一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
597 / 893
日常

第五百六十一話 トマトのスープ

しおりを挟む
「うおぉ……」
 チョコレート博覧会翌日、朝から体が鉛のようだ。重いというか、痛いというか。人ごみに行くって、こんなに疲れるものだったっけ。ベッドからはいずり出るのがやっとだ。ああ、久しぶりのこの疲労感、筋肉痛というやつか。
 やっとのことで身支度を整えて、ソファにダイブする……いや待て、朝飯。これ今ソファに寝っ転がったらもう立ち上がれないやつだ。一気に準備してしまおう。
「何食おうかな……あたた」
 昨日の晩までは元気だった……というか、ハイになってたから、みそ汁作ったんだよな。それが中途半端に残ってるから、米にかけて食うか。
 昼飯はまた考えよう。
 みそ汁を温め直している間に、冷凍ご飯を電子レンジで解凍する。どんぶりにご飯を入れて、温まったみそ汁をかける。ほんのり香ばしい香りが鼻をくすぐった。
「いただきます」
 具材はジャガイモと玉ねぎ。この組み合わせのみそ汁は、米に合うんだ。特に、次の日になると、ジャガイモはほろほろに崩れ、玉ねぎはトロットロになり、うまくご飯と混ざっていいんだ。
 ほろほろと崩れるごはん、ジャガイモの甘味ととろみ、玉ねぎのほんの少しのサクサク。味噌の香ばしさが増し、疲れていても箸が進む。
 昨日のうちに作っておいてよかった。
「ごちそうさまでした」
 洗い物までしたら、ようやく、ソファにダイブだ。
「あ~疲れた……」
「くぁ~っふ」
 うめずは窓際に座り、大きくあくびをした。
「はぁ……何しよう」
 顔だけテレビの方に向けて、とりあえず、テレビをつける。ドラマの再放送か……他に何かやっていないだろうか。アニメ、子供向け番組、ニュース、バラエティ、ドラマ。
『もうすぐ閉幕! チョコレート博覧会、おすすめ三選!』
 今日も人がいっぱいだなあ。付き添いでもない限り、行こうとは思えない。みんな、そのやる気はどこから来るんだろう。物産展とかも楽しそうだなあと思いながら行くことはないもんな。
『まず一つ目は、ホットチョコレートとクッキーのセットです』
 お、飲んだやつ。うまかったなあ、あれ。クッキーもうまかった。その後に食った焼き鳥もラーメンもうまかったけど。へえー、人気の店なんだ、あれ。
『次にご紹介するのはこちら。見てください、まるで宝石が並んでいるようです!』
 俺これ見た。マカロンだな。うまそうだけど高かったなあ。そうそう、隣に、ドライフルーツにチョコレートかけたやつが置いてあるんだよな。オランジェット、あの量であの値段って、目ん玉飛び出るかと思ったぜ。
『最後は……こちら!』
 レポーターが両手でそっと持ち上げたのは、ホールケーキだった。生チョコのケーキだそうだが、そんなに特別なのだろうか。似たようなのあっちこっちで売ってたぞ。つやっつやの見た目がきれいだ。
『こちらのケーキ、ココアのスポンジにチョコレートの生クリームをふんだんに盛り付けたもので、中心には……このように、とろける生キャラメルが隠れているんです』
 おー、あふれ出てきた。すっげえ。
『表面にはたっぷりと、ほろ苦いチョコレートがコーティングされています。マカロンや生チョコといったデコレーションがかわいらしいですよね~。こちらのケーキ、午後五時からの限定販売ということで、これだけをお目当てに買い物にくるお客様もいらっしゃるとのことです』
 ああ、だから百瀬たちは夕方にまた戻って行ったのか。これのためだけに。はあー、すっげえ元気だなあ。
「食ったのかなー……食ったんだろうなあー……」
 独り占めしたのだろうか。それとも、家族で食べたのだろうか。あいつのことだし、一人で食ってそうだな。甘いものにだけはこだわるからなあ。特にチョコレートに関してはとことんこだわりがあるようだし。
 ホワイトチョコレートはいらない、抹茶もあの店だけ、箱に小粒のチョコレートがぎっしり詰まったやつは各人一箱ずつ確実に確保しろ……
 俺もそれなりに食にはこだわるが、あそこまでじゃないなあ。
「ふあ……眠い」
 テレビを消し、足元のブランケットをずり上げる。
 ……やっぱり電気も消そう。今日は天気がいいから、外からの光だけでちょうどいい。ほんのり薄暗いくらいでいいんだ。
 うん、いい感じ。さあ、寝よう。自分のために好きなように時間を使っていいって、いいなあ。

 ……なんか今日の昼寝はいい感じだったみたいだ。頭がすっきりしている。相変わらず体はだるいが、ちょっと元気になった。
「今何時だろ」
 スマホで時間を確認する。あ、もうこんな時間。どうりで腹が減っているはずだ。朝飯、みそ汁かけたご飯だけだもんなあ。うまかったけど、足りなかったか。
 昼飯でも作るか。
 冷蔵庫にはトマトが大量にあるから、それを使ってスープを作る。
 トマトはくし形に切る。スープのベースは白だし。そこにトマトを入れて煮ていく。途中でかつお節を入れて、ねぎも散らす。最後に少しとろみをつけたら完成だ。
 今度は、ご飯は別盛りで。
「いただきます」
 トマト熱いだろうなあ。一切れ、ご飯の上にのせておいて、まずはスープから飲む。
 スプーンですくって、一口。トマトの酸味と甘みが染み出した出汁は、うま味が計り知れない。かつお節を入れたのもよかったな。白だしだけとは段違いの風味だ。トロッとしているから、またうまい。
 ほうっと胃から温まったところで、トマトをご飯と食べる。うん、程よい温かさだ。
 なんだか、リゾットのような味わいだ。ジュワッと染み出すトマトの味に、トロトロの口当たり。ご飯がホロホロと崩れ、やわらかくなる。出汁を少しかけてもうまい。
 トマト、スープの中のやつは……やっぱり熱い。でもうまいな。プルプルしたところが特にいい。この食感が苦手でトマトが食べられない、って人は多いように思う。俺は喜んで食う。好みは人それぞれだからとやかく言わないけど、うまいんだよなあ、この部分。生のトマトで塩振ってもうまい。
 温かいトマトもいいものだなあ。それに、トマトって出汁とよく合うんだ。温めると皮がぽろっと外れる。くるっと丸まったような皮は、青い風味で、歯ごたえがなかなか好きだ。
 麺入れてもうまそうだなあ。今度作るときは、準備しておこう。焼いた餅入れてもいいかもなあ。冷めてもうまいんだ、これが。
 でも、今日は熱々のうちに、ご飯だけでなくなってしまいそうだ。
 ああ、うまかった。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...