一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第七百十九話 トースト

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 休日の朝は、早起きしないともったいない気がする反面、のんびりと寝ておかないと損な気もする。
 どちらかといえば、早起きすることの方が多いか。
 まだ車の通りも少ない、早朝の町。コンビニ以外の店は開店の時を待ち、道路を行きかうのはバスやトラックが多い。静かな町をゆっくりと歩く自分のスニーカーの足音と、うめずの軽快な足取りがよく聞こえる。
 朝日が昇ったばかりのこんな時間にうめずと散歩していると、冒険に出かけているような気分になる。
 ゲームでよく見る、旅立ちの朝のような。
「まあ、短い旅路だけどな」
 ふと呟けば、うめずがこちらを振り返った。今日はお互いに少しばかり体力が余っているので、いろいろ歩き回ってみようと思う。
 行ったことのない道って、割とある。あの道、この道、どこにつながっているかなんとなく見当のつくところもあれば、まったくもってつかないところもある。細い道はちょっと怖い。突き当りが民家だったらまずいよなあ。
 学校の裏の道はちょくちょく通るが、細い道には入ったことがない。よっぽど用がない限り行かない道だからな。
 店もなく、民家しかないような通りだ。
「行ってみるか?」
「わうっ」
 うめずが少し乗り気だったので、入ってみることにする。たぶん、変なところには出ないだろう。
「へ~、こんななってんだ……」
 古い建物、狭い敷地、いつから伸びっぱなしなのか分からない木々がある家、新しく建ったような家、古いアパート。遠くから見たことがあるようなないような、そんな場所だ。
 知らない町の住宅街を歩いているみたいだ。
 入り組んだ道を歩いていく。この家、車停まってるけど、どこから入るんだろう。すごく駐車しづらそうだ。あ、こっちの道が広いのか。ああ、ここに入り口があって……なるほどね。いろいろ工夫があるわけだ。
 少し歩いていくと、見慣れた道に出た。この辺りは何度か来たことがある。小学校の時、遠足の帰り道がいつも通りだと退屈だからって、寄り道した場所でもある。
「なるほどねー……ここに繋がるんだ」
「わうっ」
「知らなかったな」
 ゲームでよくある、ダンジョンとかの地図が思い浮かぶ。最初は全部黒塗りだけど、行ったところだけ解放されていくやつ。クリアした後、行ったことのないルートをたどってみたら、実はこことつながっていましたー、みたいな。
 避けて通った道が近道だったり、その道中にいいアイテムがあったりするんだよな。
 ま、今は現実世界だから、そういうことはないんだけど。でも、そういう気持ちで歩いていると、いつもの散歩もちょっと気分が変わっていい。
 そろそろ日が高くなってきた。帰って、朝飯の準備をしようかな。

 散歩に出る前にあんまりお腹が空いていたから、冷凍したご飯をチンして、ふりかけ振って食ったが、やっぱ腹減ってんなあ。
 かといって、手の込んだものを作る気はない。さて、どうしようか。
「食パンあったよな……」
 久しぶりに、朝、トーストにしてみよう。モーニングだ、モーニング。
 食パンは六枚切り。とりあえず、二枚焼こう。焼く前に切れ目を入れたら食べやすくなるだろうか。お店のって、そうなってるよな。たぶん。あんま見たことないけど。
 焼いている間に、他の準備をする。
 まずはプチトマト。へたを取って洗って、皿にのせる。あ、玉子食べたいな。ゆで卵……いや、スクランブルエッグにしよう。
 ボウルに卵を割り入れ、塩こしょう。しっかり混ぜたら、熱したフライパンに油を広げて、流し入れる。卵焼きと違って砂糖とか入れないから、味付けの塩梅がよく分からない。じゅわーっといい音がして、焼けた縁から中心に寄せるようにして焼いていく。
 炒り卵にならない程度に火を通したら、皿にのせる。醤油でいいかなあ。
 それと、チーズ食べたい。モッツァレラチーズを割いて食べられるやつだ。細かく裂いて、ねぎとかつお節と醤油。
 そうこうしているうちに、パンが焼けた。おお、いい色。
 うちの朝には珍しい、パンの香ばしい香り。コーヒーでもあればもっと様になるのだろうが、今日は麦茶で。
「うめずも朝ごはんな」
「わうっ」
 うめずが一番お気に入りの器に、ざらざらとご飯を入れる。このカリカリ、妙にうまそうに見えるんだよなあ。うまいのかな。
 まあ、食ってみる勇気はないけどな。
 早く食べたいだろうに、俺が席につくのを律儀に待っている。そういうふうに教えたつもりはないんだが、かわいいやつだ。
 そわそわと、台所にいる俺を見てくるうめず。
「わふぅ」
「はいはい、今座るよ」
 マーガリンも持ってきて、っと。
「いただきます」
「わうっ」
 パンにはマーガリンを塗る。おっと、切れ目に入ってなかなか塗りづらい。でもなんだろう、パンの上で溶けていくマーガリンって、きれいだ。きらきらの金色だ。
 切れ目にそってちぎってみる。モチィッとした内側の白がまぶしい。
 サクッと香ばしく、耳は噛み応えがある。ジュワッと染み出すマーガリンの風味もいい。朝にパン、いいかもしれない。サクサク入っていく。軽い食感、重くない腹のたまり具合、でもマーガリンと小麦の香りで満足する。
 スクランブルエッグはふわふわだ。半熟まではないが、カチカチでもない、程よい火の通り具合。醤油を垂らすと香ばしい。
 パンにのせて食べてみる。うん、これもなかなか。和風の卵サンドって感じになる。パンと卵の食感の違いが面白いなあ。ふわふわという表現でも、なんとなく質感が違うというか。卵の方がしっかりめかなあ。パンにはサクサクもある。
 プチトマトは甘い。小さなトマトが口の中ではじけるのって、なんか楽しい。ついつい食べ過ぎてしまいそうになる。
 チーズは風味控えめで、醤油で滲み出すかつお節のうま味と、ねぎのさわやかさがよく合う。
 これ、クリームチーズでしてもうまいんだよな。その時は、わさびを混ぜるとなおよしである。わさびって、たいていのものに合う。
 少し冷えたパンに塗ったマーガリンは、なかなか溶けない。でも、少しかたまり状態のマーガリンごとパンを食べるのも好きだ。にゅっとした感じの歯ざわり、口の中の温度で溶けるマーガリン、もちもちが増したパン。うまいなあ。
 切れ目を入れているから、余計に香ばしいのかもしれない。隙間に染みたマーガリンもまたいい味出してる。
 散歩した後に食べる飯って、やっぱうまいなあ。
 さて、お昼は何を食べようか。

「ごちそうさまでした」
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