一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第812話 夏のビュッフェ

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「いやあ、楽しみだな!」
 クーラーの効いた電車から降り、人混みを行きながら咲良が楽し気に言った。ビュッフェの話をしたら、二つ返事で了承してくれたのだが、つくづくフットワークの軽いやつだと思う。
「何だっけ? テーマがあるんだろ?」
「あー、そうそう。確か……」
 都会の人波とはすごいもので、外の熱気だけでなく人の熱気にもやられそうだ。そこかしこで賑やかな広告が流れ、人の笑い声と話し声、電車のアナウンス。情報量が多くて、自分が今何を考えているのか分からなくなる。
「あ、あれだ、あれ」
 不意に目に入ってきた広告には招待券の文言と同じ文章が書かれていて、音声まで流れていた。
『今年のテーマは夏祭り! おなじみのメニューが勢ぞろい!』
「おおー、すげぇ。早く行こうぜ」
「おう」
 えーっと、確か商業施設内のレストランだから……
「どっちだ」
「こっちこっち」
 俺はこういう場所がよく分からないが、咲良が分かっているみたいなのでついて行く。
「何食べようかなー、春都は何にする?」
「全部食べてみたい」
「いいなー、二人ならいけるんじゃね?」
 なんでもない会話は、あっという間に雑踏に溶け込んでいく。それがなんだか新鮮な感じがして、ふわふわした気分だ。

 レストランは確かに人が多かったが整然としていて、落ち着いた雰囲気ながらどこか気楽な空気であった。おしゃれな人たちもいるけど、家族連れもいるし学生っぽい人もいる。招待券を渡したら席に案内されて、簡単に説明を受けたらさっそく料理を取りに行く。
 空間の中央には明るく賑やかな飾り付けがされていて、そこに料理も並んでいる。色とりどりで涼し気なものからがっつり系のものまで。お、たこ焼きがある。その隣は……イカ焼きかあ。
 とうもろこしに骨付き肉……なんかバーベキューみたいだが、うまそうだから取っちゃおう。
 デザートは最後のお楽しみ……ではなく、箸休め的な感じでいくつか選ぼう。
 綿あめ作る機械もあるんだ。へー、面白そう。かき氷もあるし、いろんなゼリーもある。りんご飴、チョコバナナ……どれにしよう。あ、クリームソーダイメージのゼリー。これに決めた。
「咲良、どんな感じだ」
 嬉々として焼そばを盛る咲良に聞くと、「やべえ、めっちゃ楽しい」と思った通りの答えが返ってきた。
「そうか」
「あ、イカ焼きだ。いいねー。焼き鳥もあったじゃん? 箸巻きとかも。飲み物も選び放題だっけ?」
「そうそう」
 瓶のラムネがあったから、それにした。
 席に戻り、さっそく。
「いただきます」
 まずは気になっていたイカ焼き。
 甘辛くて香ばしい風味のたれ、プチッとはじけるような表面にコリコリとした歯触り。なかなか食べないものだから、余計にうまい。げそもいいんだよなー、この歯ごたえ、たまんねえ。
 たこ焼きは出汁が効いていて、表面はパリッパリだ。中はトロッとしていて、たこの噛み応えがいい。
「春都も取ったのか、骨付き肉」
「当然」
 バーベキュー風スペアリブ。取らない訳がない。
 表面がカリッカリに焼けていてジューシーで、脂身と肉の部分のバランスがとてもいい。骨からきれいにはがれると嬉しくなるな。特製のバーベキューソースは甘みが強めで、香ばしさもあり、ついつい骨までなめてしまう。
 クリームソーダ風のゼリーは、さっぱりとしたメロンの風味にパチパチとはじける口当たり、そこにアイスっぽい風味のゼリーが相まっておいしい。
 とうもろこしも食べてみる。醤油が香ばしく、ジュワッとあふれる甘い汁が夏って感じだ。
「さて、二巡目行くか」
「そうだな」
 いろいろと食べたいものは沢山あるのだ。
 焼きそばは紅しょうがも一緒に盛って、焼き鳥は全種類、皮と豚バラと四つ身。たれと塩の両方を取る。
 他にもあれこれとって、また席に戻る。
 鳥皮はたれ、と思っていたものだが、塩も香ばしくていいな。なるほど、しっかり焼くと塩でも合うのか。豚バラは、たれだとご飯が欲しくなるな。豚丼にしたい。四つ身はどっちもうまい。
 焼きそばも味付けが濃くていいなあ。紅しょうがのさっぱりが際立つ。
「デザートはかき氷にしよう」
「いいな」
 シロップがいろいろある。あ、これ全部店が作ってるやつなのか。豪華だなあ。いちごにしよう。
 上等ないちごジャムのような風味、冷たい氷に合う。りんご飴は小分けにされているのもあったので、それを取って来た。パリッパリの飴に甘酸っぱいりんご。ばらばらのような味わいでありながら、これこそりんご飴、と分かる味。
「……綿あめも食いたくない?」
 咲良のつぶやきの後、再び立ち上がる。
「おい、虹色の綿あめにできるってよ」
「ざらめに色がついているんだな」
 さて、どこまでうまくやれるものか。
 初めこそうまくいったものの、段々色の境目があいまいになっていって、結局、いろんな色の雲が巻き付いた棒みたいになってしまった。
 それぞれに味がついているみたいで、フルーツミックスみたいな味になった。これはこれでうまいな。
「やー、楽しかったなー」
 咲良がメロンソーダを飲みながら楽しげに言う。
「ありがとな」
「いや、俺も楽しかったから、よかった」
 ラムネの瓶を傾けると、テーブルの上にきらきらと幾何学模様の光が反射した。ビー玉がカランと鳴って、最後の一滴が口に落ちる。
 こういう夏も、いいもんだなあ。

「ごちそうさまでした」
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