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一章 黄昏のパリは雪に沈む
No,23 明日の約束
しおりを挟む「いけない!いけないよそんな事!僕に、僕なんかに関わっちゃいけない!」
「何を言ってる?
やっとこうして巡り会えたのに、それなのにどうして俺がおまえを放っておける?」
明彦の激しい気迫に一瞬優夜はたじろいだ。
が、しかし、明彦の気性を良く知っている優夜は黙って静かに睫毛を伏せた。
(アキ兄ちゃん……こうなってしまったら、もう僕が何を言っても止められないね……)
優夜は初めて、屈託の無い笑顔を明彦に向けた。
「……分かったよ。もう、何もかもアキ兄ちゃんに任せるよ」
「祐二……!」
ひときわ強く優夜を抱きしめる明彦の胸に、幾年もの間くすぶっていた情熱が一気に燃え上がった。
「もう、決しておまえを離さない!これからはずっと一緒だ!
……昔の二人に戻ろう、あの海辺の町で育った子供の頃のように……」
「アキ兄ちゃん分かったよ。僕、アキ兄ちゃんの言う通りにする。
これからは昔のように素直になるよ。アキ兄ちゃんの言うことを良くきく、昔の祐二に戻るから」
「祐二、もう離さない。これからはまた二人一緒だ!」
「アキ兄ちゃん、だから……
だから今夜は、このまま帰ってくれる?」
「祐二?俺にこのまま帰れって言うのか?俺は直ぐにもあの佐伯って男と話を付けて……」
「だって今夜は取り込んでるよ?人の目や耳も沢山有るし、事を荒立てたら解決は余計に難しくなる」
「それは……」
「だから今夜はこのまま帰って?
全ては明日。
明日二人で佐伯さんに話そう」
「そうか……明日か……
よし、明日は必ずおまえを連れて帰る。だから、もう何にも心配するな」
「何も心配なんてしないよ?
アキ兄ちゃんと一緒なら全然平気。絶対安心……
だから、ね?
明日必ず迎えに来て……」
「ああ、約束するよ」
明彦は後ろ髪引かれる思いでドアへ向かった。
優夜が思わず引き止める。
つい、余計に言葉を漏らしてしまう。
「アキ兄ちゃんに会えて良かった……本当に……」
「祐二……」
「明日、待っているから……」
明彦はそんな優夜に儚さを感じた。念を押さずにはいられない。
「きっと!きっとだぞ……!
もう、どこへも行くなよ……」
「当たり前だよ、やっとこうして会えたのに……
だから……おやすみ……」
「ああ……おやすみ……」
優夜はドアを開けたまま廊下に出て、立ち去る明彦を見送った。
やがて明彦は広間への曲がり角で振り向き、笑顔で片手を掲げる。優夜もそれに応え、屈託の無い微笑みで手を振り返す。
明彦の姿が視界から消えた。──すると、再び優夜の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
(ありがとう……
アキ兄ちゃんは、ちゃんと僕の事を憶えていてくれた……
嬉しいよ……でも……
さよなら……)
二人で踊った美しき旋律──
憂愁の円舞曲は今も侯爵邸に響き渡っていた。
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