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三章 祐二の過去とこれから
No,69 高校進学
しおりを挟む二人は和気藹々と片付けをこなし、マグカップを手にリビングのソファーへと席を移した。
「で、祐二、差し当たってどうするつもりなんだ?」
「まず、明日アキ兄ちゃんと一緒に東京に帰ったら、とにかく佐伯さんを訪ねてこの事を話すよ。優夜としての仕事を辞めてアキ兄ちゃんと一緒になるって……」
「俺も一緒に行く」
「いや、かえって僕ひとりの方がいいよ」
「そうか」
「うん、そうさせて欲しい」
明彦は一呼吸置き、祐二の現状について尋ねた。
「……ところで、東京では今どこに住んでる?」
「松濤……マンションなんだ」
「凄いじゃないか、一等地だ」
「うん、でも今の部屋は僕が普通に暮らすのにはあまりに贅沢で広過ぎるし、第一家賃が桁違いに高いし……
本当の事を言うと、今僕を世話してくれてる人が支払ってくれているんだ。だから契約上の決着が付いたら直ぐに引っ越すよ、もっと僕に相応しい手頃なアパートに」
「この家の事を聞いてもいいか?」
「ここは……この家は数年前、ある人が僕の静養の為にって買ってくれた家なんだ。
一応僕の名義になってる」
「え?いくら何でも、この家を丸々おまえににくれたのか?一体誰だよ!」
「有名な人だよ……西五条さんって言うんだ、知ってる?」
「書道家のか?驚いたなぁ。
あれ?あの人は確か、数年前に亡くなったんじゃないか?」
「そうなんだ。僕、あの人には随分助けられた。
西五条さんも天涯孤独な身の上だったからね、亡くなった時に全財産を僕にって遺言してくれたんだ。あの時は驚いたよ。
でもね、まさかそんな訳にもいかないから、僕は相続を棄権したんだ。後から聞いたら、見た事もない親戚がわんさかと押し掛けて来て、まるでハイエナのように遺産を取り合ったらしいよ?
だけど元々僕の名義だったこの家だけはポツンと残った」
「この家が好きか?」
「うん、西五条さんは今までのお客の中で一番に良くしてくれたし、僕のことを本当に大切に思ってくれた人だったから」
「そうか。この家も売り払ってしまうつもりなのか?
お前の正直な考えが聞きたいんだ 」
「もしアキ兄ちゃんさえ嫌じゃなかったら、僕はこの家は残しておきたいと思ってる」
「そうか、良かった」
「アキ兄ちゃん……」
「思い出の多い大切な家なんだろ?祐二の立派な財産だ。俺はとやかく言わない」
「ありがとう」
明彦は優しく祐二を抱き寄せ、祐二も嬉しそうにその広い胸に顔を埋める。
「俺にもひとつ注文が有る。
おまえ、高校はどうした?」
「高校なんて、そんな……
佐伯さんは通わせてくれるって言ったけど、でも僕はそこまで甘える訳にはいかなかった。あの頃は借金の返済に夢中だったし、それにそんな心の余裕も無かった」
「さっき何か仕事を見つけるって言ってたよな?それなら高校ぐらいは出ておけよ。 おまえなら大丈夫、元々頭がいいんだ。どうだ?来年高校を受けてみないか?」
「この僕が高校生?!」
──あまりの幸せに祐二の胸が震える。
思わず言葉が詰まった。
「二十歳すぎて高校生ってのもやり辛いかも知れないけれど、高校さえ出ておけば就職先なんていくらでも有るさ。
受験勉強なら俺も手伝う。子供の頃からおまえの勉強の遅れを取り戻すのは俺の役割だっただろ?大丈夫!必ず俺が受からせてやるよ」
「そりゃあ、アキ兄ちゃんの家庭教師は優秀だったよ。
だけど僕に出来るかな……」
「大丈夫大丈夫!俺と一緒なら絶対安心!」
「そうだったね、アキ兄ちゃんと一緒なら絶対平気!
僕、アキ兄ちゃんを頼りにしてるよ♪」
二人は子供時代のやり取りを思い出し、顔を見合わせ笑みをこぼした。
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