一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第801話 ちゃんぽん

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 桜の花もとうに散り、青々とした若葉が初夏の気配を思わせる。公園の藤棚には薄紫色の花が連なっている。朝はまだ寒いと思うときもあるが、それでもずいぶん暖かくなった方だ。昼になるともう暑いくらいの日もある。
 町を散歩しているだけでも、汗ばむ陽気である。今日はちょっと涼しい方だな。うめずの散歩の時間、考えなきゃいけない時期になったなあ。
「水飲んでくか?」
「わうっ」
 近所の公園は最近、改修工事がされて、ペット同伴可能なスペースができた。ドッグランというほどでもないが、そこそこ広いし水飲み場まであるのでとてもいい。
 今は利用者もいないようだ。貸し切りだな。
 うめずが水分補給をしている間に、自分も持参していたお茶を飲む。思ったよりのどが渇くな。暑くても湿気がすごいから、なかなか気づかない。
 遊具とかがある方は大人から子どもまで、結構にぎわっている。この辺は普通に散歩してる人も多いんだよなあ……ん?
「わふっ」
「うめずも気づいたか」
「わう」
 うめずが俺と同じ方を見て、尻尾を振る。歩道を歩いているあれは、観月だな。そう思った時、向こうがこっちに気が付いた。
「あれ、春都。久しぶりだねぇ」
「おう、久しぶり」
「うめずも久しぶり~」
「わふっ」
 お昼時に差し掛かり、公園から人の姿が少しずつ減っていく。うめずがそろそろ出発したがっているようなので散歩を再開する。観月も一緒だ。
「お腹空いちゃったなあ、今日は自分でどうにかしないといけないんだよねぇ。みんな、忙しいみたいで」
「そうなのか」
 そういやうちも、今日は忙しいからどうしよう、って言ってたな。
「うん。あ、そういえばこの先にちゃんぽんのお店あったよね」
 観月の言うちゃんぽんのお店は、割と有名なチェーン店である。小さい頃はしょっちゅう行っていたなあ。今でもたまに来る。ただ、昼時はやっぱり人が多いからなあ。
「お、今なら空いてる」
 いつもなら、窓からちらっと見える客席には人がひしめいているものだが、今日はまだ少ないようだ。車も少ないし、行くなら今だろう。
「ちゃんぽんいいなあ、食べたいな」
「行くのか?」
「んー……」
 観月は何やら悩んでいる。どうしたのだろう。
「いやー実はさ」
 観月は苦笑しながら言った。
「こういうお店に一人で入ったことなくて……どうしよっかなあ、って」
「そうなのか」
「あ、テイクアウトできるんだ。外から頼めるみたい」
「便利だなあ」
 前は店の中に入らなきゃいけなかった気がする。
「春都、ついてきてよ」
「ちょっと待ってくれ」
 父さんと母さんにメッセージを送ってみる。そしたら、父さんは餃子セット、母さんは皿うどんをご所望のようであった。
「よし、行こう」
「春都も頼むの?」
「ああ、うちも忙しいみたいでな」
「そっかあ」
 ドライブスルーのほかに、外からテイクアウトを頼める窓口ができている。知らないうちにちょっとずつ色々なところが変わっているんだなあ。
「いらっしゃいませ!」
「あ、えっと……」
 観月が助けを求めるようにこちらを振り返る。じゃあ、先に頼もうかな。
「ちゃんぽん一つと、ちゃんぽんの餃子セット一つ、それと皿うどんを一つお願いします」
「かしこまりました、麺の量は……」
 お店で頼むのと基本的には一緒なんだな。これはいい。
 支払いを終えたら観月と交代する。観月もつつがなく注文を終え、あとは待つばかりである。
 待っている間に、人が増えてきた。あっという間に駐車場が埋まり、客席も秋が亡くなっていく。
「頼んどいてよかったな」
「本当だねえ」
「お待たせしましたー」
 お、できたみたいだ。熱々だな。
 冷める前に早く帰ろう。観月もそう思ったみたいで、話もそこそこに解散した。

 持ち帰りのちゃんぽんはスープと麺と具材が別々になっていて、食べるときに一緒にするのだ。
「いただきます」
 麺をほぐしながら食べるのが、持ち帰りだなあって感じがする。
 もちもちの麺に、豚骨ベースのスープがよく合う。豚骨ラーメンとは違って、あっさりした感じだ。野菜のおかげもあるのだろう。ちゃんぽんは野菜がたっぷりなのがいい。
 キャベツにもやし、にんじん、きくらげ。みずみずしい野菜が山盛りだ。
 かまぼこは薄く、ほのかに甘い。ピンクと白のコントラストがまぶしいなあ。この食感、なんか好きだ。
 あとこれ、さつま揚げっぽいの。野菜が練り込まれたこれはまたかまぼことは違う食感なのだ。こっちの方が柔らかいかなあ。
 コーンはプチッとはじけて甘い。
 ちゃんぽんって、なんか昔から好きなんだよなあ。前は、きくらげを先に食べてたような。食感が癖になるんだ。
 そうそう、いくつか入っているえびもいい。プリッとしていて、ジュワッとうま味が染み出す。
 スープもコクがあっておいしいなあ。
「久しぶりに食べたら、おいしいねえ」
 と、母さん。ふむ、皿うどんもうまそうだな。今度は頼もうか。
「買ってきてもらってよかったよ」
 父さんも餃子を食べながら言う。
 久しぶりにちゃんぽん食べたけど、やっぱりおいしいな。今度は野菜増量にしようか……いや、この塩梅がちょうどいいだろうか。
 お店で食べるのも、期間限定もいいんだよなあ。
 よし、また食べよう。

「ごちそうさまでした」
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