朝比奈は小刻みに頷いていた。早瀬は納得したように笑い、百瀬は教科書を開きながら「ドンマイ」と言った。
「えー、家庭教師からも逃げればいいじゃん。嫌々やっても、意味ないでしょ」
咲良は名案が思い付いた、というようにそう言った。
「咲良……お前いつも嫌々やってるだろ」
「うん、だから成績に反映されないじゃん。な? 一番説得力あるだろ?」
自虐もここまでくると、もはや自己肯定にすら思える。そんな咲良に毒気を抜かれたのか、朝比奈は笑っていた。
昼休みまでまだ時間がある。ああ、でも、腹減ったなあ。
そんなわけで、学食に来てみた。なんか売ってるかな。あ、メロンパンある。紙パックの牛乳と一緒に買おう。
「あ、メロンパン。いいねぇ」
休み時間ということで、咲良は持参していた漫画を読んでいた。
「漫画……」
「面白いぜ。一巻持って来てっから、あとで貸す」
「おお……」
感想言い合いたいじゃん? と咲良は笑った。漫画って、持って来てよかったんだっけ。まあ、いいか。
「いただきます」
メロンパン、久しぶりだな。何の装飾もない透明のビニール袋を開けるのはなんかワクワクする。
砂糖がこぼれないように、まずは一口。んー、甘い。ザクッとしたクッキー生地にまぶされた砂糖、ほろほろ崩れる感じがうまい。なんだ、メロンパンって結構うまかったんだな。
パン生地はふかふかしている。こっちはうっすら甘い感じかな。クッキー生地が甘いからそう感じるだけだろうか。甘みのバランスがちょうどいいなあ。バターの香りの強いクッキー生地にシンプルなパン生地の相性がいい。
牛乳が染みわたる。パンがちょっとぱさっとしているから、水分が欲しくなるんだよなあ。でも、パサッとした感じのパン、結構好き。歯ごたえもいいし。
メロンパンと牛乳、なんだかあこがれだった組み合わせだ。
よく見る組み合わせってのは、やっぱおいしい組み合わせなんだなあ。じゃあ、あんパンと牛乳もうまいのかな。うまいだろうなあ。
明日の間食……今日の二回目の間食でもいいや。あんパン、買いに行こうかなあ。
「ごちそうさまでした」
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