昭和浪漫ノスタルジー「遥か彷徨の果ての円舞曲」

歴野理久♂

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一章 黄昏のパリは雪に沈む

No,17 二人きりの部屋で 

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「いえ、ただ……久し振りに踊りましたので……少々息切れがしてしまっただけなのです……」
 そう言いながらも息絶えだえに、優夜は苦痛に顔を歪めた。

「人を呼んだ方がよろしいのではありませんか?」
 明彦の眉間に縦皺がよる。

「いいえ、その必要はありません。この部屋に来て直ぐに薬を飲みましたの。いつも飲んでいる、良く効く薬ですのよ……」
 そう言いながら優夜は明彦の手を振りほどいた。

 静かに立ち上がると窓際のソファーに腰を降ろし、蒼白の顔に作り笑顔を浮かべる。
「確か、豪田樣でしたわね。ここはわたくしの部屋ですの。どうかこのままお引き取り下さいませ」

 明彦はそんな優夜の言葉を無視し、黙って優夜に対座する椅子に腰を降ろした。
 しかし優夜はそんな明彦の無礼をとがめるでもなく、ただそっと睫毛を伏せて視線を逸らす。

「先日のオペラ座では失礼致しました、そして今夜も……。私は、あなたに対して失礼のし通しですね」

「……いえ、良いのです、そんな事は……」

「オペラ座での振り袖姿、あまりにも艶やかで息を呑みました。
あの日の演目……椿姫に因んでのお衣装でしたか?」

「いえ、わたくし、元々椿の花が好きでしたの。あの衣装はそんなわたくしの好みを知って、侯爵があつらえて下さった物なのです。
あの夜の桟敷席も、椿姫ならわたくしが喜ぶだろうと侯爵が……」

「白い椿の花が好きなのですね」

「え?わたくしそんな事……あ、確かにあのお着物の柄は、白い椿でしたわね……」

 明彦は優夜の目を見詰めながら確信を持って語った。
「椿は……あの花は私にとっても、とても懐かしい、とても大切な想い出の花なのです。
そう……特に白い椿が……」

「そ、それは……それはまた好みが似ていますこと。でも、それほど取り立てて稀有な事ではありませんわ……」
 何か思い詰めるように伏せ目がちな優夜──。

 明彦には既に確固たる思いが有ったが、あえて話題を変えてみる。
「実はあのオペラ座での夜に引き続き、昨夜もあなたをお見掛けしました。あの華やかな催し物が開かれたホテルのロビーで」

「まぁ、そうでしたの?それは、偶然なのかしら……」

「私たち二人の縁がとても深く、とても強いからではありませんか?」

 優夜が今宵初めて微笑みを見せた。
「あらそれは、随分突飛なお考えをなさいますのね。豪田様は面白い発想をなさるお方ですわ……
ふふっ、可笑しい……」

 が、明彦はくすりとも笑わない。その眼差しは真剣だった。

──優夜の方が戸惑いを見せる。
「わたくしを見掛けたのでしたら、どうぞお心安くお声を掛けて下さればよろしかったのに」

「ええ……しかし、昨夜は時と場所を鑑み、ご遠慮させていただきました」
──明彦は優夜を見詰め、目を離さない。

「それは、とても賢明なご判断でしたわ」

 優夜は静かに立ち上がり、明彦の手を離れると窓際にたたずみ、外を眺め始めた。


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