昭和浪漫ノスタルジー「遥か彷徨の果ての円舞曲」

歴野理久♂

文字の大きさ
34 / 121
一章 黄昏のパリは雪に沈む

No,28 二人の生い立ち

しおりを挟む

 明彦が育った児童施設は、日本海に面した帆ノ崎と言う小さな町に建っていた。

──1964年。
 一人の年端も行かない男の子が何の置き手紙もなく、施設の前に置き去りにされた。
 男の子は涙のひとつも見せず、名を尋ねると幼いながらもしっかりと答えた。

──かとうあきひこ。

 そして年齢を尋ねると、男の子は黙って指を四本立てた。
 だからこう言う施設の子供には有りがちなように、あきひこの正確な生年月日を知る者は誰一人としていない。つまりあきひこの誕生日は、施設に入所したその日とされている。
 ただ、自身で指を四本立てた申告は受け入れられた。その後の身体検査においても、その年齢は妥当だと判断されたのだ。

「かとうあきひこ」との氏名についても「かとう」はおそらく名字として一般的な「加藤」であろうと──ただし「加東」や「河東」の可能性も否めない。
 そして「あきひこ」と言う名前も「昭彦」なのか「秋彦」なのか定かではなかったが、時の園長は日の光、月の光のように明るく育って欲しいとの願いを込め、男の子に「明彦」との文字をあてた。

 明彦には施設に入る前の記憶がまるで無かった。
 4歳と言えばもう相当に知能も記憶もはっきりしている筈だし、ましてや明彦は幼い中にも何か才気を感じさせる非凡な子供だった。
 にも関わらず、明彦は両親の事も、育った環境の事も、何ひとつまともには憶えていなかったのだ。
 おそらくこの施設に捨てられる直前、幼子には耐え切れぬ程の何か衝撃的な出来事に直面したのだろう──と、当時のカウンセラーは判断した。

 明彦はその名の通り、明るく活発に育って行った。誰の目から見ても、賢く利発な少年へと成長していた。
──誰一人として、真実明彦の心の奥に広がる果てしない孤独と、やりきれない程の寂しさに気付く者はいなかった。

 明彦はそんな少年だった。


────────────


──1966年。
 明彦が施設に入ってから2年目の厳冬──。

 誰よりも先にその泣き声に気付いたのは、当時6歳になる明彦だった。
 深々と雪の降りしきる深夜──その悲痛な泣き声に眠りの浅かった明彦ははっとした。
 上着だけを羽織り、パジャマのまま外に出た明彦が見たその光景を、彼は生涯忘れる事は無いだろう。

 一面を覆った雪が銀白色に淡い光を放つ園庭。風ひとつ無くゆっくりと舞い降りる無数の粉雪。
 そして、まるでこの雪が世界中の音を包み込んだのではないかと思える静粛な夜。
 門柱に付いた外灯の明かりの下で幼子がひとり雪を被り、うずくまりながら泣き叫んでいた。

 驚き、駆け寄る明彦。
 幼子も明彦の姿を見つけ、泣きながら明彦の元へ駆け寄ろうとしたが、そのあまりにもたどたどしい動作に足を滑らせ、前のめりに倒れ込んだ。

 抱き起こす明彦。
 幼子は明彦の腕の中で声を詰まられ、泣き続けた。

「大丈夫だよ、俺が来たからもう安心!全然平気だよ!」

 着ていた上着を脱ぎ、幼子の身体を包みながらそう言って励ます明彦。
 あまりにも悲惨な幼子の様子に、明彦も止めど無く大粒の涙をこぼした。


 悲しくて惨く、そして幼すぎる二人の──それが運命の出会いだった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

男の娘と暮らす

守 秀斗
BL
ある日、会社から帰ると男の娘がアパートの前に寝てた。そして、そのまま、一緒に暮らすことになってしまう。でも、俺はその趣味はないし、あっても関係ないんだよなあ。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

【完結】禁断の忠誠

海野雫
BL
王太子暗殺を阻止したのは、ひとりの宦官だった――。 蒼嶺国――龍の血を継ぐ王家が治めるこの国は、今まさに権力の渦中にあった。 病に伏す国王、その隙を狙う宰相派の野心。玉座をめぐる見えぬ刃は、王太子・景耀の命を狙っていた。 そんな宮廷に、一人の宦官・凌雪が送り込まれる。 幼い頃に売られ、冷たい石造りの宮殿で静かに生きてきた彼は、ひっそりとその才覚を磨き続けてきた。 ある夜、王太子を狙った毒杯の罠をいち早く見破り、自ら命を賭してそれを阻止する。 その行動をきっかけに、二人の運命の歯車が大きく動き始める――。 宰相派の陰謀、王家に渦巻く疑念と忠誠、そして宮廷の奥深くに潜む暗殺の影。 互いを信じきれないまま始まった二人の主従関係は、やがて禁じられた想いと忠誠のはざまで揺れ動いていく。 己を捨てて殿下を守ろうとする凌雪と、玉座を背負う者として冷徹であろうとする景耀。 宮廷を覆う陰謀の嵐の中で、二人が交わした契約は――果たして主従のものか、それとも……。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

OUTSIDER

TERRA
BL
何故、僕らは出逢ってしまったんだろう。 裏社会の片隅で始まった、決して結ばれてはいけない二人の同居生活。 それぞれの思惑とは裏腹に、無慈悲に交差していく物語。 これは、孤独な世界で出逢った男達の抗えない愛の物語。 ■一話完結日常編ほのぼのパートと少しシリアスな本編があります。数組のカップリングがあるので章のタイトルに載っているお好みのカップリングから読んでみてください。

人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない

タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。 対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

処理中です...