昭和浪漫ノスタルジー「遥か彷徨の果ての円舞曲」

歴野理久♂

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三章 祐二の過去とこれから

No,74 優しき夜に消える

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「優夜さん、俺、本名は風間健太って言うんだ。優夜さんには本当の俺を知って欲しい」

(健ちゃん、そんなに僕の事を?)
──黙ってバックから手帳を取り出す。手際よく本名と新しい電話番号を走り書きし、ページを破いて差し出した。

「秋本祐二です」

「ゆうじ……さん?」

「そう、これからは祐二って呼んでくれる?
それに、さん付けは嫌だな、友達なんだから」
「あの、嬉し過ぎてポカンとしちゃいます。あ、でも呼び捨てなんて出来ません」

「だったら祐ちゃんって呼んでくれる?子供の頃からそう呼ばれるのが好きだった」
「祐ちゃん?え!そんな、友達みたいに呼んでいいの?」

「だから、友達だって言ってるだろ?
あ、健ちゃんは、健ちゃんのままでいいよね?」
「あ、うん、もちろん……」
 健が頬を赤らめて下を向いた。

「健ちゃんは、僕が東京に出てきて初めて出来た、たった一人の友達だよ」
「ゆ……祐ちゃん」
 健は嬉しさにちょっぴり涙ぐむ。

「健ちゃん、マスターに叱られるよ?早くお店に戻らなくっちゃ」
「あ、そうだね。メモをありがとう、必ず連絡するから」

「うん、待ってる」
「ごめん、呼び止めたりして、じゃあまた!」

 人混みをかき分けて走り去る健を見送りながら、祐二は切に心から願う。


(健ちゃん、早く夢が叶えばいいね)


 祐二は踵を返した。



 今では祐二にも夢があった。
 これからはいつでも明彦に会える。一緒にいられる。
 来年の春には高校を受けると言う、確固たる目標も出来た。

 この時間──明彦はまだ会社にいるはずだ。
 祐二は道端に立つ電話ボックスに入り、思いを込めてダイヤルを押した。

 緊張が走る。
「恐れ入ります。豪田明彦さんはいらっしゃいますか?」
『俺だよ祐二、久し振りだな、ずっと連絡を待っていたんだぞ』

「今日、やっと全部片付いたんだ」
『そうか、良かった』

「ごめん、時間が掛かってしまって」
『いや、生活を変えるんだ、時間が掛かるのは当たり前だよ』

「うん、そうだね、結構色々と有ったよ。新しい生活を始めるって、沢山の人とお別れする事でもあるんだね」
『おまえ、泣いてるのか?』

「そんな事ないよ、ただ、色々と思い出しただけだよ。
新しいアパートの方も片付いたから、近いうちに来てくれる?」
『もちろんだよ、いつ会える?』

「明日はお休みだよね?お昼を一緒に食べない?」
『ああ、いいよ、そうだな、それなら11時に銀座でどうだ?』

「いいよ、それじゃあ11時にアベイユでお茶してるよ」
『了解!会えるの楽しみにしてるよ』

「アキ兄ちゃん……大好き」
『え?あ、それは……』

「言わなくていいよ、分かってる、周りに人がいるんだろ?」
『ああ、そうなんだ……
なあ、今どこにいる?本当は明日まで待てない、今直ぐ会いたい』

「だめだよ、アキ兄ちゃんはちゃんと今夜の仕事をして!
途中で放り投げるなんていけないよ?今が大事な時期なんだから」
『祐二~っ』

「それに、今日はもうくたくたで、こんな疲れた顔はアキ兄ちゃんに見られたくない。
明日、楽しみにしてるから」
『分かった、じゃ、明日』

 受話器を置くと、祐二は潤んだ瞳を手でこすり上げ、溢れそうな涙を拭う。


(どうして涙が出るんだろう?)


 溢れるネオン・ライトの光を浴びて、見知らぬ人々が揺れ動く街角──
 明日へと向かう祐二の足が、ふと立ち止まった。

 静かに後ろを振り返る 。


(さよなら、可哀想な優夜)


 祐二の胸に何か切ないものが走り抜ける。しかしもう、決して過去への涙は見せない。

 そしてその静かな後ろ姿は、新宿の不夜城の中、紛れて消えた──



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