一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
686 / 893
日常

第六百四十二話 家族ごはん

しおりを挟む
 布団から出るには億劫な気温、いつもより強い眠気、早くなった日の出。もう、冬というよりほぼ春になってしまったなあ。あとはもう少し、朝が暖かくなるといいけど。
「ふぁ~あ。あー、眠……」
 今日は、半日授業で、午後から部活だったか。といっても、部室の掃除が主だが。確か放送部は視聴覚室のほかに、倉庫の掃除もしなきゃいけねえんだよなあ。まあ、晴れるだけいいか。
『さて、桜の開花についてなんですが、予報を見ていきましょう』
 もう桜の話がテレビでもやってる。最近の暖かさだと、勘違いして咲いちゃいそうだなあ。
「……ん?」
 何でテレビの音が聞こえるんだ? 昨日寝る前、ちゃんと消したよなあ……? あっ、ばあちゃんか。ばあちゃんが来てるのか? いや、そんなわけないか。
 などと色々な考えが巡るが、スマホを見て思い出す。
「あー、そうか」
 扉を開けると、居間は暖かく明るく、そしていつもより少しだけ賑やかだった。
「おはよう、春都」
「おはよう」
 父さんと母さんが帰ってきてたんだった。昨日寝る前に連絡が来て、それで、とりあえず返信して……昨日はものすごく眠かったから、記憶がおぼろげだ。
「もうすぐ朝ごはんできるよ」
「んー、分かった……」
 身支度を済ませると、ある程度頭が冴えてくる。
 今日の朝飯は、炊き立てご飯に豆腐の味噌汁、目玉焼きとウインナー、それに野菜が添えられている。
「すげえ……朝飯だ」
「温かいうちに食べなさいね」
「いただきます」
 目玉焼きは両面焼きか、と感動しながら味噌汁をすする。かつお節の出汁が効いて、豆腐はつるんと口当たりがよく、ねぎは切りたてなのか、香りがいい。
 両面焼きは好きだけど、自分でやると折っちゃうんだよなあ。
 黄身は程よく火が通っていて、うっすら透き通っている。醤油をまんべんなくかけて、切り分けて、ご飯にのせる。ねっちりとした食感と、白身のプリッとした感じ、醤油の香ばしさは卵との相性がよく、臭みを消してくれる。これでご飯をかきこむのが、朝飯って感じだ。
 ウインナーはほんのり辛いやつ。ほんのり、といっても割とじわじわ辛さが昇りつめてきて、全身がホカホカしてくる。
「今日は昼間、暖かくなるってよ」
 レタスにドレッシングをかけてみずみずしさを堪能していたら、テレビを見ていた父さんが言った。
「やっぱり?」
「でも夕方は冷えるって」
「温度差がすごそうねぇ。春都、風邪ひかないようにしとかないと」
「分かった」
 今日は特に午後から動くしなあ。
 風邪ひくとしばらくしんどいから、気を付けよ。
「ごちそうさまでした」

 今日は片付けが終わった部活から帰っていいらしいので、皆やる気満々だ。と、その前にまずは昼休みがある。
 ぎゅうぎゅうにつまった俵型のおにぎり、からあげ、卵焼き、たらこのスパゲティに小松菜の炒め物。しっかり食って、よっぽど頑張らないといけないらしい。
 からあげ、うまいなあ。やっぱり自分で作るのとはわけが違うというか。サクサクで、身までしっかり味が染みてて、ご飯に合う。卵焼きの甘さもいい。たらこのスパゲティはソースがたっぷりで、ご飯と絡めて食うのもいい。小松菜はみずみずしい。
 おにぎりは、箸で切りながら食う感じになる。それくらいぎゅうぎゅうなんだ。このぎゅうぎゅう詰めの感じと、冷えたお米って、ザ・弁当! って感じで好きだ。
 食い終わったら早々に片付けだ。
「飯食った後ぐらい、もう少しゆっくりしてぇよー」
 書籍類が詰まった段ボールを抱える咲良が、そう文句を言う。
「なあ、朝比奈もそう思わねえ?」
「飯食った後動くと、血糖値が急に上がらなくていいらしい」
「そーいうこっちゃねえんだよなあ」
 机の上の荷物を朝比奈と一緒に片付けていく。机の広さはそうでもないが、散らかっている物の数が異様に多い。何が記録されているか分からないCD、おそらくもう必要ないであろう数年前の体育祭のプログラム、剥がしっぱなしのポスター、放置された課題。
 いや、課題は放置しちゃいかんだろ。誰のか分からないが、見えるところに置いておこう。
「春都は分かってくれるだろ?」
「あ? なにが?」
「飯食った後、ゆっくりしたい!」
「あー……まあ」
飯食った後だらけるのは気分がいいよなあ。でも、一回ぼーっとしてしまうと動きづらいから勢いに任せて動いてしまった方がいいような気がするし……家だと特に、一人だし、片付けしなきゃいけないから……あ、でも今日は一人じゃないのか。
 晩飯は母さんが作ってくれるし、片付けも自分一人でしなくていいし……
「晩飯何かなあ」
「えっ?」
 咲良と朝比奈の困惑の声が聞こえて、まだ片付けの途中だったことを思い出したのだった。

 おっ、今日の晩飯はポトフとボロネーゼか。自分じゃまずやんない組み合わせだから楽しい。焼いた食パンもある。食べたいものをリクエストするのもいいけど、何ができるかなあって楽しみに待つのもいいもんだ。
「いただきます」
 スパゲティにかかったソースはパッと見、デミグラスソースのようにも見える。濃い茶色で、絶対うまいと確信が持てる見た目と香りだ。
 スパゲティとソースをしっかり混ぜて、巻いて、一口で食べる。おっ、やっぱりデミグラスソースっぽい味わいだ。ひき肉がたっぷりで、食べ応えもある。ドリアとかにしてもおいしそうなソースだなあ。
 それにしても、口いっぱいにソースをほおばるって、どうしてこんなに幸せなんだろう。スパゲティとの相性も良く、すいすい入ってしまう。
 それなりにボリュームはあるのに、不思議だなあ。
 ポトフも久しぶりだ。自分じゃなかなか作らないから。
 透き通ったコンソメスープにジャガイモ、キャベツ、玉ねぎニンジンが見える。小さいウインナーは、朝のとは違って辛くない。小さいウインナーが入ったポトフって、なんかいいな。
 野菜のうま味が染み出したスープは、みそ汁とかとはまた違う味わいだ。コクがあって、ジュワーッと口中にやさしい甘みが広がっていく。
 ジャガイモはほくほくしてて、トロットロだ。玉ねぎも甘く、にんじんは目に鮮やかで、ほのかな甘みがちょうどいい。キャベツもザクザク食べられる。生のままだと、いくら好きでもなかなか大量には入らないが、火を通すといくらでも入る。
 ああ、そうだ。ポトフって、うまかったんだなあ。
「ポトフ、たくさん作ったから、明日まであまりそうなんだけど、食べてくれる?」
 余ったソースを食パンですくって食べていたら、母さんが言った。
「もちろん、喜んで」
 一日経ったポトフはまた、濃いうま味と甘みが出てて、具材もスープになじんでうまいんだよなあ。
 お皿を真っ白にしながら、明日の朝に思いをはせる。気が早いだろうか。
 まあ、楽しみだから、しょうがないな。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...