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日常
第六百七話 ハンバーガー
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「えーっと、これはこっちの本棚で……」
期末テスト最終日、放課後は部活もないし帰ってゆっくりするはずが、なぜか図書館にいる。
テスト期間中に返された本が大量にあったらしく、それの片付けの手伝いだ。
「いやあ、助かるよ」
漆原先生は本の補修をしながら言った。
「傷んだ本が多くてなあ」
「大変ですね」
「経年劣化もあるしな」
多くの人が触れる本は、確かに劣化が早いように思う。みんながみんな、丁寧に扱うわけではないからな。表紙が取れかかっていたり、ページが破れていたり。透明のブックカバーが破けているものもある。
それを手際よく補習していく漆原先生の手元は、見ていて楽しい。こんなふうにサッサッと作業できるの、かっこいいよなあ。
「こっちの山も片づけてもらっていいぞ」
補修している本に視線を向けたまま、漆原先生は言った。
「はい」
とっとと家に帰れないのはまあ、ちょっと残念だけど、人のいない図書館は嫌いじゃないから良しとしよう。
チャイムが鳴って間もなくして、咲良が図書館にやってきた。
「どうかなあ~、解けた気はすんだけどなあ。合ってるかなあ、赤点回避できたかなあ~」
来るやいなやテストの話か。手伝うの一言もないのか。まあ、もうあと少しで終わるから別にいいんだけど。
「なあ、春都はどう思う?」
「問題も、お前の解答も知らんから何とも」
「むう~」
咲良がぶつぶつと何か言っている間に片付けが終わってしまった。
「先生、終わりました」
「ありがとうなあ。助かったよ」
補習を終えた先生は肩を回しながら言った。ゴリゴリと音が聞こえてくるが、大丈夫なのだろうか。
図書館を出ると、蒸し暑い空気が肌に張り付いてくる。
「うわ、外こんなに蒸し暑かったのか」
思わず顔をしかめると、咲良は「今日は特になあ」と苦笑した。
「なあ、春都。今日はこれから暇か?」
「あー? まあ、特にやることは何もないが」
「じゃ、昼飯食いに行こうぜ。新作のハンバーガーが出てんだよ~」
ついでに、と咲良は楽しそうに続けた。
「夏休みの計画も立てたいし」
「気が早いな」
言えば咲良は明るく笑った。
「いいのいいの。損することはないから」
そりゃそうだろうけど。
はあ、俺はいつ家に帰りつけるのだろうか。
ドライブスルーのレーンに連なる車は多いが、店内はそれほど人が多くない。
ここに来るといつも何にしようか悩むが、やっぱりいつも通りがいいな。食べ応えのあるハンバーガーのセット。ジュースはオレンジで、今日は腹減ってるし、チキンナゲットもつける。ソースはバーベキュー。
「咲良さあ……すげえよな」
番号札をもって隅の方のボックス席に座りながら言えば、咲良は首を傾げた。
「何がー?」
「新作ハンバーガー頼めるの」
「そうかなあ。だって気になるじゃん」
「うまいかどうか分かんねえから、味の想像つかないものは買うのためらう」
食材の組み合わせ次第じゃ、苦手なものもあるからなあ。そう思っていたら、咲良はあっけらかんと笑った。
「味が分かんないから、食べてみたいって感じかなー。今度のは何だっけ。塩レモンソースのハンバーガーか。楽しみだなー」
食事に関しては極力妥協したくない俺だが、冒険はあまりできない。その辺は、咲良の方が積極的だ。
期間限定とか、そそられるのはそそられるんだがなあ……
しばらく話していたら番号が呼ばれたので取りに行く。そうそう、このプラスチックのトレーに広告の紙、その上に出来立ての商品がある。これが外で食う時の醍醐味だよなあ。
咲良は、トロピカルシェイクなるものも頼んでいた。つくづく、感心する。
「いただきます」
まあ、俺は俺の食べたいものを食べるだけだ。
ごまが振りかかったバンズが包み紙から見えるだけでワクワクする。肉は二枚、野菜たっぷりなのがこのハンバーガーのいいところだ。
ここは思いっきりかぶりつく。これこれ、ジュワッと感じる肉のうま味に、辛みの抜けた玉ねぎのみじん切りが混ざった、オーロラソースにも似た特製ソース。野菜にも肉にも合うソースって、素晴らしい。
肉は少しこしょうが効いてるんだよなあ。レタスもたっぷりで、みずみずしい。ピクルスは二枚あるけど、大事に食べたい。
「夏休みはまず、どこ行くかなあ」
咲良はシェイクを吸う。
「おー、なんかしっかり南国って感じ。あ、海行きたいな、海」
「海なあ」
ほのかに甘みもある塩気のポテト。サクサクした食感に少しほくっとした感じ。揚げたてのポテトってどうしてこうもうまいのか。
ナゲットのソースにつけて食べるのもうまい。バーベキューソースは辛みと甘みのバランスがいいんだよなあ。
オレンジジュースは安定の酸味と甘み。爽やかな口当たりがハンバーガーによく合う。
「プールならさっと行けるんだけどな」
「海は遠いよな~」
「山ならそこら辺にあるぞ」
チキンなケットの衣はサクサクで香ばしく、どことなく甘味も感じるようだ。鶏肉はプリプリで臭みはなく、香辛料のほのかな風味もいい。バーベキューソースをつける量でまた味わいが変わる。
たっぷりつけてもいいし、少しだけでもいい。余らずに食べつくしたいところだ。
咲良はハンバーガーのソースだけをなめると「ん~」とうなった。
「山なあ……暑いな」
「海も暑いぞ」
「なー……あっ、じゃあ、ハンバーガーテイクアウトして、春都の家でゲーム三昧とか! それなら涼しいし!」
「そうきたかあ」
このハンバーガうまいし、また食べたいし、と関係あるようなないようなことを咲良は言った。
まあ、別にいいんだけどさあ……
ちょっとくらい、のんびりとした夏休みが過ごせるかなあ。
「ごちそうさまでした」
期末テスト最終日、放課後は部活もないし帰ってゆっくりするはずが、なぜか図書館にいる。
テスト期間中に返された本が大量にあったらしく、それの片付けの手伝いだ。
「いやあ、助かるよ」
漆原先生は本の補修をしながら言った。
「傷んだ本が多くてなあ」
「大変ですね」
「経年劣化もあるしな」
多くの人が触れる本は、確かに劣化が早いように思う。みんながみんな、丁寧に扱うわけではないからな。表紙が取れかかっていたり、ページが破れていたり。透明のブックカバーが破けているものもある。
それを手際よく補習していく漆原先生の手元は、見ていて楽しい。こんなふうにサッサッと作業できるの、かっこいいよなあ。
「こっちの山も片づけてもらっていいぞ」
補修している本に視線を向けたまま、漆原先生は言った。
「はい」
とっとと家に帰れないのはまあ、ちょっと残念だけど、人のいない図書館は嫌いじゃないから良しとしよう。
チャイムが鳴って間もなくして、咲良が図書館にやってきた。
「どうかなあ~、解けた気はすんだけどなあ。合ってるかなあ、赤点回避できたかなあ~」
来るやいなやテストの話か。手伝うの一言もないのか。まあ、もうあと少しで終わるから別にいいんだけど。
「なあ、春都はどう思う?」
「問題も、お前の解答も知らんから何とも」
「むう~」
咲良がぶつぶつと何か言っている間に片付けが終わってしまった。
「先生、終わりました」
「ありがとうなあ。助かったよ」
補習を終えた先生は肩を回しながら言った。ゴリゴリと音が聞こえてくるが、大丈夫なのだろうか。
図書館を出ると、蒸し暑い空気が肌に張り付いてくる。
「うわ、外こんなに蒸し暑かったのか」
思わず顔をしかめると、咲良は「今日は特になあ」と苦笑した。
「なあ、春都。今日はこれから暇か?」
「あー? まあ、特にやることは何もないが」
「じゃ、昼飯食いに行こうぜ。新作のハンバーガーが出てんだよ~」
ついでに、と咲良は楽しそうに続けた。
「夏休みの計画も立てたいし」
「気が早いな」
言えば咲良は明るく笑った。
「いいのいいの。損することはないから」
そりゃそうだろうけど。
はあ、俺はいつ家に帰りつけるのだろうか。
ドライブスルーのレーンに連なる車は多いが、店内はそれほど人が多くない。
ここに来るといつも何にしようか悩むが、やっぱりいつも通りがいいな。食べ応えのあるハンバーガーのセット。ジュースはオレンジで、今日は腹減ってるし、チキンナゲットもつける。ソースはバーベキュー。
「咲良さあ……すげえよな」
番号札をもって隅の方のボックス席に座りながら言えば、咲良は首を傾げた。
「何がー?」
「新作ハンバーガー頼めるの」
「そうかなあ。だって気になるじゃん」
「うまいかどうか分かんねえから、味の想像つかないものは買うのためらう」
食材の組み合わせ次第じゃ、苦手なものもあるからなあ。そう思っていたら、咲良はあっけらかんと笑った。
「味が分かんないから、食べてみたいって感じかなー。今度のは何だっけ。塩レモンソースのハンバーガーか。楽しみだなー」
食事に関しては極力妥協したくない俺だが、冒険はあまりできない。その辺は、咲良の方が積極的だ。
期間限定とか、そそられるのはそそられるんだがなあ……
しばらく話していたら番号が呼ばれたので取りに行く。そうそう、このプラスチックのトレーに広告の紙、その上に出来立ての商品がある。これが外で食う時の醍醐味だよなあ。
咲良は、トロピカルシェイクなるものも頼んでいた。つくづく、感心する。
「いただきます」
まあ、俺は俺の食べたいものを食べるだけだ。
ごまが振りかかったバンズが包み紙から見えるだけでワクワクする。肉は二枚、野菜たっぷりなのがこのハンバーガーのいいところだ。
ここは思いっきりかぶりつく。これこれ、ジュワッと感じる肉のうま味に、辛みの抜けた玉ねぎのみじん切りが混ざった、オーロラソースにも似た特製ソース。野菜にも肉にも合うソースって、素晴らしい。
肉は少しこしょうが効いてるんだよなあ。レタスもたっぷりで、みずみずしい。ピクルスは二枚あるけど、大事に食べたい。
「夏休みはまず、どこ行くかなあ」
咲良はシェイクを吸う。
「おー、なんかしっかり南国って感じ。あ、海行きたいな、海」
「海なあ」
ほのかに甘みもある塩気のポテト。サクサクした食感に少しほくっとした感じ。揚げたてのポテトってどうしてこうもうまいのか。
ナゲットのソースにつけて食べるのもうまい。バーベキューソースは辛みと甘みのバランスがいいんだよなあ。
オレンジジュースは安定の酸味と甘み。爽やかな口当たりがハンバーガーによく合う。
「プールならさっと行けるんだけどな」
「海は遠いよな~」
「山ならそこら辺にあるぞ」
チキンなケットの衣はサクサクで香ばしく、どことなく甘味も感じるようだ。鶏肉はプリプリで臭みはなく、香辛料のほのかな風味もいい。バーベキューソースをつける量でまた味わいが変わる。
たっぷりつけてもいいし、少しだけでもいい。余らずに食べつくしたいところだ。
咲良はハンバーガーのソースだけをなめると「ん~」とうなった。
「山なあ……暑いな」
「海も暑いぞ」
「なー……あっ、じゃあ、ハンバーガーテイクアウトして、春都の家でゲーム三昧とか! それなら涼しいし!」
「そうきたかあ」
このハンバーガうまいし、また食べたいし、と関係あるようなないようなことを咲良は言った。
まあ、別にいいんだけどさあ……
ちょっとくらい、のんびりとした夏休みが過ごせるかなあ。
「ごちそうさまでした」
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