昭和浪漫ノスタルジー「遥か彷徨の果ての円舞曲」

歴野理久♂

文字の大きさ
20 / 121
一章 黄昏のパリは雪に沈む

No,15 冷やかな優夜

しおりを挟む

「何ですって?貴方そこいきなり失礼じゃありませんか!
僕は……」

 明彦が何か言いかけたその時、場内が一際大きくどよめいた。
 侯爵とその愛人、優夜の登場であった。

 はっとして振り返った明彦の目に映ったのは、今まさに侯爵に手を取られ、ホール中央の大階段を静かに降りてくる美しき優夜の姿だった。

 佐伯が苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
「豪田さん、ここで失礼しますが今の話、とくとお考え下さい。
貴方のような立場の方にとって、あのような者との関わりはいずれ必ず汚点となりましょうから」

──が、今の明彦に佐伯の言葉など耳に入らない。その目を見開き、優夜の姿だけが明彦の心を奪う。

 今宵の優夜は象牙色の艶やかなドレスを身にまとい、腰まで届くその栗色の髪は華やかなウェーブを描いている。
 そしてその豊かな髪に挿した一輪の名花──左耳の上に飾った大輪の花は紛れもなく白き花椿であった。
──確か優夜は漆黒の断髪姿だった筈である。一体どちらが優夜の真の姿なのか──。

 一座に取り囲まれた侯爵と優夜はそれぞれに離れて場を移し、集まり来た人々と何やら談笑に花を咲かせる。
 明彦は圧倒され、為す術もなく立ち尽くすしかなかった。
──そんな明彦に一瞥もくれず、優夜はその存在さえ無視している様子だ。

 しかし明彦も決意した。優夜のそんな冷たい態度などものともせず、ゆっくりと真っ直ぐに歩み寄る。
 明彦の意識の中ではつい今しがた佐伯から言われた辛辣な言葉も消し飛び、ただ優夜の事だけがその思考を占領していた。


(確実に俺を意識している。それなのにそれを隠し、わざと俺から視線を外した)

──と、明彦は確信した。

 
 優夜の、あの周りに振りまく笑顔に帯びた憂愁。そしてスペイン扇で隠した唇の震え──その全てが、明彦には自分を意識し、動揺している心の現れとしか思えなかった。

 いよいよ間近に迫った明彦の真剣な眼差し──全身から発する燃える情熱に、ついに優夜も気付かぬ素振りなど出来ないところまで追い詰められた。

 ただ、じっと見詰め合う二人。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

男の娘と暮らす

守 秀斗
BL
ある日、会社から帰ると男の娘がアパートの前に寝てた。そして、そのまま、一緒に暮らすことになってしまう。でも、俺はその趣味はないし、あっても関係ないんだよなあ。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

【完結】禁断の忠誠

海野雫
BL
王太子暗殺を阻止したのは、ひとりの宦官だった――。 蒼嶺国――龍の血を継ぐ王家が治めるこの国は、今まさに権力の渦中にあった。 病に伏す国王、その隙を狙う宰相派の野心。玉座をめぐる見えぬ刃は、王太子・景耀の命を狙っていた。 そんな宮廷に、一人の宦官・凌雪が送り込まれる。 幼い頃に売られ、冷たい石造りの宮殿で静かに生きてきた彼は、ひっそりとその才覚を磨き続けてきた。 ある夜、王太子を狙った毒杯の罠をいち早く見破り、自ら命を賭してそれを阻止する。 その行動をきっかけに、二人の運命の歯車が大きく動き始める――。 宰相派の陰謀、王家に渦巻く疑念と忠誠、そして宮廷の奥深くに潜む暗殺の影。 互いを信じきれないまま始まった二人の主従関係は、やがて禁じられた想いと忠誠のはざまで揺れ動いていく。 己を捨てて殿下を守ろうとする凌雪と、玉座を背負う者として冷徹であろうとする景耀。 宮廷を覆う陰謀の嵐の中で、二人が交わした契約は――果たして主従のものか、それとも……。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

OUTSIDER

TERRA
BL
何故、僕らは出逢ってしまったんだろう。 裏社会の片隅で始まった、決して結ばれてはいけない二人の同居生活。 それぞれの思惑とは裏腹に、無慈悲に交差していく物語。 これは、孤独な世界で出逢った男達の抗えない愛の物語。 ■一話完結日常編ほのぼのパートと少しシリアスな本編があります。数組のカップリングがあるので章のタイトルに載っているお好みのカップリングから読んでみてください。

人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない

タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。 対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

処理中です...