30 / 121
一章 黄昏のパリは雪に沈む
No,24 祐二からの手紙 ①
しおりを挟む──────────
取り乱した心の整理もつかぬまま、急ぎお便り致します。
明彦様──この手紙をホテルのフロントへ託しました。貴方が明日、お出掛けになる時に渡して貰えるようにとお願いして──。
何故なら貴方がこの手紙を目にする頃、僕はもう、このパリを発っている事でしょうから。
貴方に会えて、貴方の心を知る事が出来て、僕はとても嬉しかった。
でも、身も心も汚れきってしまった僕は、もう貴方と一緒には居られません。
貴方に迷惑を掛け、足手まといにしかなれない僕は、きっと貴方の将来を邪魔する事になるでしょう。
貴方と離ればなれになってから、僕には辛く悲しい事が多かった。
でも、貴方が僕の事を忘れずにいてくれた事、ずっと変わらず気に掛けてくれていた事──それが分かっただけで、どんなに僕の気持ちが救われたことか。
まして貴方は、こんな醜聞だらけの汚れた僕を、この苦界から助け出してくれるとまで言ってくれた。
もう十分です。
涙が出るほど嬉しいけれど、もう十分なんです。
13歳の時、突然音信不通だった父親が名乗りを上げて、僕を引き取りにやって来ました。
一体、何の目的で?
なぜ父が僕の事を引き取ったのか、いまだにそれが分かりません。
父は少しも僕に優しくなかった。一緒に暮らし始めても、全く嬉しそうな様子は無かった。
それどころか、父は理由もなく僕に手を上げるような人でした。
何故そんな暴力を受けるのか、僕に何か悪いところがあったのか、僕には父の気持ちが分からなかった。
それでも僕は耐えました。
孤児と言われて育った僕は、たとえどんなに酷い親でも、家族と一緒に暮らせると言う事実を大切にしたかった。
それなのに父はある時、もうどうしたって一緒には居られない程の惨い仕打ちを僕に与えました。その内容はとてもここでは書けません。
僕は身も心もぼろぼろで、電車賃だけを握りしめ、身体ひとつで逃げるように上京したのです。
確かに初めは貴方を頼って行くつもりでした。僕には貴方しかいなかったから。
だけどいざ豪田家の前まで行ってみると、僕には扉を叩く勇気が無かった。
この家で頑張っているだろう貴方の事を思うと、せっかく掴んだ貴方の将来の事を思うと、僕はやっぱり、この情けない自分を見せる事が出来なかった。
何より手紙ひとつ貰えなかったあの時の状況を思うと、貴方に会うのがとても怖くなったのも正直な気持ちでした。
その後、僕が東京でどんな暮らしをしていたのか、どうしてこんな事になってしまったのか、それをここに詳しく書く事は控えます。
ただ、佐伯さんの事だけは誤解しないで欲しいのです。
──────────
25
あなたにおすすめの小説
【完結】禁断の忠誠
海野雫
BL
王太子暗殺を阻止したのは、ひとりの宦官だった――。
蒼嶺国――龍の血を継ぐ王家が治めるこの国は、今まさに権力の渦中にあった。
病に伏す国王、その隙を狙う宰相派の野心。玉座をめぐる見えぬ刃は、王太子・景耀の命を狙っていた。
そんな宮廷に、一人の宦官・凌雪が送り込まれる。
幼い頃に売られ、冷たい石造りの宮殿で静かに生きてきた彼は、ひっそりとその才覚を磨き続けてきた。
ある夜、王太子を狙った毒杯の罠をいち早く見破り、自ら命を賭してそれを阻止する。
その行動をきっかけに、二人の運命の歯車が大きく動き始める――。
宰相派の陰謀、王家に渦巻く疑念と忠誠、そして宮廷の奥深くに潜む暗殺の影。
互いを信じきれないまま始まった二人の主従関係は、やがて禁じられた想いと忠誠のはざまで揺れ動いていく。
己を捨てて殿下を守ろうとする凌雪と、玉座を背負う者として冷徹であろうとする景耀。
宮廷を覆う陰謀の嵐の中で、二人が交わした契約は――果たして主従のものか、それとも……。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
OUTSIDER
TERRA
BL
何故、僕らは出逢ってしまったんだろう。
裏社会の片隅で始まった、決して結ばれてはいけない二人の同居生活。
それぞれの思惑とは裏腹に、無慈悲に交差していく物語。
これは、孤独な世界で出逢った男達の抗えない愛の物語。
■一話完結日常編ほのぼのパートと少しシリアスな本編があります。数組のカップリングがあるので章のタイトルに載っているお好みのカップリングから読んでみてください。
人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない
タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。
対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる