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日常
第六百話 ミートソーススパゲティ
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昼休みの教室から見える外は、実にのどかだ。人通りも車の通りも少ない道では、スズメが数匹ちょろちょろしている。さわさわと吹く風はほのかに暖かく、若葉の香りをのせてくる。
「何見てんの、一条」
「ん、ああ、早瀬か」
「よぉ」
早瀬はズボンのポケットに手を突っ込み、窓枠に腰掛けながら外を眺めた。
「なんか面白いもんでもあった?」
「特に何も。それより、どうしたんだ?」
早瀬が何の用事もなくうちのクラスに来るなんてことはないだろうし、部活のことで何かあるのだろうか。うっすらとそう思っていたら「そうそう」と早瀬がこちらを向いて話し始めた。
「今日は部活に顔出してくれ。文化祭のことで話があるから」
「あー、文化祭。もうそんな時期か」
「ゴールデンウィークあけて、中間テスト終わったらすぐだしな」
高校にもなれば行事の類は減るもんだと思っていたが、意外と、ちょいちょいあるもんだ。テスト周辺にかたまってるのは勘弁してほしい。
「図書委員もなんかあるんかな、今年も」
早瀬がのんびりと言う。去年は、着ぐるみ着たなあ。
「ポップコンテストはあるんじゃないか」
「あれさあ、割と参加者多いよな。もっと少ないもんだと思ってた」
「参加賞が結構豪華だからなあ」
今年の文化祭は、どうなるんだろうな。
「今年の文化祭は、ラジオドラマを作ります」
放課後、視聴覚室で矢口先生が言った。放送部は毎年ラジオドラマを作っているというのは聞いていた。今年もいつも通りだろう、そんな空気が流れていたが、先生は楽しそうに続けた。
「今年は体育館で上映するからね。アニメーション付きで」
「えっ」
雑用要員である俺と咲良、そして朝比奈以外の部員が驚いたような声を上げた。隣に座る咲良は「本格的だなー」とのんきに言っている。
「そこの三人も出演してもらうからね」
先生がこちらを向いてにっこりと笑った。その笑みに反論することは、到底許されないように思えた。
「毎年、昼の自由時間の間に視聴覚室で上映してたけど、今年は出し物としてプログラムに入れてもらうことになりました。いい経験になると思うから、頑張りなさい」
やる気満々で有無を言わせない先生の言葉に、部員たちは「はい」と言うしかなかった。先生は満足そうに頷くと「さて」と続けた。
「じゃあ、役割を決めようか。脚本、イラスト、アニメーション……色々決めることは山ほどあるよ。時間はないけど。部員だけでできないなら他の人に頼まないといけないこともあるからね」
先生のその言葉に、視聴覚室がざわめく。決して部員が多いとは言い難い部活だ。外部の協力は必要不可欠だろう。
「図書委員はどうするよ。今年、着ぐるみ着らんの?」
と、咲良が頬杖をついて聞く。
「予算次第じゃないのか」
「あー、そういう事情もあるのかあ」
「……漆原先生のやる気も関係してくると思う」
朝比奈のつぶやきに、それが一番だなと思ったのは、俺だけではあるまい。
「じゃあ、みんなで決めて、決まったら紙か何かに書いて職員室に持って来て。先生、他の仕事あるから」
そう言って、先生は視聴覚室を出て行った。
部員はそれぞれ気の抜けたような体勢になる。上下関係はしっかりしている部活だが、体育会系のような厳しさとかはない。ゆるーい雰囲気に思わず力が抜ける。少しの沈黙の後、三年生の先輩たちが口々に言った。
「ほれ、部長」
「部長さん、仕切って仕切って」
「部長~」
「えー、いつも部長とか言わないのにこういう時だけ……はい、じゃあ、脚本やりたい人~」
こういうのらりくらりとした雰囲気が放送部らしさなのだと知ったのは、入部して早々のことである。
「なー、早瀬ぇ」
部長たちの会話をぼんやりと眺めていた早瀬に咲良が聞く。
「ラジオドラマってどんなんやるの?」
「見たことないか?」
「過去作品はパソコンに入ってるから、それ見るといいよ」
と、一人の三年生の先輩が言って、準備室からノートパソコンを持って来てくれた。
それから数年分のラジオドラマを見せてもらった。
今年の文化祭は、忙しくなるんだろうなあ。
帰る頃には外はすっかり暗くなっていた。まっすぐ家に帰って、早く飯を食おう。さっと食べるなら、何だろうか。ああ、ミートソースがあったな。スパゲティにしよう。
ミートソースはお湯で温めて、スパゲティはレンジでチン。味変に粉チーズとタバスコを準備する。
「いただきます」
薄切りのマッシュルームが入ったミートソース。トマトもごろっと入ってて食べ応えあるんだ。
食べ方はいろいろあるのだろうが、俺はまず、スパゲティとソースをしっかり混ぜる。そして何もかけずに一口。トマトの甘味とさわやかさ、みずみずしさの中に、肉のうま味とコクがいい。つるっとした麺の口当たりもたまらないな。
チーズとタバスコをかけてみる。タバスコは少なすぎず多すぎず。風味が無くてもいけないし、辛すぎても味が分からなくなるからな。チーズとの塩梅が難しいところだ。
うん、うまくいったようだ。チーズのコクと香りが加わり、うま味が増す。ちょっと濃いかな? と思ったところに、タバスコの辛みとさわやかさが鼻に抜けて程よくなる。タバスコは偉大だな。
ミートソーススパゲティは、ソースまで余すことなく食べたいものだ。そこで、パンが必要不可欠なんだな。
皿が真っ白になるようにぬぐって、口に押し詰める。ソースたっぷりのパターロールは、食べ応えが抜群なのだ。パンの中心に入っているバターのコクがとても濃い。
ああ、うまかった。
文化祭準備で忙しくなると、帰りも遅くなるんだろうなあ。飯、しっかり食わないとな。
「ごちそうさまでした」
「何見てんの、一条」
「ん、ああ、早瀬か」
「よぉ」
早瀬はズボンのポケットに手を突っ込み、窓枠に腰掛けながら外を眺めた。
「なんか面白いもんでもあった?」
「特に何も。それより、どうしたんだ?」
早瀬が何の用事もなくうちのクラスに来るなんてことはないだろうし、部活のことで何かあるのだろうか。うっすらとそう思っていたら「そうそう」と早瀬がこちらを向いて話し始めた。
「今日は部活に顔出してくれ。文化祭のことで話があるから」
「あー、文化祭。もうそんな時期か」
「ゴールデンウィークあけて、中間テスト終わったらすぐだしな」
高校にもなれば行事の類は減るもんだと思っていたが、意外と、ちょいちょいあるもんだ。テスト周辺にかたまってるのは勘弁してほしい。
「図書委員もなんかあるんかな、今年も」
早瀬がのんびりと言う。去年は、着ぐるみ着たなあ。
「ポップコンテストはあるんじゃないか」
「あれさあ、割と参加者多いよな。もっと少ないもんだと思ってた」
「参加賞が結構豪華だからなあ」
今年の文化祭は、どうなるんだろうな。
「今年の文化祭は、ラジオドラマを作ります」
放課後、視聴覚室で矢口先生が言った。放送部は毎年ラジオドラマを作っているというのは聞いていた。今年もいつも通りだろう、そんな空気が流れていたが、先生は楽しそうに続けた。
「今年は体育館で上映するからね。アニメーション付きで」
「えっ」
雑用要員である俺と咲良、そして朝比奈以外の部員が驚いたような声を上げた。隣に座る咲良は「本格的だなー」とのんきに言っている。
「そこの三人も出演してもらうからね」
先生がこちらを向いてにっこりと笑った。その笑みに反論することは、到底許されないように思えた。
「毎年、昼の自由時間の間に視聴覚室で上映してたけど、今年は出し物としてプログラムに入れてもらうことになりました。いい経験になると思うから、頑張りなさい」
やる気満々で有無を言わせない先生の言葉に、部員たちは「はい」と言うしかなかった。先生は満足そうに頷くと「さて」と続けた。
「じゃあ、役割を決めようか。脚本、イラスト、アニメーション……色々決めることは山ほどあるよ。時間はないけど。部員だけでできないなら他の人に頼まないといけないこともあるからね」
先生のその言葉に、視聴覚室がざわめく。決して部員が多いとは言い難い部活だ。外部の協力は必要不可欠だろう。
「図書委員はどうするよ。今年、着ぐるみ着らんの?」
と、咲良が頬杖をついて聞く。
「予算次第じゃないのか」
「あー、そういう事情もあるのかあ」
「……漆原先生のやる気も関係してくると思う」
朝比奈のつぶやきに、それが一番だなと思ったのは、俺だけではあるまい。
「じゃあ、みんなで決めて、決まったら紙か何かに書いて職員室に持って来て。先生、他の仕事あるから」
そう言って、先生は視聴覚室を出て行った。
部員はそれぞれ気の抜けたような体勢になる。上下関係はしっかりしている部活だが、体育会系のような厳しさとかはない。ゆるーい雰囲気に思わず力が抜ける。少しの沈黙の後、三年生の先輩たちが口々に言った。
「ほれ、部長」
「部長さん、仕切って仕切って」
「部長~」
「えー、いつも部長とか言わないのにこういう時だけ……はい、じゃあ、脚本やりたい人~」
こういうのらりくらりとした雰囲気が放送部らしさなのだと知ったのは、入部して早々のことである。
「なー、早瀬ぇ」
部長たちの会話をぼんやりと眺めていた早瀬に咲良が聞く。
「ラジオドラマってどんなんやるの?」
「見たことないか?」
「過去作品はパソコンに入ってるから、それ見るといいよ」
と、一人の三年生の先輩が言って、準備室からノートパソコンを持って来てくれた。
それから数年分のラジオドラマを見せてもらった。
今年の文化祭は、忙しくなるんだろうなあ。
帰る頃には外はすっかり暗くなっていた。まっすぐ家に帰って、早く飯を食おう。さっと食べるなら、何だろうか。ああ、ミートソースがあったな。スパゲティにしよう。
ミートソースはお湯で温めて、スパゲティはレンジでチン。味変に粉チーズとタバスコを準備する。
「いただきます」
薄切りのマッシュルームが入ったミートソース。トマトもごろっと入ってて食べ応えあるんだ。
食べ方はいろいろあるのだろうが、俺はまず、スパゲティとソースをしっかり混ぜる。そして何もかけずに一口。トマトの甘味とさわやかさ、みずみずしさの中に、肉のうま味とコクがいい。つるっとした麺の口当たりもたまらないな。
チーズとタバスコをかけてみる。タバスコは少なすぎず多すぎず。風味が無くてもいけないし、辛すぎても味が分からなくなるからな。チーズとの塩梅が難しいところだ。
うん、うまくいったようだ。チーズのコクと香りが加わり、うま味が増す。ちょっと濃いかな? と思ったところに、タバスコの辛みとさわやかさが鼻に抜けて程よくなる。タバスコは偉大だな。
ミートソーススパゲティは、ソースまで余すことなく食べたいものだ。そこで、パンが必要不可欠なんだな。
皿が真っ白になるようにぬぐって、口に押し詰める。ソースたっぷりのパターロールは、食べ応えが抜群なのだ。パンの中心に入っているバターのコクがとても濃い。
ああ、うまかった。
文化祭準備で忙しくなると、帰りも遅くなるんだろうなあ。飯、しっかり食わないとな。
「ごちそうさまでした」
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