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日常
第六百九十四話 弁当
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今日は何かと、朝からうまくいかなかった。
まず、横になったままスマホで時間を確認していたら、顔に落ちてきた。めっちゃ痛いんだ、あれ。
弁当の準備をしたら、卵焼きがうまく焼けなかった。
時間が押して、焦っていたら机の角に足をぶつけた。
下まで降りてから、忘れ物に気が付いた。
昨日の晩に降った雨で水たまりがたくさんできていて、思いっきり走れなかった。
そして極めつけ。横を通り過ぎていった車のスピードがすごくて、思わずよけたら、水たまりに足を突っ込んだ挙句、車が水たまりを通り過ぎた結果、水しぶきを浴びる羽目になった。
ぽた、ぽたと前髪から水がしたたり落ちる。
「……大丈夫か?」
校門に立つ、厳しくて有名な生徒指導の先生が、気を使って聞いてくるくらいには、見ていられなかったのだろう。
「……っす」
タイミングがいいのか悪いのか、ちょうど通りかかった咲良は俺を見るなり、これはとても面白いものを見つけた、といわんばかりに、寝ぼけ眼をみるみる楽しそうに輝かせ、心配している体で「どうしたんだよ~」と近づいてきた。
「なんか朝からこんな調子だ。ったく」
あーあー、どうすっかなあ。泥まみれ、ってわけではないけど、気持ちわりぃ。しかも今日は天気も悪いし、乾くには時間がかかる。
咲良はゲラゲラ笑い、「災難だったなあ」と言った。
人ごとだと思いやがって、と腹が立つよりも、一人じゃなくてよかった、と思う。こういう時って、一人だとなんかむなしい。まあ、思うだけだ。思うだけ。
「ま、乾くっしょ」
「うえ~、気持ち悪い……」
「何が気持ち悪いんだ?」
昇降口には、勇樹がいた。咲良が「あれぇ?」と首をかしげる。
「部活は?」
「今日は休み~。って、ありゃ、春都。どしたん、泳いだ?」
そんなに濡れてないだろう。朝だけど、すっかり疲れ果ててしまって何も言い返せないでいると、勇樹は笑った。
「水も滴るいい男、ってやつ?」
「そんないいもんじゃねーよ」
「はは、だろうな。大方、水たまりに突っ込んで、車の水撥ねにでも遭ったんだろう?」
「……見てたのか」
ものの見事に言い当てたので、少し驚く。勇樹はあっけらかんと笑った。
「いんや、俺もよくそうなるから。うちの近く、魔のスポットがあるんだよ~」
「そうか……」
「でもさー、その格好のまんまじゃ大変だろ? 俺のでよかったら貸すよ?」
何をだろう。タオルか? まあ、拭けば何とかいけるか。と思っていたら、勇樹は鞄から袋を取り出した。
「ほい、着替え」
「着替え?」
「何で持ってんだよ?」
咲良が聞くと、勇樹は荷物を持ち直しながら答えた。
「まー、予備? ってやつ。部活の時とか、雨の時とか。今日は運よくぬれずに済んだから」
「いいのか?」
「おう、俺は構わないぞ」
「助かる」
教室では無理だし、トイレで着替えるか。
濡れた制服は、鞄に入っていたビニール袋に入れて縛る。うん、少々大きめではあるが、支障はない。
なんか、自分ちと違う洗剤の匂いがする。変な感じだ。
「あ、出てきた」
「なんだ咲良、いたのか」
「おー、なんかいつもと違う~」
だぼだぼだ、と外で待っていた咲良は笑った。
「そんなに余ってないだろ」
「まあ、めっちゃ余ってる、って感じではないけどさ。やっぱ違うよ」
そりゃあ、人のだもんな。ふと、咲良を見る。こいつも結構身長あるんだよなあ……
「ん? 何?」
「……いや、何でもない」
別に自分の身長にコンプレックスがあるわけでもないし、不満があるわけでもないのだが、なんだろう。釈然としない。漠然と負けた気がする。
まあ、なんだ。何とか丸く収まってよかった。
感謝しとかないとなあ。
どうやらうまくいかない波は朝がピークだったようで、あの後、これといって面倒なことにも運の悪いことにも巻き込まれなかった。
「どうなることかと思った……」
何とかお昼までこぎつけた。どうにか作った弁当を取り出す。
「迷惑かけたな、勇樹」
「なんのなんの。お礼、期待してっから」
「えー、じゃあ俺も~」
「何で咲良にもお礼しなきゃいけねーんだよ」
と、勇樹が笑うと、咲良は「だってさあ」と言った。
「俺がいたことで、春都、救われたでしょ。ああいう時、一人だとむなしいじゃん」
このやろう、心読みやがったか。図星なので強く言い返せない。
「まあ、なんかするよ」
さあ、過ぎ去った不運より、目の前の飯だ。
「いただきます」
ボロボロの卵焼きに、少し焦げたウインナー。野菜は、ピーマンをレンチンして、かつお節と醤油で和えたもの。照り焼きのミートボール。
なんか、初めて自分一人で作った弁当を思い出す。
ウインナーって、割と焦げたのうまいんだよな。そりゃ炭みたいになってたら食えないけど、程よい焦げ目は香ばしく、なんとなくうま味が増しているように思う。
あ、ピーマン、ちょっと苦い。
切り方がちょっと違うだけで、味わいが変わってくるんだ、ピーマンって。今日はちょっと苦くなってしまった。でも、これはこれでうまい。かつお節の風味もいいし、醤油も合う。マヨネーズかけてもいいかもなあ。
ミートボールは、いつも通りの味である。たっぷりの照り焼きソースがつやつやで、なんとなく慰められる。
さて、卵焼き。
そぼろになりそうなところを何とかまとめ上げたので、卵焼きといってよいものか。ま、そう見えるなら、そうだということにしよう。
うん、味は十分。甘くて、ジュワッとしている。口当たりがいつもよりほろほろしているなあ。これもまたよしである。
ご飯はぎゅうぎゅうに詰め込んで、わさびのふりかけをかけた。というか、他のふりかけがなかった。
風味もよく、ピリッと辛い。何気に好きだ。
まあ、今こうやって、飯を食えているだけ良しとしよう。飯を食ってうまいと思えるうちは、まだまだ大丈夫だと思う。
さて、お礼は何にしようかね。家になんか、お菓子あったかなあ。
「ごちそうさまでした」
まず、横になったままスマホで時間を確認していたら、顔に落ちてきた。めっちゃ痛いんだ、あれ。
弁当の準備をしたら、卵焼きがうまく焼けなかった。
時間が押して、焦っていたら机の角に足をぶつけた。
下まで降りてから、忘れ物に気が付いた。
昨日の晩に降った雨で水たまりがたくさんできていて、思いっきり走れなかった。
そして極めつけ。横を通り過ぎていった車のスピードがすごくて、思わずよけたら、水たまりに足を突っ込んだ挙句、車が水たまりを通り過ぎた結果、水しぶきを浴びる羽目になった。
ぽた、ぽたと前髪から水がしたたり落ちる。
「……大丈夫か?」
校門に立つ、厳しくて有名な生徒指導の先生が、気を使って聞いてくるくらいには、見ていられなかったのだろう。
「……っす」
タイミングがいいのか悪いのか、ちょうど通りかかった咲良は俺を見るなり、これはとても面白いものを見つけた、といわんばかりに、寝ぼけ眼をみるみる楽しそうに輝かせ、心配している体で「どうしたんだよ~」と近づいてきた。
「なんか朝からこんな調子だ。ったく」
あーあー、どうすっかなあ。泥まみれ、ってわけではないけど、気持ちわりぃ。しかも今日は天気も悪いし、乾くには時間がかかる。
咲良はゲラゲラ笑い、「災難だったなあ」と言った。
人ごとだと思いやがって、と腹が立つよりも、一人じゃなくてよかった、と思う。こういう時って、一人だとなんかむなしい。まあ、思うだけだ。思うだけ。
「ま、乾くっしょ」
「うえ~、気持ち悪い……」
「何が気持ち悪いんだ?」
昇降口には、勇樹がいた。咲良が「あれぇ?」と首をかしげる。
「部活は?」
「今日は休み~。って、ありゃ、春都。どしたん、泳いだ?」
そんなに濡れてないだろう。朝だけど、すっかり疲れ果ててしまって何も言い返せないでいると、勇樹は笑った。
「水も滴るいい男、ってやつ?」
「そんないいもんじゃねーよ」
「はは、だろうな。大方、水たまりに突っ込んで、車の水撥ねにでも遭ったんだろう?」
「……見てたのか」
ものの見事に言い当てたので、少し驚く。勇樹はあっけらかんと笑った。
「いんや、俺もよくそうなるから。うちの近く、魔のスポットがあるんだよ~」
「そうか……」
「でもさー、その格好のまんまじゃ大変だろ? 俺のでよかったら貸すよ?」
何をだろう。タオルか? まあ、拭けば何とかいけるか。と思っていたら、勇樹は鞄から袋を取り出した。
「ほい、着替え」
「着替え?」
「何で持ってんだよ?」
咲良が聞くと、勇樹は荷物を持ち直しながら答えた。
「まー、予備? ってやつ。部活の時とか、雨の時とか。今日は運よくぬれずに済んだから」
「いいのか?」
「おう、俺は構わないぞ」
「助かる」
教室では無理だし、トイレで着替えるか。
濡れた制服は、鞄に入っていたビニール袋に入れて縛る。うん、少々大きめではあるが、支障はない。
なんか、自分ちと違う洗剤の匂いがする。変な感じだ。
「あ、出てきた」
「なんだ咲良、いたのか」
「おー、なんかいつもと違う~」
だぼだぼだ、と外で待っていた咲良は笑った。
「そんなに余ってないだろ」
「まあ、めっちゃ余ってる、って感じではないけどさ。やっぱ違うよ」
そりゃあ、人のだもんな。ふと、咲良を見る。こいつも結構身長あるんだよなあ……
「ん? 何?」
「……いや、何でもない」
別に自分の身長にコンプレックスがあるわけでもないし、不満があるわけでもないのだが、なんだろう。釈然としない。漠然と負けた気がする。
まあ、なんだ。何とか丸く収まってよかった。
感謝しとかないとなあ。
どうやらうまくいかない波は朝がピークだったようで、あの後、これといって面倒なことにも運の悪いことにも巻き込まれなかった。
「どうなることかと思った……」
何とかお昼までこぎつけた。どうにか作った弁当を取り出す。
「迷惑かけたな、勇樹」
「なんのなんの。お礼、期待してっから」
「えー、じゃあ俺も~」
「何で咲良にもお礼しなきゃいけねーんだよ」
と、勇樹が笑うと、咲良は「だってさあ」と言った。
「俺がいたことで、春都、救われたでしょ。ああいう時、一人だとむなしいじゃん」
このやろう、心読みやがったか。図星なので強く言い返せない。
「まあ、なんかするよ」
さあ、過ぎ去った不運より、目の前の飯だ。
「いただきます」
ボロボロの卵焼きに、少し焦げたウインナー。野菜は、ピーマンをレンチンして、かつお節と醤油で和えたもの。照り焼きのミートボール。
なんか、初めて自分一人で作った弁当を思い出す。
ウインナーって、割と焦げたのうまいんだよな。そりゃ炭みたいになってたら食えないけど、程よい焦げ目は香ばしく、なんとなくうま味が増しているように思う。
あ、ピーマン、ちょっと苦い。
切り方がちょっと違うだけで、味わいが変わってくるんだ、ピーマンって。今日はちょっと苦くなってしまった。でも、これはこれでうまい。かつお節の風味もいいし、醤油も合う。マヨネーズかけてもいいかもなあ。
ミートボールは、いつも通りの味である。たっぷりの照り焼きソースがつやつやで、なんとなく慰められる。
さて、卵焼き。
そぼろになりそうなところを何とかまとめ上げたので、卵焼きといってよいものか。ま、そう見えるなら、そうだということにしよう。
うん、味は十分。甘くて、ジュワッとしている。口当たりがいつもよりほろほろしているなあ。これもまたよしである。
ご飯はぎゅうぎゅうに詰め込んで、わさびのふりかけをかけた。というか、他のふりかけがなかった。
風味もよく、ピリッと辛い。何気に好きだ。
まあ、今こうやって、飯を食えているだけ良しとしよう。飯を食ってうまいと思えるうちは、まだまだ大丈夫だと思う。
さて、お礼は何にしようかね。家になんか、お菓子あったかなあ。
「ごちそうさまでした」
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