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日常
第七百二十一話 豚肉とねぎのうどん
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風邪とか分かりやすい病気でもなければ、学校を休むほどの体調不良でもないが、どことなく、なんとなく調子が悪い。
「ん~……」
布団から出るのが億劫で、いつもよりも体が重い。このままソファに吸い込まれて寝られたら、どんなにいいことか。忍び寄る睡魔に負けてしまいたい。まあ、そんなわけにもいかないから、睡魔にはおかえりいただこう。
「昼……」
弁当を作る気力もないが、食堂に行く気も起きない。こういうときは、おにぎりを作るに限る。混ぜご飯のおにぎりにしておけば、残りは朝飯にできる。
わかめと鮭の混ぜご飯と、高菜の混ぜご飯。学校に持って行く分だけ握って、朝飯はそのままで。
お吸い物は、準備するか。
「いただきます」
はー、出汁の温かさを受け入れると、幾分落ち着く。鮭とわかめの混ぜご飯は程よくしょっぱくてうまい。鮭は焼き鮭とか鮭フレークとはまた違った感じ。サクサクしてる。混ぜご飯のわかめって、妙にうまいんだよなあ。
高菜はピリ辛だ。ほんと、高菜漬けってものによって味が違う。これは、高菜本来の味というより、濃い味付けが主だな。
出汁の味がよく合う。
ああ、これが休みならなあ……この後テスト勉強して、ちょっと休んで、うまいもん食ってってするんだけどなあ。
まあ、そうもいっていられない。
「ごちそうさまでした」
重い体に鞭打って立ち上がる。
これから頑張るんだし、でかいため息をつくことくらいは、許してほしい。
「あ、帰って来た」
移動教室から帰ってきたら、早瀬が教室の前で待っていた。
「なんだ、部活か」
「違う違う、一条に伝言があって」
「伝言?」
道の妨げにならないよう、端の方によって話をする。何だ、伝言って。理系クラスからの伝言って、そう思いつかないのだが。
「井上からなんだけど」
「井上……? ああ」
咲良のことか。いつもの呼び方じゃないと、どうもピンとこない。
そういえば今日、見かけてないな。
「咲良がどうしたって?」
「さっき帰ったから、それ、一条に言っといてって。たまたま廊下に出てたからさ、言付かったんだ」
「そうか」
あいつ、帰ったのか。そういや今の時期は調子悪そうにしていたような……ふーん、そうか。
早瀬はにやっと笑った。
「井上が言ってたことは、本当だったかな?」
「何がだ?」
「俺がいないと、一条が寂しがるって」
……またあいつは適当なことを。
直接言われたなら、そんなこと言う暇があるならとっとと帰って休め、と、そう返しただろう。
「まあ、いい退屈しのぎにはなるからな、あいつ」
「照れ隠しか?」
「違う」
「あっはっは、まあ、そう言ってやるなよ」
早瀬は言うと、時計を見て「そろそろ行かないと」とつぶやいた。
「じゃあ、またな」
「ああ、伝言、ありがとう」
今日は、静かな昼飯になりそうだ。
やっと頭が回り始めたな、と思ったのは、重い空から雨粒が落ち始めた夕方のことであった。冷たい雨がさらさらと音を立てて振り出すと、少し霧が晴れたような気分になった。
そうなると、ちゃんと飯食わなきゃなあ、という気持ちにもなるもので。
「確か豚肉とねぎがあったはず……」
いまだ本調子じゃないとき、あれが食べたくなる。豚肉とねぎのうどん。シンプルだけど、じんわりと身に染みる飯だ。
まずはいつもの通り白だしでうどんの出汁を作る。そこに、薄切りの豚肉をくっつかないようにほぐしながら入れ、次に、ザクザク切った白ネギを入れる。
煮たたせないように温めながら、うどんを別の鍋で茹でる。
一緒に入れてもいいんだが、出汁が白くなっちゃうからな。別に茹でた方がうまい気がする。まあ、いつもできるわけでもないが。ポーンって、入れてしまう時だってある。
うどんを器に盛り、出汁をよそう。うーん、いい色。透き通った出汁の金色に、豚肉の脂がわずかだがきらきらと輝く。いい匂いだ。
さあ、食べよう食べよう。
「いただきます」
とろみをつけてもよかったが、まあ、暑い時期だし、そのままでも十分うまい。
麺をほぐし、ひとすすり。ん、うまい。このふわっとした柔らかい麺。この優しい感じが、しんどい時に良いんだ。どんな体調不良でも、食べられてしまう。そしてそれから、みるみる元気になっていくような気がする。
出汁もうまい。じんわりと染み入る。豚肉とねぎのうま味がにじんで、出汁そのものの味に加えて、さらにおいしくなっている。
出汁って、組み合わせる食材次第でいかようにも変わる。不思議なもんだ。
豚肉は柔らかい豚バラ肉。脂身も程よく、噛めば口の中でジュワッとうま味があふれ出す。このうどんでしか味わえない豚肉のうま味と食感、味。いっそ豚肉だけこうやって炊いてもいいんじゃ、と思ったが、やっぱり違う。うまいのはうまいんだが、うどんと合わさったこの味は出せない。
ネギはシャキッとしつつもとろとろで、体に優しい感じがする。ねぎって、なんで体にいいぞーって感じがするんだろう。風邪ひいたらねぎ、って何となくイメージとしてあるけど。
まあいいや、うまくて元気が出るなら。
明日は咲良、来るだろうか。やっぱり、いつも近くで聞こえる喧しさがないのはちょっとばかり変な感じがした。
自分も、元気でいないとなあ。
あ、そうだ。今度はトマトを入れたうどんもいいかも。これからは夏野菜もどんどん出てくるだろうし、いろいろ試してみたいな。
「ごちそうさまでした」
「ん~……」
布団から出るのが億劫で、いつもよりも体が重い。このままソファに吸い込まれて寝られたら、どんなにいいことか。忍び寄る睡魔に負けてしまいたい。まあ、そんなわけにもいかないから、睡魔にはおかえりいただこう。
「昼……」
弁当を作る気力もないが、食堂に行く気も起きない。こういうときは、おにぎりを作るに限る。混ぜご飯のおにぎりにしておけば、残りは朝飯にできる。
わかめと鮭の混ぜご飯と、高菜の混ぜご飯。学校に持って行く分だけ握って、朝飯はそのままで。
お吸い物は、準備するか。
「いただきます」
はー、出汁の温かさを受け入れると、幾分落ち着く。鮭とわかめの混ぜご飯は程よくしょっぱくてうまい。鮭は焼き鮭とか鮭フレークとはまた違った感じ。サクサクしてる。混ぜご飯のわかめって、妙にうまいんだよなあ。
高菜はピリ辛だ。ほんと、高菜漬けってものによって味が違う。これは、高菜本来の味というより、濃い味付けが主だな。
出汁の味がよく合う。
ああ、これが休みならなあ……この後テスト勉強して、ちょっと休んで、うまいもん食ってってするんだけどなあ。
まあ、そうもいっていられない。
「ごちそうさまでした」
重い体に鞭打って立ち上がる。
これから頑張るんだし、でかいため息をつくことくらいは、許してほしい。
「あ、帰って来た」
移動教室から帰ってきたら、早瀬が教室の前で待っていた。
「なんだ、部活か」
「違う違う、一条に伝言があって」
「伝言?」
道の妨げにならないよう、端の方によって話をする。何だ、伝言って。理系クラスからの伝言って、そう思いつかないのだが。
「井上からなんだけど」
「井上……? ああ」
咲良のことか。いつもの呼び方じゃないと、どうもピンとこない。
そういえば今日、見かけてないな。
「咲良がどうしたって?」
「さっき帰ったから、それ、一条に言っといてって。たまたま廊下に出てたからさ、言付かったんだ」
「そうか」
あいつ、帰ったのか。そういや今の時期は調子悪そうにしていたような……ふーん、そうか。
早瀬はにやっと笑った。
「井上が言ってたことは、本当だったかな?」
「何がだ?」
「俺がいないと、一条が寂しがるって」
……またあいつは適当なことを。
直接言われたなら、そんなこと言う暇があるならとっとと帰って休め、と、そう返しただろう。
「まあ、いい退屈しのぎにはなるからな、あいつ」
「照れ隠しか?」
「違う」
「あっはっは、まあ、そう言ってやるなよ」
早瀬は言うと、時計を見て「そろそろ行かないと」とつぶやいた。
「じゃあ、またな」
「ああ、伝言、ありがとう」
今日は、静かな昼飯になりそうだ。
やっと頭が回り始めたな、と思ったのは、重い空から雨粒が落ち始めた夕方のことであった。冷たい雨がさらさらと音を立てて振り出すと、少し霧が晴れたような気分になった。
そうなると、ちゃんと飯食わなきゃなあ、という気持ちにもなるもので。
「確か豚肉とねぎがあったはず……」
いまだ本調子じゃないとき、あれが食べたくなる。豚肉とねぎのうどん。シンプルだけど、じんわりと身に染みる飯だ。
まずはいつもの通り白だしでうどんの出汁を作る。そこに、薄切りの豚肉をくっつかないようにほぐしながら入れ、次に、ザクザク切った白ネギを入れる。
煮たたせないように温めながら、うどんを別の鍋で茹でる。
一緒に入れてもいいんだが、出汁が白くなっちゃうからな。別に茹でた方がうまい気がする。まあ、いつもできるわけでもないが。ポーンって、入れてしまう時だってある。
うどんを器に盛り、出汁をよそう。うーん、いい色。透き通った出汁の金色に、豚肉の脂がわずかだがきらきらと輝く。いい匂いだ。
さあ、食べよう食べよう。
「いただきます」
とろみをつけてもよかったが、まあ、暑い時期だし、そのままでも十分うまい。
麺をほぐし、ひとすすり。ん、うまい。このふわっとした柔らかい麺。この優しい感じが、しんどい時に良いんだ。どんな体調不良でも、食べられてしまう。そしてそれから、みるみる元気になっていくような気がする。
出汁もうまい。じんわりと染み入る。豚肉とねぎのうま味がにじんで、出汁そのものの味に加えて、さらにおいしくなっている。
出汁って、組み合わせる食材次第でいかようにも変わる。不思議なもんだ。
豚肉は柔らかい豚バラ肉。脂身も程よく、噛めば口の中でジュワッとうま味があふれ出す。このうどんでしか味わえない豚肉のうま味と食感、味。いっそ豚肉だけこうやって炊いてもいいんじゃ、と思ったが、やっぱり違う。うまいのはうまいんだが、うどんと合わさったこの味は出せない。
ネギはシャキッとしつつもとろとろで、体に優しい感じがする。ねぎって、なんで体にいいぞーって感じがするんだろう。風邪ひいたらねぎ、って何となくイメージとしてあるけど。
まあいいや、うまくて元気が出るなら。
明日は咲良、来るだろうか。やっぱり、いつも近くで聞こえる喧しさがないのはちょっとばかり変な感じがした。
自分も、元気でいないとなあ。
あ、そうだ。今度はトマトを入れたうどんもいいかも。これからは夏野菜もどんどん出てくるだろうし、いろいろ試してみたいな。
「ごちそうさまでした」
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