一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第796話 購買のパン

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 寒さがずいぶん和らいできた。すっかり春本番、とはまだいえないが、ずいぶん過ごしやすくなったものだ。
「ん~……」
 暖かくなるにつれてやる気もそれとなく湧いてくるものだが、同時に気だるさや眠気も増すもので。
 うすぼんやりとした水色の空。天気予報では、今日一日は晴れると言っていた。
「食堂行くか」
 今日は、弁当お休みだ。

「春都が食堂行くの、久しぶりじゃない?」
 二時間目が終わって教室にやってきた咲良が言う。咲良は移動教室だったようで、荷物を持ったまま来ていた。
「そうか? 結構行ってるような気がするが」
「んー、なんていうか、春都が食堂でなんか買うってのが?」
「そう言われればそうか」
 確かに、ついて行くとしても、弁当持参だもんなあ。利用しているのは咲良の方だ。
 咲良は楽しげに笑って言った。
「そうだ、せっかくだしさ、屋上で食べねぇ? 購買でパン買ってさ」
「ああ、それもいいな」
 咲良の提案に乗り、さっそくパンを買いに行くことにした。購買とはいったものの向かう先は食堂である。食堂のレジが購買も兼ねているのだ。
 パンはあっという間に売り切れてしまうからな。急がねば。
「今日は何パンが売ってっかな~」
「日替わりだったか、あれって」
「そうそう、メロンパンとカレーパンはたいていあるけど、後はランダムじゃないかな~」
 ふむ、普段買わないからあまりよく分からないな。メロンパンも最近食ってないし、カレーパンも捨てがたい。他に何が出てたっけか。
 ふんわりと暖かな風が吹く。この、うっすらと春の気配を感じる風が好きだ。そこはかとなく暖かくて、冷たいようで、気を付けていないと見逃してしまいそうな淡い春の始まりをはらんだ風。
 何かが始まるような、そんな気分になるのだ。
 咲良は機嫌よさそうに言った。
「飲み物は牛乳かな~」
「コーヒー牛乳もいいな」
「あーいいねぇ。イチゴミルクもいい」
「フルーツ牛乳とか、バナナミルクもあったよな」
 買ったパンには牛乳系の飲み物、屋上で食うならなおさら、というのはいったいどこからくるイメージなのだろうか。
 お、購買空いてる。ラッキー。パンもたくさんあるみたいだ。
「どれにしよっかなー」
 そそくさと咲良が売り場に近づく。
「なんかラインナップ増えてる」
「色々あるな」
 手作りの総菜パンに、スーパーでも見かけるようなパン、菓子パンもあるなあ。お菓子も結構売ってる。
 とりあえずナポリタンと焼きそばだな。あとは……お、カツサンドもいろいろある。
「とんかつ、チキンカツ、白身魚……ああ、コロッケも」
「全部食いたくなるよな。俺とんかつ~」
「いいな。じゃあ、俺は……」
 コロッケにしよう。レタスと、薄く切ったゆで卵が添えてある。色合いもうまそうだ。
 せっかくだし甘いものも……うーん、今日はなんか総菜パンの気分だな。よし、もう一個買おう。がっつりしたやつ。
 あ、これいい。オニオンチーズのパン。こりゃあ腹に溜まりそうだ。
「お、春都いいの見つけたな」
 咲良の手には、菓子パンもあった。チョコチップメロンパンとクリームが挟まったメロンパン。
「メロンパンの気分なのか、今日」
「このクリームとみかんとさくらんぼ見てたらつい。チョコソースもかかってんのがそそられるよな」
 それは大いに分かる。
 会計を済ませ、さっさと教室に戻る。飲み物は昼休みに買おう。何にするか、決めとかないとなあ。

 自販機でコーヒー牛乳を買い、咲良と揃って屋上に向かう。天気が良くなると屋上に人が増えるものだが、今はまだ少ないらしい。咲良はイチゴミルクを買っていた。
「おー、ちょっと涼しい」
「風はうっすら冷たいもんな」
 でも、真冬とは大違いだ。心地いい。
「こっちの日なたで食おうぜ」
「そうだな」
 さて、最初に何を食べようかなあ。
「いただきます」
 よし、まずはナポリタンだな。
 目にまぶしい、赤に近いオレンジ色の麺。そこにコーンの黄色と刻まれたピーマンの緑、ソーセージ。いいね、見た目からして楽しい。
 ナポリタンはほのかに甘めだが、菓子パンとはまた違う。野菜の甘さって感じかな。損でケチャップのうま味がいい。酸味がちゃんと飛んでて食べやすいのだ。パンはちょっと水分少なめって感じだが、それがいいんだ。たっぷりのソースにちょうどいい。
 コーンのプチッとはじける甘さとピーマンのほのかな苦み、ソーセージの塩気がまたなんともいいアクセントになっている。
 焼きそばパンの方は……お、からしマヨが塗ってあるみたいだ。ほのかに辛く、まろやかでおいしい。カップ焼きそばみたいな感じになるな。しょっぱいソースにキャベツのみずみずしさ、細めの麺は密集していてモチモチだ。
 コロッケはソースひたひた。ジュワッとしつつ、ほんのりカリッとしたところも残っている。甘酸っぱいソースで次々と食べてしまうな。
 ゆで卵は一枚だけしかないので、大事に食べる。レタスと一緒に食べるとさっぱりするな。じゃがいもがほくほくで、肉のうま味も程よく、食べやすい。
 さて、オニオンチーズ。つやつやしてるんだよな、このパン。
 うんうん、この風味、オニオンチーズでしか味わえないんだ。玉ねぎの甘味にチーズの塩気とコク、ちょっとツナがのってんだよな、このパン。それが唯一無二の風味を醸し出しているのだろうな。
「いいなー、外で飯食うの」
 コーヒー牛乳を飲んでいたら、咲良がほのぼのとつぶやいた。コーヒー牛乳のほのかな甘みと苦み、久々に飲んだが、うまい。
「そうだな」
「花見とか行きたいな」
「ああ、いいな」
 これから暖かくなってきたら、外で飯食うのもいいかもなあ。
 幕の内とか作ってもいいかもしれない。ああ、また楽しみが増えたな。

「ごちそうさまでした」
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