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三章 祐二の過去とこれから
No,65 二人の現実
しおりを挟む明彦の胸に顔を埋め、虚ろな時に微睡んでいた祐二だったが、突然沈黙を破り、嬉しそうな声を発した。
「アキ兄ちゃん、僕……
ふふっ、なんだか急にお腹が減ったよ?心の中の悶々を素直にさらけ出したら、まるで生き返ったように気持ちが軽くなった。そしたら次は食欲だなんて、僕ってやっぱり単純なんだな♪」
「ああ、そう言われてみれば俺も朝めしから何も食べたないな。いよいよ祐二に会えるって緊張感で食事どころじゃなかったし、だいたい腹も減らなかったな」
祐二は明彦と目を合わせると屈託の無い笑顔を見せた。
「何だかホッとした途端にお腹が空いちゃうだなんて、人間っておかしいね」
「ははっ、確かに俺も祐二と仲直り出来たら急に食欲が湧いてきたぞ。俺たち生きてるんだ、そうそうロマンチックな事ばっかり言ってられない」
「そうだね、そんなもんだよね」
「ああ、そんなもんさ」
顔を見合わせてニッと笑い合う二人──
「とにかく有り合わせの物で何か作るよ」
祐二は元気良く飛び起きた。
「俺も手伝うよ」
明彦もそれに応える。
数時間前までとは打って変わって、まるで別人のように明るく無邪気な二人だった。
「祐二、それにしてもおまえ、立ち直りが早いな」
「うん……」
──祐二はひと呼吸おくと、満面の笑みを浮かべて明彦へ向かった。
「僕、どんな事が有っても立ち直りだけは早いんだ。
だってそうでもしなけりゃ、今までやって来れなかったよ」
それは逆境に耐えてきた強さなのか、生き抜くための本能なのか──そんな祐二に明彦は一抹の哀愁を感じた。
「僕、父さんと一緒のとき全部自分でやっていたから、結構家事をやらせると手際いいんだ」
「そうか」
そんな事を言いながらキビキビと動く祐二を眺めながら、明彦は複雑な心境に陥った。
(俺が豪田家で何もかも世話されている間、祐二は父親に働かされていたのか、まだ子供だったのに……)
考えてみれば、明彦は祐二のこれまでについて、まだまだ知らない事だらけだった。
(大体、この家は誰の家なんだ?)
そんな事を思いついた途端、急にこの家に対しても落ち着かない雰囲気を感じてしまう。
(祐二の知られたくない過去に触れるようで、俺としてはどうにも聞きづらいことだ。
でも、たとえ嫌がられても、俺たちのこれからのためには色々と知っておかなければならない)
実際、表面上は相手に気遣い、打ち解けあってるように見える二人だったが、実はそれぞれに越えなければならない壁が有った。
「じゃあ僕、急いで食事の支度をするよ。アキ兄ちゃんは手伝いなんてしなくていいから、先にお風呂に入って?」
「えっ、風呂なんていつ用意したんだ?」
「うん、いつもタキさんが用意してくれているから。タイマーで沸かして、自動的に保温されているんだ」
「随分、豪勢の家なんだな」
「あ、それは……」
──この時代、こんな設備は高級だった。
「タキさんって、おまえが雇っているのか?」
「うん……そうだよ」
思いは祐二も同じだった。
(アキ兄ちゃんとこうなった以上、僕も覚悟を決めるよ。
色々と整理を付けなきゃいけない事も沢山あるし、第一こうなったからには何もかも僕の事情を全て話して、了解を得るべき事はきちんと承諾しておいて貰わなくっちゃ…)
事ここに至り──佐伯の元で仕事を続ける訳にはいかない。それは祐二にとって、生活の全てが変わるという事であった。
(辛いけど、今夜のうちに何もかも話してしまおう)
祐二は、もう知られる事に恐怖を感じてはいなかった。
そして明彦も決意した。佐伯からある程度の話は聞いていたが、それにしても自分はまだ祐二の事情を知らな過ぎる。
(聞いてはいけない事だろうか?触れてはいけない傷なのだろうか?
いや、これからの二人を思えば知っておかなければならない事は沢山ある。辛い事だが 、今夜何もかもはっきりさせよう!)
夢のような睦み合いの後には、二人を取り巻く複雑な現実が待ち受けている。
そしてこれからの二人のため、それぞれにそれを乗り越えようと決意する明彦と祐二だった。
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