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日常
第782話 餃子
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昨日は春巻きをちまちまと巻き、今日は朝から餃子を包んでいる。
「さ、今日は餃子作るよ!」
起き抜けにそう母さんから言われたときには何事かと思ったが、まあ、よくあることだ。父さんも慣れたように、準備をしていたのである。
「いっぱい作って、じいちゃんとばあちゃんちで一緒に食べようね」
そう言いながら母さんは手際よく餃子を包んでいく。
「にしても、ずいぶん大量だなあ」
と、父さんが言った。
「いつも多いとは思っていたけど、今日はまたいつにも増して」
「あら、冷凍してたらいつでも食べられるでしょ。それに、中身はほとんど野菜だから、あっという間に食べちゃうよ」
「確かに、それはそうかもしれないな」
うちの餃子は、野菜が多い。というか、キャベツが多い。細かく切ったキャベツに豚ミンチ。にらは入っていない。その代わりにねぎを入れている。それとしょうがとにんにく、酒、醤油、砂糖に塩こしょう、ごま油。
砂糖は少し入れると、うま味が増すのだと母さんが教えてくれたのだ。
丸い皮に、スプーンですくった肉ダネを適量のせて折り畳み、ひだをつけていく。
初めて作ったときに比べれば、ずいぶんうまくなったものである。肉の量を欲張りすぎて破裂したり、少なすぎて食べた気がしなかったり。
余った肉ダネをそのまま焼いてもうまいんだよな。餃子味のハンバーグって感じで。
「春都、最近学校はどうだ?」
と、父さんが聞いてくる。
「この間は学園祭だったんだろう? 楽しかったか?」
「あー……学園祭ね」
そうだった、あまりにもいつも通り過ぎてすっかり忘れていたが、学園祭があったのだった。うーん、特別話せそうなことがないんだけど。
「委員会別でいろいろ準備したけど、図書委員会はあんますることなくて」
「お、そうなのか? 学園祭っていうと、忙しそうなイメージがあるもんだけど」
「よその委員会は大変そうだったけど」
なんか、どっかの委員会は喧嘩してたし、どっかの委員会は間に合わないからって居残りしてたなあ。
「うちは……全然」
「いつもは放送部で忙しいもんねえ」
と、母さん。そうそう、その通り。
「あ、ウインナーおいしかったな」
そう言うと、父さんも母さんも不思議そうに「ウインナー?」と聞き返す。
「えっと、司書の先生が準備してくれててさ……」
そうやって話しているうちに、思いのほか学園祭の時間を楽しんでいたのだなあ、と思い至ったのだった。
いつ終わるかも分からないような山盛りの皮も、思ったよりもあっという間になくなり、冷凍庫には保存用パックに詰められた餃子たちがひしめいている。こりゃしばらく餃子には苦労しないな。
ばあちゃんは持って行った餃子を見て驚いていたし、じいちゃんは「またか」といった様子で笑っていた。
今日は天気もいまいちなので、お客さんも少ないらしい。
「それじゃあ……」
そう言ってじいちゃんは冷蔵庫からビールを取り出した。机の上ではホットプレートが温められている。
じいちゃんとばあちゃんの家も、すっかり冬支度が進んでいる。
こたつの準備が整い、敷物はふかふか。ストーブには小さな灯がともり、やかんがしゅうしゅうと音を立てている。
石油ストーブって、暖かいなあ。そして少しまぶしい。
「はーい、油敷くよ~」
そう言って母さんがホットプレートに油を広げる。
「はい、餃子置いて」
「はーい」
出来立ての餃子は、なんだかつきたての餅を彷彿とさせる。肉ダネがあるところがポヤポヤしていて、なんだか愛おしい。
そういう生き物みたいだ。
並べたらお湯を入れる。ジュワアッと勢いのいい音がして、思わず目をつむった。
「はい、蓋閉めるねー」
あとは焼けパカるのを待つだけだ。
この待っている時間も楽しいものだ。いい香りがじわっと漂ってきて、これだけでご飯が進みそうなくらいである。
しかしやはり、そのものを早く食べたい。
先に準備しておいたポン酢をなめてみる。んー、酸っぱい。ここに早く油を浮かばせたい。
「そろそろかな」
パカ、と本当に音を立ててふたが開くと、もわあっと湯気が立ち上る。
「さ、食べましょう」
「いただきます!」
餃子を焼くときは、どうしてこんな急速に腹が減るのだろう。
餃子同士がつながっているので、うまく切り分けながら一つとる。ポン酢につけて……ああ、これこれ。この油のきらきら。たまらないなあ。
カリッとした表面に、少しもちっとした部分。肉ダネは熱々のホカホカで、うま味がジュワアッと染み出してくる。
キャベツの甘味、みずみずしさ。ねぎが爽やかでうまい。肉のうま味もあって、コクがあっていい。そうそう、これこれ。にんにくが程よく香り、くどくないこの餃子。これぞ俺のベストオブ餃子である。
半分だけ食べて、たれをひたひたつけて、食べるのも好きだ。酸味がダイレクトに味わえていい。
ご飯にバウンドして、食べる。王道にして最強の食い方だよな。
餃子の味がするたれが染みた米もいい。
「んん~、うまい」
あ、これはカリッカリに焼けている。これも好きだ。せんべいにも似ていて、香ばしくてこれもうまい。
今度は揚げ餃子もいいなあ。茹で餃子もいい。ああ、でも焼き餃子もおいしいし。
……なんて、しこたま餃子食っといて次のことを考えている。
冷凍庫の中の餃子、あっという間に食べちゃいそうだな。
「ごちそうさまでした」
「さ、今日は餃子作るよ!」
起き抜けにそう母さんから言われたときには何事かと思ったが、まあ、よくあることだ。父さんも慣れたように、準備をしていたのである。
「いっぱい作って、じいちゃんとばあちゃんちで一緒に食べようね」
そう言いながら母さんは手際よく餃子を包んでいく。
「にしても、ずいぶん大量だなあ」
と、父さんが言った。
「いつも多いとは思っていたけど、今日はまたいつにも増して」
「あら、冷凍してたらいつでも食べられるでしょ。それに、中身はほとんど野菜だから、あっという間に食べちゃうよ」
「確かに、それはそうかもしれないな」
うちの餃子は、野菜が多い。というか、キャベツが多い。細かく切ったキャベツに豚ミンチ。にらは入っていない。その代わりにねぎを入れている。それとしょうがとにんにく、酒、醤油、砂糖に塩こしょう、ごま油。
砂糖は少し入れると、うま味が増すのだと母さんが教えてくれたのだ。
丸い皮に、スプーンですくった肉ダネを適量のせて折り畳み、ひだをつけていく。
初めて作ったときに比べれば、ずいぶんうまくなったものである。肉の量を欲張りすぎて破裂したり、少なすぎて食べた気がしなかったり。
余った肉ダネをそのまま焼いてもうまいんだよな。餃子味のハンバーグって感じで。
「春都、最近学校はどうだ?」
と、父さんが聞いてくる。
「この間は学園祭だったんだろう? 楽しかったか?」
「あー……学園祭ね」
そうだった、あまりにもいつも通り過ぎてすっかり忘れていたが、学園祭があったのだった。うーん、特別話せそうなことがないんだけど。
「委員会別でいろいろ準備したけど、図書委員会はあんますることなくて」
「お、そうなのか? 学園祭っていうと、忙しそうなイメージがあるもんだけど」
「よその委員会は大変そうだったけど」
なんか、どっかの委員会は喧嘩してたし、どっかの委員会は間に合わないからって居残りしてたなあ。
「うちは……全然」
「いつもは放送部で忙しいもんねえ」
と、母さん。そうそう、その通り。
「あ、ウインナーおいしかったな」
そう言うと、父さんも母さんも不思議そうに「ウインナー?」と聞き返す。
「えっと、司書の先生が準備してくれててさ……」
そうやって話しているうちに、思いのほか学園祭の時間を楽しんでいたのだなあ、と思い至ったのだった。
いつ終わるかも分からないような山盛りの皮も、思ったよりもあっという間になくなり、冷凍庫には保存用パックに詰められた餃子たちがひしめいている。こりゃしばらく餃子には苦労しないな。
ばあちゃんは持って行った餃子を見て驚いていたし、じいちゃんは「またか」といった様子で笑っていた。
今日は天気もいまいちなので、お客さんも少ないらしい。
「それじゃあ……」
そう言ってじいちゃんは冷蔵庫からビールを取り出した。机の上ではホットプレートが温められている。
じいちゃんとばあちゃんの家も、すっかり冬支度が進んでいる。
こたつの準備が整い、敷物はふかふか。ストーブには小さな灯がともり、やかんがしゅうしゅうと音を立てている。
石油ストーブって、暖かいなあ。そして少しまぶしい。
「はーい、油敷くよ~」
そう言って母さんがホットプレートに油を広げる。
「はい、餃子置いて」
「はーい」
出来立ての餃子は、なんだかつきたての餅を彷彿とさせる。肉ダネがあるところがポヤポヤしていて、なんだか愛おしい。
そういう生き物みたいだ。
並べたらお湯を入れる。ジュワアッと勢いのいい音がして、思わず目をつむった。
「はい、蓋閉めるねー」
あとは焼けパカるのを待つだけだ。
この待っている時間も楽しいものだ。いい香りがじわっと漂ってきて、これだけでご飯が進みそうなくらいである。
しかしやはり、そのものを早く食べたい。
先に準備しておいたポン酢をなめてみる。んー、酸っぱい。ここに早く油を浮かばせたい。
「そろそろかな」
パカ、と本当に音を立ててふたが開くと、もわあっと湯気が立ち上る。
「さ、食べましょう」
「いただきます!」
餃子を焼くときは、どうしてこんな急速に腹が減るのだろう。
餃子同士がつながっているので、うまく切り分けながら一つとる。ポン酢につけて……ああ、これこれ。この油のきらきら。たまらないなあ。
カリッとした表面に、少しもちっとした部分。肉ダネは熱々のホカホカで、うま味がジュワアッと染み出してくる。
キャベツの甘味、みずみずしさ。ねぎが爽やかでうまい。肉のうま味もあって、コクがあっていい。そうそう、これこれ。にんにくが程よく香り、くどくないこの餃子。これぞ俺のベストオブ餃子である。
半分だけ食べて、たれをひたひたつけて、食べるのも好きだ。酸味がダイレクトに味わえていい。
ご飯にバウンドして、食べる。王道にして最強の食い方だよな。
餃子の味がするたれが染みた米もいい。
「んん~、うまい」
あ、これはカリッカリに焼けている。これも好きだ。せんべいにも似ていて、香ばしくてこれもうまい。
今度は揚げ餃子もいいなあ。茹で餃子もいい。ああ、でも焼き餃子もおいしいし。
……なんて、しこたま餃子食っといて次のことを考えている。
冷凍庫の中の餃子、あっという間に食べちゃいそうだな。
「ごちそうさまでした」
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