一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
680 / 893
日常

第六百三十七話 ばあちゃん飯

しおりを挟む
 冬の朝は、どうしてこんなに寒いんだろう。寒いというか、空気が冷たい。暖房もあんまり効かないし、一人だと余計になあ。
 とりあえず朝飯の準備だ。
 電気ケトルでお湯を沸かす。冷えた水を沸かすのは時間がかかるから、まず最初にやらないとな。それと、弁当のご飯を詰めるの。ちゃんと冷やさないといけないんだ、これ。温めたり冷やしたり、大変だ。
 おかずはとりあえず卵焼きと……あとは冷凍でいいか。
 卵三個に砂糖をふんわり大さじ一、塩一つまみ、醤油を少し垂らし、しっかり混ぜる。卵焼き用のフライパンを火にかける。ひんやりしたフライパンに熱が通っていくと、だんだんと目が覚め、血が巡るような気がしてくる。
 油を広げ、少し卵液を入れて広げる。火が通った端からくるくると巻いていき、残った卵液をまた小分けにしていれる。
 しっかり芯まで火を通す。うん、いい感じ。上手に焼けた。皿に移して切り分ける。
 あとは何にしようかな~、青物は小松菜でいいか。ザクザク切って、耐熱皿にのせ、ラップをかけたらレンジでチン。
「冷凍なんかあったっけな~っと」
 ソースカツ、コロッケ、小さいグラタン、つくね……コロッケとつくねにすっか。コロッケはひとつひとつが小さくて、いろんな味がある。形によって違うんだが……どれがどれだっけ。
 丸と四角と三角。じゃがいもと、カレーと、かぼちゃ。つくねは甘辛いたれがかかっている。
 小松菜を取り出し、冷凍のおかずを温める。
 チンした小松菜にはポン酢をかけ、ごまを振りかけてよく混ぜる。ちょっと味見……うん、この酸味とごまの風味、みずみずしさがいい。
 おかずが温まったら全部詰める。ご飯にはおかかのふりかけ。
 朝飯は弁当の残りでいいや。
「うめずー、朝ごはんー」
「わふっ」
 うめずは相変わらず、朝から元気がいい。器にいつものご飯を入れていたら、嬉しそうに尻尾を振った。
「今日はばあちゃん来るからな」
「わう」
「さて、俺も朝飯食おうかな」
 もう一回、お湯を温め直して、味噌玉を溶かす。
「いただきます」
 弁当の残りって、なんか妙にうまいんだよな。少し冷めてるけど、ほのかに暖かさの残る卵焼きの甘さは、出来立てでも弁当でも味わえない代物だ。小松菜からは水分が出ていて、少し味が薄くなったようにも思う。しょっぱすぎなくていい。
 冷凍のつくね、一本余ったんだ。ギュッとつまって、ふわふわというよりぎっちりした歯ごたえの肉は、野菜の甘味もあってうまい。二つの団子が串に刺さっているのだが、団子同士が接しているところがいい。たれがねちっとカリッとしているんだ。
 みそ汁の具は乾燥わかめと巻き麩。このシンプルさが好きだ。
 炊き立てご飯があればもう、十分だ。
「ごちそうさまでした」
 さて、のんびりしたいところだが、学校は待ってくれない。さっさと片付けなければ。
「はぁ~あ」
 せめて、ため息をつくことだけは許してほしい。

 学校での時間は、恐ろしいほどゆっくり過ぎるように感じるときもあれば、気づけばもう帰り、ってときもある。今日は後者のようだった。得したんだか損したんだがよく分からんな。
「いつだっけ、今週末? 映画」
「来週来週。来週の金曜」
「ねー、帰りコンビニ行くよね」
「今なら早いバスに間に合う!」
 いろんな声を背に聞きながら、とっとと家に帰る。
 思えば、日が少しずつ長くなったものだ。ちょっと前まではもう、今の時間になると真っ暗だった。寒さはいまだ健在だが、確実に春は近づいているのだなあ。
 玄関の扉を開けると、暖かな光が零れる。居間へつながる扉の向こうは普段から電気がついていて、今日も今日とて明るいのだが、なんとなく今日は雰囲気が違うように感じる。
「ただいまー」
「おかえり。寒かったでしょ」
「うん」
 台所から、料理を盛った皿を両手に、ばあちゃんが出てきた。うめずは台所から出てきたばあちゃんの後ろを着いて行き、台所に戻ると大人しく居間で待つ。
「お風呂入っちゃいなさい」
「はーい」
 熱々のお風呂に入り、ソファでのんびりする。何とぜいたくなことだろう。
「湯冷めしないように、靴下ちゃんと履いてよー」
「分かった~」
 テレビやスマホからじゃない、自分以外の人の声が聞こえる。それがどんなに落ち着くか。
「もうすぐご飯できるからねー」
 ガシガシとタオルで頭を拭きながらテーブルに向かう。
「おおー」
 がんもどき、擦った山芋をのりで挟んで揚げたものに、肉の天ぷら。盛りだくさんだ。
「はい、持っていって」
「ん」
 それに、具だくさんの豚汁ときたもんだ。
「あったかいうちに食べなさい」
「いただきます」
 まずは豚汁から。ほんのり甘みを感じる合わせ味噌の香ばしさ、溶けだした野菜のうま味、豚の脂。これこれ、この味こそ豚汁だ。ほくほくの人参にジューシーな大根は目にも鮮やかで、こんにゃくの食感がうれしい。
 豚肉はしっかり火が通って噛み応えがある。脂身のところはプルプルしていてうまい。散らしたネギがいいアクセントだ。
 柚子胡椒を溶かすと刺激が少しプラスされて、爽やかにも味わえる。
 肉の天ぷらは揚げたてだ。今日はにんにく控えめの醤油味のようである。その代わり、しょうがが効いている。あっさりと香ばしくて、いくらでも食べられてしまいそうだ。
 がんもどきはサクッとしつつもホワッと優しい口当たり。豆腐の味にニンジン、ごま、昆布。ニンジンはやっぱり甘く、ごまは香ばしい。昆布のおかげでうまみが増している。醤油をかけてもまたうまい。
 山芋は粘度が高く、もっちりしていて食べ応えがある。のりの風味がまたいい。揚げているからか、風味が増したように思う。どこか軽やかに感じられるのはなんでだろう。
 出汁で味付けしてあるのが程よくて、醤油を垂らしても香ばしさが増していい。
 ホカホカの白米に、肉の天ぷらをのせ、醤油をかけてかじり、ご飯で追いかける。最高だなあ。
「うんまい……」
「よかった。落ち着いて食べなさいね」
「うん」
 差し出されたお茶を飲み、また豚汁に手を付ける。具材をごっそりと口にほおばるのが好きだ。味噌の風味とうま味、いろんな具材のおいしさがあふれて最高だ。
 うん、これはあれだな。学校が早く終わったように感じたのは、とても得だったようだ。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...