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日常
第803話 イワシの梅煮
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鮮魚コーナーに陳列されている魚を見るたびに思う。こういうのをうまく料理出来たら楽しかろうなあ、と。
切り身とか、丸ごとそのままのやつとか、値札には「煮付けにおすすめ!」とか「今夜は照り焼きで決まり!」だとか書いてあるけど、これがなかなか難しいものである。もし作ったとしても塩焼きとか、頑張ってムニエルとかだもんなあ。
「魚の煮つけかあ……」
イワシのパックを手に取り、それっぽく考えこんでみる。
ばあちゃんはよく作っているんだよなあ。イワシの梅煮とか。季節が来ると、その季節が旬の魚を使った料理が必ず食卓に上る。
「やあ、一条君。こんにちは」
「田中さん。こんにちは」
段ボール箱を抱えた田中さんが、愛想よく笑ってやってきた。
「今日は魚の気分か?」
「んー、なんか作れるかなーと思って」
「丸焼きとか?」
その言葉に、ふと手元に視線を落とす。イワシの丸焼き……なかなかに野性味あふれる料理だなあ。
「……煮付けとかですかねぇ」
「煮付けかあ。作れるのか?」
「うーん、たぶん作れないです」
「はは、そうか」
まあ頑張れ、と言って、田中さんは裏に引っ込んでしまった。
捌いてあるイワシもあるんだよなあ……うん、よし、せっかくきれいなのがあることだし、試しにやってみるか。梅煮。
今日はちょうどじいちゃんとばあちゃんちに行くようにしていたから、ちょうどいい。父さんと母さんはお土産を俺はイワシを持ってやってきた。
「イワシの梅煮? いいよ、一緒に作ろうか」
ばあちゃんは快く笑って言った。
「なになに、なんか作るの?」
と、母さんも興味津々である。
「イワシの梅煮、作ろうかなって」
「いいじゃない。楽しみ~」
「酒のつまみになりそうだなあ」
と、じいちゃんまで言って、その隣で父さんが笑って頷いている。
「うちは呑兵衛ばっかりね」
ばあちゃんはふふっと笑って、じゃあさっそく、と鍋を取り出した。いつも使っている、薄く浅い、年季の入った鍋だ。この鍋でいったいどれだけの料理を作ってきたのだろう。
「はい、まずは材料の準備ね~」
梅干しはばあちゃん手製のものを使う。
「そうねえ、私はいつも一個入れるかな。それとしょうがね」
「梅干し一個としょうが」
「そう、しょうがはスライスして」
ばあちゃんの手際の良さに、追いつくだけで大変だ。
「味付けは醤油と水とみりん、砂糖ね。分量はまあ……なんとなく、勘」
「勘」
調味料と梅干し、しょうがを鍋に入れる。
「煮立たせる間に、イワシを準備してね」
イワシはちゃんと処理されているが、さっと洗っておくらしい。調味料が煮立ったら、そこにイワシを入れていく。
クッキングシートで落し蓋をしたら、後は待つばかりだ。
「結構簡単でしょう?」
「思ったよりは」
すでにいい香りが漂い始めている。ああ、これこれ。ばあちゃんちの匂いだ。イワシと醤油の匂い。
しかし、身構えた割には複雑ではなかったな。あとはまあ、勘で作れるようになるまでにどれだけかかるか、だが。
「焦げ付かないように、途中でひっくり返して。あとは待つだけ」
「分かった」
待っている間はテレビを見たり、ゲームをしたり、うめずと遊んだり。
途中で鍋を見に行く。おお、いい色に染まっているなあ。崩れないようにそっとひっくり返す。
煮付けは、煮る時間も気を抜けない。だから大変なんだろうなあ。忙しいときは作れない。気づいた時には黒焦げになってしまう。
でもばあちゃん、忙しくてもちゃんと作れてるんだよなあ……すげえや。
すっかりできあがる時間になる頃、外は薄暗くなり、オレンジ色と紺色の空には一番星が光っていた。
イワシの梅煮のほかにも、ばあちゃんがいろいろとおかずを作ってくれた。豚肉の天ぷらにきんぴらごぼう、かぼちゃともやしのみそ汁、炊き立てご飯。
豪華な食卓になったなあ。
「いただきます」
ではさっそく、梅煮を一口。
ほろっと崩れる身にはしっかりと味が染みている。醤油の風味が香ばしい甘辛い味付けはご飯が進む。あ、ほんのり梅の風味がした。鼻に抜ける淡い梅の香り、さっぱりしておいしいなあ。しょうがもいいな。
イワシのうま味も染み出して、臭みはなく、ご飯に合う。
さて、次は豚肉の天ぷら。
んふふ、これこれ、この味だよ。にんにく醤油の香ばしい風味、カリッとした歯触りの豚肉とふわふわの衣、ジュワッと染み出す脂の甘味。
スナック菓子にも似たこの感じ、夢中になる。
きんぴらごぼうも甘めでうまい。ごぼうは風味がいいなあ。にんじんのオレンジ色がまぶしい。そうそう、きんぴらごぼうにはごまが必須だな。この香ばしさがあるのとないのとじゃ大いに違う。
かぼちゃともやしのみそ汁は安定のおいしさだな。合わせ味噌にもやしが合うんだ。みずみずしくて、かぼちゃのほくほくともよく合う。トロッとしたような、さらりともしているようなかぼちゃの口当たりがたまらないな。
イワシの梅煮、今度は自分で作ってみよう。こんなにうまいならしょっちゅう食べたいし。ばあちゃんみたいにうまく作れるかは分かんないけど。
……とかいいながら、結局食べに来ちゃうんだろうなあ。
ま、いいや。それはそれで。素直に幸せを噛みしめさせてもらうとしよう。
「ごちそうさまでした」
切り身とか、丸ごとそのままのやつとか、値札には「煮付けにおすすめ!」とか「今夜は照り焼きで決まり!」だとか書いてあるけど、これがなかなか難しいものである。もし作ったとしても塩焼きとか、頑張ってムニエルとかだもんなあ。
「魚の煮つけかあ……」
イワシのパックを手に取り、それっぽく考えこんでみる。
ばあちゃんはよく作っているんだよなあ。イワシの梅煮とか。季節が来ると、その季節が旬の魚を使った料理が必ず食卓に上る。
「やあ、一条君。こんにちは」
「田中さん。こんにちは」
段ボール箱を抱えた田中さんが、愛想よく笑ってやってきた。
「今日は魚の気分か?」
「んー、なんか作れるかなーと思って」
「丸焼きとか?」
その言葉に、ふと手元に視線を落とす。イワシの丸焼き……なかなかに野性味あふれる料理だなあ。
「……煮付けとかですかねぇ」
「煮付けかあ。作れるのか?」
「うーん、たぶん作れないです」
「はは、そうか」
まあ頑張れ、と言って、田中さんは裏に引っ込んでしまった。
捌いてあるイワシもあるんだよなあ……うん、よし、せっかくきれいなのがあることだし、試しにやってみるか。梅煮。
今日はちょうどじいちゃんとばあちゃんちに行くようにしていたから、ちょうどいい。父さんと母さんはお土産を俺はイワシを持ってやってきた。
「イワシの梅煮? いいよ、一緒に作ろうか」
ばあちゃんは快く笑って言った。
「なになに、なんか作るの?」
と、母さんも興味津々である。
「イワシの梅煮、作ろうかなって」
「いいじゃない。楽しみ~」
「酒のつまみになりそうだなあ」
と、じいちゃんまで言って、その隣で父さんが笑って頷いている。
「うちは呑兵衛ばっかりね」
ばあちゃんはふふっと笑って、じゃあさっそく、と鍋を取り出した。いつも使っている、薄く浅い、年季の入った鍋だ。この鍋でいったいどれだけの料理を作ってきたのだろう。
「はい、まずは材料の準備ね~」
梅干しはばあちゃん手製のものを使う。
「そうねえ、私はいつも一個入れるかな。それとしょうがね」
「梅干し一個としょうが」
「そう、しょうがはスライスして」
ばあちゃんの手際の良さに、追いつくだけで大変だ。
「味付けは醤油と水とみりん、砂糖ね。分量はまあ……なんとなく、勘」
「勘」
調味料と梅干し、しょうがを鍋に入れる。
「煮立たせる間に、イワシを準備してね」
イワシはちゃんと処理されているが、さっと洗っておくらしい。調味料が煮立ったら、そこにイワシを入れていく。
クッキングシートで落し蓋をしたら、後は待つばかりだ。
「結構簡単でしょう?」
「思ったよりは」
すでにいい香りが漂い始めている。ああ、これこれ。ばあちゃんちの匂いだ。イワシと醤油の匂い。
しかし、身構えた割には複雑ではなかったな。あとはまあ、勘で作れるようになるまでにどれだけかかるか、だが。
「焦げ付かないように、途中でひっくり返して。あとは待つだけ」
「分かった」
待っている間はテレビを見たり、ゲームをしたり、うめずと遊んだり。
途中で鍋を見に行く。おお、いい色に染まっているなあ。崩れないようにそっとひっくり返す。
煮付けは、煮る時間も気を抜けない。だから大変なんだろうなあ。忙しいときは作れない。気づいた時には黒焦げになってしまう。
でもばあちゃん、忙しくてもちゃんと作れてるんだよなあ……すげえや。
すっかりできあがる時間になる頃、外は薄暗くなり、オレンジ色と紺色の空には一番星が光っていた。
イワシの梅煮のほかにも、ばあちゃんがいろいろとおかずを作ってくれた。豚肉の天ぷらにきんぴらごぼう、かぼちゃともやしのみそ汁、炊き立てご飯。
豪華な食卓になったなあ。
「いただきます」
ではさっそく、梅煮を一口。
ほろっと崩れる身にはしっかりと味が染みている。醤油の風味が香ばしい甘辛い味付けはご飯が進む。あ、ほんのり梅の風味がした。鼻に抜ける淡い梅の香り、さっぱりしておいしいなあ。しょうがもいいな。
イワシのうま味も染み出して、臭みはなく、ご飯に合う。
さて、次は豚肉の天ぷら。
んふふ、これこれ、この味だよ。にんにく醤油の香ばしい風味、カリッとした歯触りの豚肉とふわふわの衣、ジュワッと染み出す脂の甘味。
スナック菓子にも似たこの感じ、夢中になる。
きんぴらごぼうも甘めでうまい。ごぼうは風味がいいなあ。にんじんのオレンジ色がまぶしい。そうそう、きんぴらごぼうにはごまが必須だな。この香ばしさがあるのとないのとじゃ大いに違う。
かぼちゃともやしのみそ汁は安定のおいしさだな。合わせ味噌にもやしが合うんだ。みずみずしくて、かぼちゃのほくほくともよく合う。トロッとしたような、さらりともしているようなかぼちゃの口当たりがたまらないな。
イワシの梅煮、今度は自分で作ってみよう。こんなにうまいならしょっちゅう食べたいし。ばあちゃんみたいにうまく作れるかは分かんないけど。
……とかいいながら、結局食べに来ちゃうんだろうなあ。
ま、いいや。それはそれで。素直に幸せを噛みしめさせてもらうとしよう。
「ごちそうさまでした」
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