7 / 121
一章 黄昏のパリは雪に沈む
No,5 オペラ座の名花
しおりを挟む日も沈み、華やかに着飾った人々のつどうパリ・オペラ座の玄関ロビー。
──明彦は他の社員らと共に賓客の到来を待ち構えていた。
日本人と言っても流石にそこは豪田物産のパリ駐在員の面々だ。皆、その場に相応しい正装も板に付いている。
若輩の明彦とて、オックスフォードでの数年間で、タキシードもテールコートも見事に着こなせるほど場馴れしていた。
耕造が明彦に身に着けさせようとしていた交際感覚とは、こう言うところに現れるのかも知れない。
藤代が明彦の耳元にそっとささやく。
「今宵のオペラ座はいつにも増して華々しいお歴々がお揃いなのだそうです。なんでもパリ社交界の大御所、ド・ロモランタン侯爵がお見えになるとか」
「え?その方は一体……」
明彦がその人物について尋ねようとしたその時だった。
突然、ロビーにあまたひしめく紳士淑女が一斉に感嘆のため息を漏らし、ざわめきが巻き起こった。
瞬間、明彦も振り返り固唾を呑んだ。
(あれは……!)
驚きに見開いた明彦の瞳に映るのは、如何にもフランス貴族然とした老紳士に引き連れられ、今まさに真紅の絨毯をこちらへと渡り来る類い稀なる美女の姿だ。
そして尚更に目を引いたのは、彼女が和服を身に着けた日本人であった事だ。
黒き瞳のかの美女は楚々として流れるような足どりで老紳士の半歩後ろに付き従い、さらにその後ろには数名の男性が付き従う。
黒地に真白の椿をあしらった派手な意匠の大振袖。左肩に咲き誇る椿の花は袖の流れに舞い踊り、裾模様は水面に浮かぶ大輪の花椿。銀糸の帯は大きく立て矢に結ばれていた。
(美しい……いや、それより……)
漆黒の髪をあごの線で切り揃えた断髪姿──眉にそって切り揃えたその前髪は、さながら義母の部屋に飾られた市松人形を思わせる風情だった。
驚くほど長く濃いまつ毛に包まれた黒き瞳。白く透き通るような肌に真紅の唇。
そして花椿の美女は立ち尽くす明彦になど一瞥もくれず、毅然とした微笑みをたたえながら並み居る人々の前を通り過ぎた。
身動きすら忘れ、呆然とその後ろ姿を目で追う明彦。
けれど、かの美女は明彦の方へなど振り向きもせず、楚々としてロビーの大階段を昇り去り、姿を消した。
28
あなたにおすすめの小説
【完結】禁断の忠誠
海野雫
BL
王太子暗殺を阻止したのは、ひとりの宦官だった――。
蒼嶺国――龍の血を継ぐ王家が治めるこの国は、今まさに権力の渦中にあった。
病に伏す国王、その隙を狙う宰相派の野心。玉座をめぐる見えぬ刃は、王太子・景耀の命を狙っていた。
そんな宮廷に、一人の宦官・凌雪が送り込まれる。
幼い頃に売られ、冷たい石造りの宮殿で静かに生きてきた彼は、ひっそりとその才覚を磨き続けてきた。
ある夜、王太子を狙った毒杯の罠をいち早く見破り、自ら命を賭してそれを阻止する。
その行動をきっかけに、二人の運命の歯車が大きく動き始める――。
宰相派の陰謀、王家に渦巻く疑念と忠誠、そして宮廷の奥深くに潜む暗殺の影。
互いを信じきれないまま始まった二人の主従関係は、やがて禁じられた想いと忠誠のはざまで揺れ動いていく。
己を捨てて殿下を守ろうとする凌雪と、玉座を背負う者として冷徹であろうとする景耀。
宮廷を覆う陰謀の嵐の中で、二人が交わした契約は――果たして主従のものか、それとも……。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
OUTSIDER
TERRA
BL
何故、僕らは出逢ってしまったんだろう。
裏社会の片隅で始まった、決して結ばれてはいけない二人の同居生活。
それぞれの思惑とは裏腹に、無慈悲に交差していく物語。
これは、孤独な世界で出逢った男達の抗えない愛の物語。
■一話完結日常編ほのぼのパートと少しシリアスな本編があります。数組のカップリングがあるので章のタイトルに載っているお好みのカップリングから読んでみてください。
人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない
タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。
対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる