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三章 祐二の過去とこれから
………祐二の独白④
しおりを挟む僕が「優夜」としてお客を取るようになってから、更に数ヶ月が経とうとしていた。
毎週土曜日に銀座で開かれる白馬会は言わばボーイの展示会のようなもので、その場で露骨に指名が公表されたりはしない。
集まった会員たちとそれを取り巻くボーイたちが皆穏やかに歓談を楽しむ空気だが、その実あちこちで数々の駆け引きが繰り広げられる。
指名や交渉は全て佐伯さんを通して行われる訳で、基本的には誰が誰を指名して、いつどこで何をしたのか──
客同士はもちろんのこと、ボーイ同士でも互いに知らない事にはなっている。
誰が誰の客を奪ったとか、そんなトラブルを避けるためだけれど、やはり噂は立つ。
僕には順調にお客が付いた。優夜は確実にお客を増やした。
ある時は真昼のシティ・ホテル。ある時は真夜中の自宅に呼ばれ、またある時は旅行に同伴と──それは予想以上に忙しかった。
白馬会における優夜の存在は徐々に大きく目立ち始めて来たし、僕も必死にそれを演じた。
──そう、広橋さんがあの話を持って来たのは、丁度その頃の事だった。
ある日僕は、佐伯さんに呼ばれた。
「優夜、広橋さんはご存知だね?」
そこには珍しく、年若いお客様がいらしていた。
「はい、先日の白馬会の折にお会いしました。あの、広橋さんとはあの時が初めてでしたよね?」
「覚えていてくれたのかい? 嬉しいな、あの夜は一言も話さなかったのに」
白馬会のお客様にしては随分若い人だと僕は思い、確かに印象の強い人として憶えていた。
──それに、言葉のイントネーションに何やら柔らかい関西風のものを感じる。
「広橋さんのような素敵な方は、一度お会いすれば忘れません」
今や優夜は、そんな歯の浮くような台詞がすらすらと言える。
佐伯さんが口を挟んだ。
「いや、この広橋さんは会員様ではないのだよ。正確に言うと、まあ、あちこちの会員様に同行して付いて来る、少々風変わりなお知り合いの方、と言う事かな?いやはや、全く困ったものだ」
珍しく佐伯さんは戸惑い顔 ──僕は広橋という人に興味を抱いた。
「ふふっ、佐伯さんをこんなに困らすなんて、広橋さんってどんな方?」
優夜は静かな微笑みを見せる。
「佐伯さんも、相変わらずきつい事を言うなぁ、勘弁してくださいよ。僕はこれでも、そこそこ売り上げには貢献しているつもりですよ?」
「やれやれ、広橋さんには敵いませな」
後から聞いたところによると広橋さんは28歳。その若さに相応しく地位も財産もそれほどではない。
それなのにどうして白馬会に出入り出来るか?それには何やら複雑な経緯が有るらしい。
広橋元子爵家──お坊ちゃん育ちな事は確かのようだ、家柄だけは良さそうだから。
「僕のように、家柄ばかりで権力にも財力にも縁のない人間は、白馬会にお揃いのお歴々にお引き立ていただけなければ生きる術が見つからないのですよ」
「広橋さん、あなたも立派な大学を出られて一流の会社にお勤めではありませんか。一体何がご不満なのかな?」
流石の佐伯さんも、この広橋さんに関してはほとほと手を焼かされているようだ。
「平凡に慎ましい人生を送るだなんて、貴族の放蕩の血が許さないのですよ。地下とは言え僕も公家の末裔ですからね、享楽的なのも血筋でしょう」
数ある公家の中でも宮中清涼殿へ登ることのできる三位以上の家柄を堂上、それ以外を地下(じげ)と言うらしい 。
「それで広橋さん、この優夜にお話とは、一体どう言う事でしょうか?」
佐伯さんが話の本題に入って行った。
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