昭和浪漫ノスタルジー「遥か彷徨の果ての円舞曲」

歴野理久♂

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三章 祐二の過去とこれから

No,73 さよなら健ちゃん

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「こら!!二人共いい加減におし!!お店の外まで聞こえてるわよ!!!」
 突然威勢よくドアが開き、この店のマスター、熊田原が姿を見せた。

 優夜の顔がほころぶ。
「マスターお久し振りです。
今夜はお別れのご挨拶に上がりました」
「優夜ちゃん、お話はオーナーから聞いているわ、ちょっと出ましょう」
「はい」
 優夜は皆の方に向き直ると笑顔で片手を振り上げた。
「それじゃみんな、さようなら♪」

 瞬間──店内が静まり返る。

「優夜さん……」
 健だけが小さく言葉を漏らした。

 マスターに連れ出され、優夜は呆気ないほど潔く店の外へと姿を消した。
 店内は立ちどころに元の何か怠惰な、妙に静まり返った雰囲気へと戻っていった。


──人目を避けた路地裏。
「ごめんなさいね、こんな所で……そろそろお客様が見える時間だから」
「いえ、それよりも僕の勝手でマスターにも沢山ご迷惑を掛けました、本当に申し訳ありません」

「とんでもない!私なんて何をした訳じゃないし……
でも、優夜ちゃんがいなくなるなんて、オーナーにはこたえたでしょうね……あ、いえ商売の事じゃなくてね、以前聞いた事があるの……
オーナーには昔、大好きなお姉さんがいたのよ?それが心臓が弱くて、まだ本当にお若いうちに亡くなってしまったってね 」
「え?お姉さんが……?」

「オーナーもまだ子供だったし、家が貧乏でろくな治療も受けさせてやれなかったって悔やんでいたわ……
以前言った事が有るの、優夜ちゃんがどことなく死んだ姉さんに似ているって。
きっとオーナー、優夜ちゃんの事を亡くなったお姉さんの代わりのように思っていたんじゃないかしら」
「そんな……」

「優夜ちゃんの存在は、オーナーにはことさら特別だったのよ」
「そう、だったんですね…」

「まあ、とにかく身体に気をつけて頑張りなさいな」
「はい、マスター。本当にお世話になりました」

「もしも困ったらいつでも私を頼るのよ?ウリなんてさせない!チーママとして即採用して上げるから♪」
「はい、頼りにしてます♪」

「さよなら」
「さようなら…」

 マスターが表通りに戻り、ビルに入るのを見送ると、優夜はくるりと踵を返す。

(この街に、もう戻ることもないだろう……)

 優夜はもうすっかり薄暗く、ネオンの灯り始めた華やかな街を歩き始める。まるで人混みを縫うように──



「優夜さん待って、待ってよ! 」
 振り返ると、そこには息を切らして走り寄る健の姿があった。

「健ちゃん?」
「優夜さん、俺……」
 追いついた健は肩で息をしながら立ち尽くす。

「健ちゃん、どうしたの?」
「ごめん優夜さん、追い掛けたりして、俺、俺は……」
 額に汗した健は思い詰めたように下を向き、声を震わす。

「……ありがとう。いつも健ちゃんが一番に仲良くしてくれた。健ちゃんの事は忘れないよ」
「嫌だ!嫌だよ優夜さん!
このまま優夜さんとこれっきりになるなんて、俺は、俺は嫌だ!」
 突然健が優夜の身体を抱き締めた。まるで羽交い締めにするように強く、激しく。

 健は優夜より1歳下ではあったが、華奢で色白の優夜と比べると一段と逞しく、精悍な浅黒い肌はまるで優夜よりずっと大人びて見える。
 そんな健が、まるで少年のように泣きじゃくった。

「嫌だよ優夜さん。
俺、優夜さんが好きなんだ。
優夜さんの近くにいたい。
優夜さんと離れ離れになるのは嫌だよ!」

「健ちゃん分かった。健ちゃんの気持ちが分かって、僕は嬉しい……」
「優夜さん本当?」

 「こんな夜の街での付き合いだもの、みんなきっとその場限りと思っていたのに……
健ちゃんがそんなに僕の事を思ってくれていて、僕も本当に嬉しいよ」

「優夜さん、俺、本名は風間健太って言うんだ。優夜さんには本当の俺を知って欲しい」

(健ちゃん、そんなに僕の事を?)


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