昭和浪漫ノスタルジー「遥か彷徨の果ての円舞曲」

歴野理久♂

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一章 黄昏のパリは雪に沈む

No,18 パリに降る雪 

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 優夜は静かに立ち上がり、明彦の手を離れると窓際にたたずみ、外を眺め始めた。
 明彦も立ち上がり、そっと優夜の背に近付き、そんな姿を見守るように息をひそめる。
──広間からはあの憂愁の円舞曲が静かに、そして囁きかけるように鳴り響いていた。


 沈黙に漂う二人──。


 そして明彦がふと気づくと、窓硝子に映る優夜の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちていた。
 明彦は微動だにせず、落ち着いた声で問うた。

「度重なる私の無礼が、あなたのお心を傷付けてしまいましたか?」

「いいえ、わたくし、雪が嫌いですの。降りしきる雪を見ていると何だかとても怖くて、とても悲しくなりますの……。
ただ、それだけの事ですわ……」

 いつしか外は雪になっていた。
 真冬の夜のパリは降りしきる雪に飾られ、遠くで打ち鳴らす寺院の鐘が微かに聞こえる。



「そうだね……雪は、昔から苦手だったね……」



「……え?」



 その時の咄嗟の行動は、明彦自身にさえ予測出来ない事だった。
 窓際で雪を眺める優夜の背中越しに、つぶやくように、あの懐かしいメロディーを口ずさんだ。



「♪トンボの……
   メガネは……
    水色メガネ♪」
 


 瞬間──ぎくりと肩をすぼませ、優夜は目を見開いた。

 明彦はそのまま身じろぎもしない。

 二人の間に重苦しい空気が流れ、しばし氷のような沈黙が襲ったが、それを先に破ったのは優夜だった。


「……ふ……ふふっ……
どうなさったのかしら、
そんな子供じみたお唄を……」


「祐ちゃん、初めから気付いていたよ」


 優夜は険を込めた微笑みを被り、明彦の方へと向き直った。


「そうよ?わたくしは優夜!
だけど誰も私を(ゆうちゃん)だなんて馴れ馴れしく呼ばないし、呼ばせもしないわ!」


 明彦はそんな気色ばった優夜の言葉などにたじろぎもせず、満面の笑みで躊躇なく優夜を抱きしめた。


「祐ちゃんだ。俺の祐二だ!」


 抱きすくめられた優夜は溢れ出しそうな涙を懸命にこらえ、心の中で絶叫するのだ。


(ああ、何故?どうしてこんな事に……!)


 二人を取り囲むあの円舞曲のリズムが一際激しく回転を始める。

──二人はただ、その憂愁の旋律に身をゆだねていた。


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