826 / 893
日常
番外編 井上咲良のつまみ食い 12
しおりを挟む
「……さむ」
まだ暗い、早朝と夜の間くらいの時間。ブランケットは、いつからベッドの下に落ちていたのだろう。肌がすっかり冷たくなってしまっている。
「んん~」
ブランケットを拾い上げ、頭からかぶる。まだ寝てていい時間だ。
まったく、こんなに急に寒くならなくたっていいじゃないか。おかげで目が覚めてしまった。あー、そろそろパジャマも替えないとなあ。でもそうやって秋支度というか、冬支度をすると、また暑くなるんだよ。
よく分かんねえ天気だ。ま、どうこう言っても何も変わんないんだけどさ。
しかし、安眠を阻害されるのは腹立たしい。せっかく気分よく寝てたってのに、だんだん頭が冴えてきてしまった。二度寝って、割と難しい。
「は~あ」
眠れない真夜中の布団の中は、居心地が悪い。
こうなったら一回起きてしまう方がいい。すっかり充電が終わったスマホから充電ケーブルを抜いて、パジャマのままってのもなんだから、ジャージに着替えてそっと扉を開ける。
うるさくすると、鈴香が厄介だ。
「この時間って、何やってんだろ……」
音量を限りなく小さくしてテレビをつけてみる。暗闇の中のテレビって、かなり明るく感じる。
放送休止、テレビショッピング、天気予報に定点カメラ……
「つまんね」
もうちょっと前だったら、なんか深夜番組なり、アニメなりやってたんだろうけど。
消そう。
テーブルに突っ伏して、スマホをいじる。SNSには今も次々と情報が流れてきて、割と人とは夜に寝ていないものなのだなあ、とぼんやり思う。
眠れない夜は、ブルーライトが異様に落ち着くときがある。
目を突き刺すまぶしい光が、荒れた気分を鎮めるような、麻痺させるような、慰めてくれるような気がするのだ。
流れてくる情報を一つ一つ見ながらも、頭には残さずスクロールしていく。
でも、それもずっとやっていると退屈になるものだ。尽きぬ刺激と高揚がその中にあるようでいて、実際のところ、糸がぷつりと切れたように途端に興味がなくなってしまう。
どうしよう。まだ朝の準備するには早いんだけど。
「……コンビニ行こ」
サンダル引っかけて、外に出る。
おー、結構寒い。風通しがいい分、余計に。長袖長ズボンにしといてよかった。
外は真っ暗で、心もとない街灯が点在するばかり。人もいなければ、車もめったに走らない。でも、ところどころの家には明かりがついている。起きてる人、いるのかな。いるんだろうなあ。
ふと月明かりが気になって、空を見上げてみる。あ、星めっちゃ出てる。冬になると空気が澄んで、よく見えるんだっけ。夏の空をあんま覚えてないからよく分かんないや。
あ、コンビニ見えてきた。妙にほっとするんだよなあ、暗闇のコンビニって。セーブポイント感ある。
もう今のうちに昼飯買っとくか。何にしようかな……
田舎のコンビニってのはラインナップが自由なもので、地元のパン屋の商品まで置いてあるのだ。ラップでくるまれたシンプルなパンは、ホットドッグとカツサンド、それにナポリタン。全部背割りコッペパンに挟まっていて、きゅうりとゆで卵のスライスがチョンと乗っている。
「そんでさー、あんま早起きしすぎたからコンビニ行って~」
屋上に向かう階段を上りながら言うと、後ろからついてくる春都が笑ったのが聞こえた。
「よっぽど眠れなかったんだな」
「そ、たまにあるんだよねーこういうの」
「まあ、分からんでもない」
春都も、ああやって眠れない夜があるんだろうか、とふと思う。そういうとき、春都はどうやって過ごしているのだろう。どうやって、ごまかしているのだろう。
やっぱご飯のこと考えてんのかな。
「春都はさー、眠れない時って何してんの?」
「えー……まず起きる」
「うんうん」
「後は本読むとか、スマホ見たり、ゲームしたり……DVD見たり?」
「やっぱそうなるよなー」
外は涼しくて、少し寒いと思うくらいだった。でも日の当たるところは気持ちよくて、すぐにでも寝てしまいそうだった。
でも、食うもん食わないと。腹減ってるし。
「いただきます」
最初はカツかな~。ソース染み染みでうまそう。春都はもちろん、手作り……
「え、待って、春都。ゆで卵そのまま持ってきたの?」
春都が当然のように手にしているのは、殻も剥いていないゆで卵だった。春都はいつも通りの表情のまま言った。
「ほんとはむいて来ようと思ったんだがな、時間がなかった」
「マジ? ワイルドだな。え、味なし?」
「いや……」
春都が保冷バッグから取り出したのは、見覚えのある塩の容器だった。瓶だ、春都、瓶ごと持って来てる。しかもどこか得意げな表情だ。
「瓶ごと⁉ マジ?」
「マジだ」
「あっはは! やるなあ、春都。最高!」
「時間なかったからな」
いや、時間ないからって、それにしても……はー、やっぱ春都、いいやつだ。今もきれいに卵の殻がむけて嬉しそうだし。
さて、俺も食うか。
ここのカツは、チキンカツなんだよなー。あっさりしてるけど、ちゃんと食べ応えもあっていい。わりときゅうりがいい感じにみずみずしくて好きなんだよな。ゆで卵……ふっ、春都の持ってきたのには色々と負けるが、ソースのついたゆで卵もうまい。
パンもほのかに甘くていいんだよな。
ホットドッグのソーセージは、パリッとはじけて脂っこくない。さっぱりしているから、ケチャップ多めがいいのだ。
ナポリタンは甘い。甘いトマトケチャップのソースがたまらなくパンと合うのだ。来れにはレタスがちょっと添えられていて、それもまたいい。紛れ込んだコーンも甘いし、薄っぺらいウインナーもうま味がある。
なんか、寝起きいまいちだったし、眠いし、あんま気分上がんなかったけど、笑ったら元気出たな。
たぶん今日は、ぐっすり眠れる気がする。
寝る前にしばらく、思い出し笑いしそうだけど。
……今度俺も、ゆで卵持って来てみようかな。
「ごちそうさまでした」
まだ暗い、早朝と夜の間くらいの時間。ブランケットは、いつからベッドの下に落ちていたのだろう。肌がすっかり冷たくなってしまっている。
「んん~」
ブランケットを拾い上げ、頭からかぶる。まだ寝てていい時間だ。
まったく、こんなに急に寒くならなくたっていいじゃないか。おかげで目が覚めてしまった。あー、そろそろパジャマも替えないとなあ。でもそうやって秋支度というか、冬支度をすると、また暑くなるんだよ。
よく分かんねえ天気だ。ま、どうこう言っても何も変わんないんだけどさ。
しかし、安眠を阻害されるのは腹立たしい。せっかく気分よく寝てたってのに、だんだん頭が冴えてきてしまった。二度寝って、割と難しい。
「は~あ」
眠れない真夜中の布団の中は、居心地が悪い。
こうなったら一回起きてしまう方がいい。すっかり充電が終わったスマホから充電ケーブルを抜いて、パジャマのままってのもなんだから、ジャージに着替えてそっと扉を開ける。
うるさくすると、鈴香が厄介だ。
「この時間って、何やってんだろ……」
音量を限りなく小さくしてテレビをつけてみる。暗闇の中のテレビって、かなり明るく感じる。
放送休止、テレビショッピング、天気予報に定点カメラ……
「つまんね」
もうちょっと前だったら、なんか深夜番組なり、アニメなりやってたんだろうけど。
消そう。
テーブルに突っ伏して、スマホをいじる。SNSには今も次々と情報が流れてきて、割と人とは夜に寝ていないものなのだなあ、とぼんやり思う。
眠れない夜は、ブルーライトが異様に落ち着くときがある。
目を突き刺すまぶしい光が、荒れた気分を鎮めるような、麻痺させるような、慰めてくれるような気がするのだ。
流れてくる情報を一つ一つ見ながらも、頭には残さずスクロールしていく。
でも、それもずっとやっていると退屈になるものだ。尽きぬ刺激と高揚がその中にあるようでいて、実際のところ、糸がぷつりと切れたように途端に興味がなくなってしまう。
どうしよう。まだ朝の準備するには早いんだけど。
「……コンビニ行こ」
サンダル引っかけて、外に出る。
おー、結構寒い。風通しがいい分、余計に。長袖長ズボンにしといてよかった。
外は真っ暗で、心もとない街灯が点在するばかり。人もいなければ、車もめったに走らない。でも、ところどころの家には明かりがついている。起きてる人、いるのかな。いるんだろうなあ。
ふと月明かりが気になって、空を見上げてみる。あ、星めっちゃ出てる。冬になると空気が澄んで、よく見えるんだっけ。夏の空をあんま覚えてないからよく分かんないや。
あ、コンビニ見えてきた。妙にほっとするんだよなあ、暗闇のコンビニって。セーブポイント感ある。
もう今のうちに昼飯買っとくか。何にしようかな……
田舎のコンビニってのはラインナップが自由なもので、地元のパン屋の商品まで置いてあるのだ。ラップでくるまれたシンプルなパンは、ホットドッグとカツサンド、それにナポリタン。全部背割りコッペパンに挟まっていて、きゅうりとゆで卵のスライスがチョンと乗っている。
「そんでさー、あんま早起きしすぎたからコンビニ行って~」
屋上に向かう階段を上りながら言うと、後ろからついてくる春都が笑ったのが聞こえた。
「よっぽど眠れなかったんだな」
「そ、たまにあるんだよねーこういうの」
「まあ、分からんでもない」
春都も、ああやって眠れない夜があるんだろうか、とふと思う。そういうとき、春都はどうやって過ごしているのだろう。どうやって、ごまかしているのだろう。
やっぱご飯のこと考えてんのかな。
「春都はさー、眠れない時って何してんの?」
「えー……まず起きる」
「うんうん」
「後は本読むとか、スマホ見たり、ゲームしたり……DVD見たり?」
「やっぱそうなるよなー」
外は涼しくて、少し寒いと思うくらいだった。でも日の当たるところは気持ちよくて、すぐにでも寝てしまいそうだった。
でも、食うもん食わないと。腹減ってるし。
「いただきます」
最初はカツかな~。ソース染み染みでうまそう。春都はもちろん、手作り……
「え、待って、春都。ゆで卵そのまま持ってきたの?」
春都が当然のように手にしているのは、殻も剥いていないゆで卵だった。春都はいつも通りの表情のまま言った。
「ほんとはむいて来ようと思ったんだがな、時間がなかった」
「マジ? ワイルドだな。え、味なし?」
「いや……」
春都が保冷バッグから取り出したのは、見覚えのある塩の容器だった。瓶だ、春都、瓶ごと持って来てる。しかもどこか得意げな表情だ。
「瓶ごと⁉ マジ?」
「マジだ」
「あっはは! やるなあ、春都。最高!」
「時間なかったからな」
いや、時間ないからって、それにしても……はー、やっぱ春都、いいやつだ。今もきれいに卵の殻がむけて嬉しそうだし。
さて、俺も食うか。
ここのカツは、チキンカツなんだよなー。あっさりしてるけど、ちゃんと食べ応えもあっていい。わりときゅうりがいい感じにみずみずしくて好きなんだよな。ゆで卵……ふっ、春都の持ってきたのには色々と負けるが、ソースのついたゆで卵もうまい。
パンもほのかに甘くていいんだよな。
ホットドッグのソーセージは、パリッとはじけて脂っこくない。さっぱりしているから、ケチャップ多めがいいのだ。
ナポリタンは甘い。甘いトマトケチャップのソースがたまらなくパンと合うのだ。来れにはレタスがちょっと添えられていて、それもまたいい。紛れ込んだコーンも甘いし、薄っぺらいウインナーもうま味がある。
なんか、寝起きいまいちだったし、眠いし、あんま気分上がんなかったけど、笑ったら元気出たな。
たぶん今日は、ぐっすり眠れる気がする。
寝る前にしばらく、思い出し笑いしそうだけど。
……今度俺も、ゆで卵持って来てみようかな。
「ごちそうさまでした」
24
あなたにおすすめの小説
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる