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日常
第六百五十七話 鮭のおにぎり
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合宿初日の朝は早い。上下学校指定のジャージを着、リュックサックに必要な物を詰めて、朝課外の時よりも二時間くらい早く家を出る。
「うわ、暗っ……」
街灯が少ない、というか、あるけどついてないから暗い。それでも、車やトラック、自転車、歩く人はそれなりに見かけるから、自分が知らない間にも世界は動いているのだと気づく。
まさか、そういうことを気付かせるために、宿泊訓練というものを設けているのだろうか。
……そんなことを考えるくらいには、俺は現実逃避をしたがっている。
「お、あれは……」
ひときわ不機嫌そうな様子で校門をくぐろうとしていたのは、宮野だった。隣にはテンション高めの勇樹がいる。俺に気が付いたのは勇樹だった。
「おはよー春都。暗いな!」
「おう、おはよう」
「あ、一条か」
「大丈夫、こいつ、眠いだけだから」
と、勇樹が宮野の説明をする。宮野は大あくびをすると、大きなため息をついた。
「はぁー、だっるい。帰りたい、帰っていい?」
「機嫌悪いじゃん」
「ははは」
「笑ってごまかすな」
宿泊訓練につきものである班分けだが、俺は、こいつらと一緒だ。先生がどういう意図で班分けをしたのかは分からないが、これだけはよかったと思う。どうせ宿泊訓練に参加せざるを得ない以上、班分けというものは重要だ。
「お、バスもう来てんじゃん」
集合場所である校庭からは、第二グラウンドが見える。バスはそこに停まっていた。各クラス一台ずつだから、なかなか壮観だ。エンジン音と光が、なんだか非日常である。
「あー、いたいた、はーると。おっはよ~」
「咲良か。おはよ……」
ぐえ、後ろから来た。
「あっはは、眠そうだなー!」
「……お前は朝から元気そうで何よりだ」
「なんつーの? 深夜テンションっつーか、変なことになってる。たぶん、夜明けとともにテンションは下がる。自分で分かる」
「そうか」
咲良は肩を組んだまま、楽しそうに話をする。
「向こうに着いたら歩いてどっか移動して、ご飯だったよな」
「ああ、そんな感じだな」
「クラス関係ないらしいし、一緒に食おうぜ~」
咲良はバンバンと背を叩いてくる。
「そういうことなら、俺らも」
と、やってきたのは百瀬と朝比奈だ。百瀬はにこにこといつも通りだったが、朝比奈はなんかふわふわしている。あれ、もしかして立ったまま寝ようとしてない?
「はーい、集合ー。各クラス男女別に並べー」
あ、先生たちも来た。なんか、あれだな、先生たちもいつもと雰囲気が違う。みんなジャージ姿だから、変な感じ。
「んじゃ、またあとで~」
「おー」
朝早くて大変だと思ったが、俺はまだ近いからいいよな。咲良とか、電車の時間やらバスの時間やらがあるやつらは、かなり早く家を出なきゃいけないだろうし……下手したら送ってもらわないといけないんだよな。
「……あ」
遠くの空が少し明るくなってきた。
バスの座席は事前から決められていた通りである。酔いやすい人とか、いろいろなことを考慮した結果、俺の隣席には勇樹がいる。
「普段は全然春都とは話さないからなー。たまには語り合おうぜ」
「何をだ」
「お互いのことについて、いろいろと」
「いろいろねえ……」
ちら、と通路を挟んで向こう側の座席を見る。そこには宮野と中村がいたのだが、二人そろってアイマスクをして寝てしまっている。
目的地まで二時間弱かかるんだっけ。途中休憩も挟むから、もっとかかるかもしれない。そりゃ寝るよな。
「お前は眠くないのか? 勇樹」
「寝起きは良い方だと思ってる」
と、勇樹は得意げに胸を張った。
結局勇樹に流されるままあれこれ話をしていたら、窓から見える景色がすっかり明るくなってしまっていた。ちらほらと、目を覚ますやつらもいるようだ。それを分かってか否か、先生が後ろを向いて声をかける。
「朝飯食ってないやつとか、腹減ったやつは飯食っていいからな」
そう言われるや否や、皆ごそごそとリュックを扱いだす。何だ、そんなに食ってないやつ多かったのか。まあ、確かに俺も食ったが、いつも通りしっかりってわけにはいかなかったからな。向こうに着いてからの飯も準備しなきゃいけなかったし。
「春都も食う?」
「んー……」
昼飯のおにぎりは、少し多めに握ってきたからなあ。ちょっと腹減ったし。
「食う」
勇樹はきれいな形に握られたおにぎりを取り出した。まんべんなくのりで包まれている。
「いただきます」
のりは一枚、ラップでくるんだ少し大きめのおにぎり。
鮭は焼いたものをほぐして、中心に埋め込んできた。ぜいたくにも二切れ焼いて、たっぷり入れてきたから、こぼさないように気を付けて食べる。
少し濃い目の塩。白米の甘味が際立つ。この冷えた米の触感と味が好きだ。ホロホロと口の中でほどけて、少しもちもちしたような、ちょっと歯ごたえのあるような感じ。噛むほどに甘みがにじんできていい。
そしてたっぷりの鮭。
焼きたてのジュワジュワしたのもいいのだが、おにぎりの鮭って、どうしてこんなにうれしいんだろう。
柔らかい脂身の部分と、塩味のする少し噛み応えのある部分。それが混ざっていい。
そして麦茶を飲む。塩気の強いおにぎりと麦茶って、合うんだよなあ。
それに自分で焼いたから、なんとなくいつもよりうまい気がする。これがあと三個あるんだよな、楽しみだ。
おかずもちょっと準備してるし、何なら、果物まで……
なんだかんだ楽しんでるな、俺。
「ごちそうさまでした」
「うわ、暗っ……」
街灯が少ない、というか、あるけどついてないから暗い。それでも、車やトラック、自転車、歩く人はそれなりに見かけるから、自分が知らない間にも世界は動いているのだと気づく。
まさか、そういうことを気付かせるために、宿泊訓練というものを設けているのだろうか。
……そんなことを考えるくらいには、俺は現実逃避をしたがっている。
「お、あれは……」
ひときわ不機嫌そうな様子で校門をくぐろうとしていたのは、宮野だった。隣にはテンション高めの勇樹がいる。俺に気が付いたのは勇樹だった。
「おはよー春都。暗いな!」
「おう、おはよう」
「あ、一条か」
「大丈夫、こいつ、眠いだけだから」
と、勇樹が宮野の説明をする。宮野は大あくびをすると、大きなため息をついた。
「はぁー、だっるい。帰りたい、帰っていい?」
「機嫌悪いじゃん」
「ははは」
「笑ってごまかすな」
宿泊訓練につきものである班分けだが、俺は、こいつらと一緒だ。先生がどういう意図で班分けをしたのかは分からないが、これだけはよかったと思う。どうせ宿泊訓練に参加せざるを得ない以上、班分けというものは重要だ。
「お、バスもう来てんじゃん」
集合場所である校庭からは、第二グラウンドが見える。バスはそこに停まっていた。各クラス一台ずつだから、なかなか壮観だ。エンジン音と光が、なんだか非日常である。
「あー、いたいた、はーると。おっはよ~」
「咲良か。おはよ……」
ぐえ、後ろから来た。
「あっはは、眠そうだなー!」
「……お前は朝から元気そうで何よりだ」
「なんつーの? 深夜テンションっつーか、変なことになってる。たぶん、夜明けとともにテンションは下がる。自分で分かる」
「そうか」
咲良は肩を組んだまま、楽しそうに話をする。
「向こうに着いたら歩いてどっか移動して、ご飯だったよな」
「ああ、そんな感じだな」
「クラス関係ないらしいし、一緒に食おうぜ~」
咲良はバンバンと背を叩いてくる。
「そういうことなら、俺らも」
と、やってきたのは百瀬と朝比奈だ。百瀬はにこにこといつも通りだったが、朝比奈はなんかふわふわしている。あれ、もしかして立ったまま寝ようとしてない?
「はーい、集合ー。各クラス男女別に並べー」
あ、先生たちも来た。なんか、あれだな、先生たちもいつもと雰囲気が違う。みんなジャージ姿だから、変な感じ。
「んじゃ、またあとで~」
「おー」
朝早くて大変だと思ったが、俺はまだ近いからいいよな。咲良とか、電車の時間やらバスの時間やらがあるやつらは、かなり早く家を出なきゃいけないだろうし……下手したら送ってもらわないといけないんだよな。
「……あ」
遠くの空が少し明るくなってきた。
バスの座席は事前から決められていた通りである。酔いやすい人とか、いろいろなことを考慮した結果、俺の隣席には勇樹がいる。
「普段は全然春都とは話さないからなー。たまには語り合おうぜ」
「何をだ」
「お互いのことについて、いろいろと」
「いろいろねえ……」
ちら、と通路を挟んで向こう側の座席を見る。そこには宮野と中村がいたのだが、二人そろってアイマスクをして寝てしまっている。
目的地まで二時間弱かかるんだっけ。途中休憩も挟むから、もっとかかるかもしれない。そりゃ寝るよな。
「お前は眠くないのか? 勇樹」
「寝起きは良い方だと思ってる」
と、勇樹は得意げに胸を張った。
結局勇樹に流されるままあれこれ話をしていたら、窓から見える景色がすっかり明るくなってしまっていた。ちらほらと、目を覚ますやつらもいるようだ。それを分かってか否か、先生が後ろを向いて声をかける。
「朝飯食ってないやつとか、腹減ったやつは飯食っていいからな」
そう言われるや否や、皆ごそごそとリュックを扱いだす。何だ、そんなに食ってないやつ多かったのか。まあ、確かに俺も食ったが、いつも通りしっかりってわけにはいかなかったからな。向こうに着いてからの飯も準備しなきゃいけなかったし。
「春都も食う?」
「んー……」
昼飯のおにぎりは、少し多めに握ってきたからなあ。ちょっと腹減ったし。
「食う」
勇樹はきれいな形に握られたおにぎりを取り出した。まんべんなくのりで包まれている。
「いただきます」
のりは一枚、ラップでくるんだ少し大きめのおにぎり。
鮭は焼いたものをほぐして、中心に埋め込んできた。ぜいたくにも二切れ焼いて、たっぷり入れてきたから、こぼさないように気を付けて食べる。
少し濃い目の塩。白米の甘味が際立つ。この冷えた米の触感と味が好きだ。ホロホロと口の中でほどけて、少しもちもちしたような、ちょっと歯ごたえのあるような感じ。噛むほどに甘みがにじんできていい。
そしてたっぷりの鮭。
焼きたてのジュワジュワしたのもいいのだが、おにぎりの鮭って、どうしてこんなにうれしいんだろう。
柔らかい脂身の部分と、塩味のする少し噛み応えのある部分。それが混ざっていい。
そして麦茶を飲む。塩気の強いおにぎりと麦茶って、合うんだよなあ。
それに自分で焼いたから、なんとなくいつもよりうまい気がする。これがあと三個あるんだよな、楽しみだ。
おかずもちょっと準備してるし、何なら、果物まで……
なんだかんだ楽しんでるな、俺。
「ごちそうさまでした」
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