一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第813話 豚丼とホットサンド

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「えーっ、何二人だけで楽しそーなことやってんの~」
 午前中だけの夏課外が終わって、間もなくしてやってきた咲良と話をしていたところ、朝比奈を連れて百瀬がやって来たので、この間のビュッフェの話をなんとなくしてみたら、不服そうにそう言われてしまった。
「二人で行ったのか」
 朝比奈に問われ、「まあ、招待券二枚だったし」と言うと「なるほど」と頷いた。咲良はなぜか得意げに胸を張り、百瀬に自慢している。
 そんなにビュッフェがうらやましかったのだろうか。
「ねえー、俺らともどっか遊び行こうよ~」
「いいぜー、どこ行く?」
「涼しいとこ? いやでもせっかくだし暑くても……」
 話が盛り上がるかというところで、先生がやって来た。
「おーい、今日は職員会議があるから、早く帰るんだぞー」
「はぁーい」
 その場に残っていた奴らが揃って似たような声で返事をする。
「暑いから、気をつけてな~」
 涼しい教室を出て外に出ると、一気に汗が噴き出してくる。
「うぇ~、暑いよ~。早く着替えたいー」
「……溶ける」
「朝比奈、本当に溶けそうな声で言うじゃん」
「家近くてよかった」
 暑かろうが寒かろうが、徒歩数分のところに家があるのはありがたいもんだ。
 容赦なく照りつける太陽の光に耐えかねて、俺らを含め生徒たちは足早に帰路につく。こりゃ、打ち水も甲斐なしだな。むしろ暑くなりそう。あ、でもじいちゃんとばあちゃんの家の前に水撒いた時は涼しかったな。井戸水は冷たいんだ。
「ひーっ、ただいまー」
「おかえり。暑かったでしょう」
「あっつい!」
 あー、家に帰って来て、父さんと母さんとうめずがいて、クーラーが効いている。いい夏だなあ、とぼんやりする頭で思いながら自室に向かう。
 さっさと着替えを済ませ、洗濯機にシャツを放り込む。
「洗濯物はじゃんじゃん乾くから、洗いたいもの全部洗っときなさい」
「はーい」
 今日の昼ご飯は豚丼だ。甘辛いたれが絡まった豚肉にごまがまぶしてある。
「いただきます」
 琥珀色というのだろうか。つやつやとした豚肉がきれいで、思わず眺めてしまう。
 カリッカリに焼けた豚肉に香ばしく甘辛いたれ。汗をかいた体にちょうどいい。噛みしめるほどにうま味が滲み出して、脂身も甘くておいしい。
 ご飯にもしっかりたれがかかっている。豚肉のうま味が移っていておいしいなあ。あ、ごまが香ばしい。
「ごちそうさまでした」
 あっという間に食べ終わってしまった。と、ちょうどスマホが震えた。
「ん?」
 何だ、グループチャットか。百瀬だ。
『今からここ、来られる~?』
 ここ……あー、図書館行くときに見かける店だ。電車乗ってかなきゃいけないところだな~……どうしよ。
「どうした?」
 父さんが聞いてくるので事情を説明すると、途中から話に入って来た母さんも揃って「いいじゃん」と言った。
「せっかくだし行って来たら? 明日は休みだし」
「んー、そうだなあ」
「行くならようかん買ってきてくれない? 久しぶりに食べたいなあ」
「あー……」
 百貨店の中にあるあの店か。うまいんだよなあ、あの店のようかん。じいちゃんとばあちゃんも好きだし。
「いいよ」
「ありがとう、楽しみ~」
 ま、特別やることもないし、行ってみるか。

 その店は小ぢんまりとしたカフェで、百瀬はちょくちょく来ているのだとか。明るい店内は開放的で、結構にぎわっている。
「ここねー、パンケーキがおいしいんだよね~」
 そう言いながら百瀬はメニューの写真を指さす。これはこれは……天高く盛りつけられた生クリームにたっぷりの果物とメープルシロップ。すげぇなあ、と思いつつ、こないだやったなあ、と咲良の方を見ると、咲良も同じことを思っていたようで目が合って笑った。
「しょっぱいのもあるよ」
「色々あるんだなあ」
 あ、食事メニューもあるのか。ふーん……ホットサンドうまそうだな。
「俺、ハムチーズのホットサンドがいい」
 そう言うと、咲良が「じゃあ俺はベーコンエッグのやつ!」と言った。
「みんなよく食べるねー、お昼食べてきたんじゃないの?」
「電車に揺られたら腹減った」
「すごいね」
 朝比奈はティラミスを頼み、百瀬はクリームたっぷり特製パンケーキを頼んでいた。
「お待たせしました~」
 おお、ホットサンドは何度か食べたが、こうやってお店で出てくると違うものに見えるな。
「いただきます」
 ザクっと香ばしい表面、パンはもちもち。甘みの少ないパンなのがいいな。さっぱりしていていい。
 チーズは癖が少ない。もっちりしていてよく伸びる。口に含むととろりととろけ、ハムの塩気との相性は抜群だ。
「で、なんで俺ら集められたわけ?」
 咲良がわんぱくにホットサンドをほおばりながら聞くと、百瀬が幸せそうにクリームを飲み込んで言った。
「夏休み、どっか遊びに行く計画立てたくて!」
「あー、なるほど」
「山登りとか言ってたぞ……」
 と、朝比奈がきれいな所作でティラミスを口にしながら言う。
「えー、暑いって」
「だからこそいいじゃん!」
「俺は涼しい方がいい……」
 少し冷めてきたホットサンドをほおばりながら、その話に相槌を打つ。冷えたチーズって、歯切れがよくて好きだ。
「ね、一条はどこ行きたい?」
「ん? そうだなあ……」
 俺としては、こうやって何でもない感じで集まって、飯食ったりとりとめもない話をしたり、そういうので十分楽しいんだけどなあ。
「遊園地とか?」
「あー! 夏の遊園地もいいよねー!」
 うっすらと聞こえるセミの鳴き声と通りを行きかう車の音、店内の心地よい喧騒に近くの笑い声、うまい飯。
 うん、やっぱり、特別なことしなくても、こういう夏があれば、俺は十分だ。
 もちろん、どっか行くなら、それはそれで楽しいんだけどな。

「ごちそうさまでした」
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