22 / 121
一章 黄昏のパリは雪に沈む
No,17 二人きりの部屋で
しおりを挟む「いえ、ただ……久し振りに踊りましたので……少々息切れがしてしまっただけなのです……」
そう言いながらも息絶えだえに、優夜は苦痛に顔を歪めた。
「人を呼んだ方がよろしいのではありませんか?」
明彦の眉間に縦皺がよる。
「いいえ、その必要はありません。この部屋に来て直ぐに薬を飲みましたの。いつも飲んでいる、良く効く薬ですのよ……」
そう言いながら優夜は明彦の手を振りほどいた。
静かに立ち上がると窓際のソファーに腰を降ろし、蒼白の顔に作り笑顔を浮かべる。
「確か、豪田樣でしたわね。ここはわたくしの部屋ですの。どうかこのままお引き取り下さいませ」
明彦はそんな優夜の言葉を無視し、黙って優夜に対座する椅子に腰を降ろした。
しかし優夜はそんな明彦の無礼をとがめるでもなく、ただそっと睫毛を伏せて視線を逸らす。
「先日のオペラ座では失礼致しました、そして今夜も……。私は、あなたに対して失礼のし通しですね」
「……いえ、良いのです、そんな事は……」
「オペラ座での振り袖姿、あまりにも艶やかで息を呑みました。
あの日の演目……椿姫に因んでのお衣装でしたか?」
「いえ、わたくし、元々椿の花が好きでしたの。あの衣装はそんなわたくしの好みを知って、侯爵があつらえて下さった物なのです。
あの夜の桟敷席も、椿姫ならわたくしが喜ぶだろうと侯爵が……」
「白い椿の花が好きなのですね」
「え?わたくしそんな事……あ、確かにあのお着物の柄は、白い椿でしたわね……」
明彦は優夜の目を見詰めながら確信を持って語った。
「椿は……あの花は私にとっても、とても懐かしい、とても大切な想い出の花なのです。
そう……特に白い椿が……」
「そ、それは……それはまた好みが似ていますこと。でも、それほど取り立てて稀有な事ではありませんわ……」
何か思い詰めるように伏せ目がちな優夜──。
明彦には既に確固たる思いが有ったが、あえて話題を変えてみる。
「実はあのオペラ座での夜に引き続き、昨夜もあなたをお見掛けしました。あの華やかな催し物が開かれたホテルのロビーで」
「まぁ、そうでしたの?それは、偶然なのかしら……」
「私たち二人の縁がとても深く、とても強いからではありませんか?」
優夜が今宵初めて微笑みを見せた。
「あらそれは、随分突飛なお考えをなさいますのね。豪田様は面白い発想をなさるお方ですわ……
ふふっ、可笑しい……」
が、明彦はくすりとも笑わない。その眼差しは真剣だった。
──優夜の方が戸惑いを見せる。
「わたくしを見掛けたのでしたら、どうぞお心安くお声を掛けて下さればよろしかったのに」
「ええ……しかし、昨夜は時と場所を鑑み、ご遠慮させていただきました」
──明彦は優夜を見詰め、目を離さない。
「それは、とても賢明なご判断でしたわ」
優夜は静かに立ち上がり、明彦の手を離れると窓際にたたずみ、外を眺め始めた。
25
あなたにおすすめの小説
【完結】禁断の忠誠
海野雫
BL
王太子暗殺を阻止したのは、ひとりの宦官だった――。
蒼嶺国――龍の血を継ぐ王家が治めるこの国は、今まさに権力の渦中にあった。
病に伏す国王、その隙を狙う宰相派の野心。玉座をめぐる見えぬ刃は、王太子・景耀の命を狙っていた。
そんな宮廷に、一人の宦官・凌雪が送り込まれる。
幼い頃に売られ、冷たい石造りの宮殿で静かに生きてきた彼は、ひっそりとその才覚を磨き続けてきた。
ある夜、王太子を狙った毒杯の罠をいち早く見破り、自ら命を賭してそれを阻止する。
その行動をきっかけに、二人の運命の歯車が大きく動き始める――。
宰相派の陰謀、王家に渦巻く疑念と忠誠、そして宮廷の奥深くに潜む暗殺の影。
互いを信じきれないまま始まった二人の主従関係は、やがて禁じられた想いと忠誠のはざまで揺れ動いていく。
己を捨てて殿下を守ろうとする凌雪と、玉座を背負う者として冷徹であろうとする景耀。
宮廷を覆う陰謀の嵐の中で、二人が交わした契約は――果たして主従のものか、それとも……。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
OUTSIDER
TERRA
BL
何故、僕らは出逢ってしまったんだろう。
裏社会の片隅で始まった、決して結ばれてはいけない二人の同居生活。
それぞれの思惑とは裏腹に、無慈悲に交差していく物語。
これは、孤独な世界で出逢った男達の抗えない愛の物語。
■一話完結日常編ほのぼのパートと少しシリアスな本編があります。数組のカップリングがあるので章のタイトルに載っているお好みのカップリングから読んでみてください。
人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない
タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。
対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる