昭和浪漫ノスタルジー「遥か彷徨の果ての円舞曲」

歴野理久♂

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四章 果て無き雲の彼方へ

No,80 悲しい決意

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「分かりました、もうやめてください……」

 祐二の瞳が屈辱に潤んだ。

「僕が関わりを持つ事によって明彦さんに迷惑が掛かるのであれば、僕はもう、明彦さんとは決して会いません」
「そうねぇ、そうしていただくしかありませんわねぇ」

「お約束します。ですからどうか、もう今日はお引き取り下さい」
「お分かりいただけて本当に良かったわ。
けれど、お困りなのでしょう?明彦の代わりにわたくしが援助させていただきますわ、おいくらかしら?」

「やめてください、僕は……
僕にはそんなつもり、全然ないんです」
「まあ、それではわたくし困ってしまいますわ?
せっかくこうしてお会いしたのに、その甲斐が無いと言うものですわ?
……後から気が変わられても困りますし……」

「そう言う事ですか。奥様がお金を置いていかれた方が安心だとお考えなのでしたら、どうぞお気の済むようになさってください」
「そうですか、それでは一応用意してきた小切手を置かせていただきますわねぇ。
これにはわたくし個人で出来る得る限りの金額が記入してありますの。もしこれで不足でしたら、藤代を通してご連絡下さいませねぇ」

「分かりました」
「それでは確かにお約束致しましたわよ?」

「あの……この事を明彦さんには……」

「そうねぇ、わたくしとしてはあなたのご分別に甘えさせていただいて、何も無かった事として済ませたいものですけれど、いかがかしら……」

「そうですか、それをお聞きして安心しました。
こんな事を知ったら、気性の強い明彦さんはきっと意地になって何をしでかすか分かりません。
僕はあくまでも自分から進んで身を退いたのだと、そう思われてお別れしたいのです」 

「まぁ……お玄人さんらしい際立ったご配慮に、わたくし心から感服致しますわ。
ではこれにて失礼致します。
ごめん遊ばせ」

 絹子が静かに立ち上がり、振り向きもせずに退出していくのを祐二はただ黙って見送った。
 玄関ドアの閉まる音が鳴り響くと、透かさず健太が引き戸を開き、奥の部屋から飛び出して来る。

「酷いよ!こんなのってあんまりだ!祐ちゃんは何も援助なんかして貰っていないのに!」
「学資を負担して貰ってるよ」 
「それはそうかも知らないけれど、でもあんな言い方ってないよ!」

 まるで自分の事のように興奮する健太を俯瞰に眺め、祐二はどこか冷静でいられる自分に驚いていた。
 或いは──明彦と共に生きる決意を固めたその時から、いずれはきっと今日のような日が来るのだろうと、無意識にも覚悟を決めていたのかも知れない。

 祐二は目の前に置かれた封筒を手に取り、すっくと立ち上がるとその中身の確認もせず、黙ってガス・コンロの火にかけた。

「祐ちゃん、何してんだよ?」
「小切手なんて、はなから換金する気は全く無いよ」
「それは、そうだけど……」

 ガス・コンロの上で燃える封筒の炎を見詰めたままに、祐二がそっと健太に尋ねた。

「ロモランタン侯爵が来日しているって言ってたよね?」

「ああ、それはそうだけど」

「侯爵は、また僕をフランスへ連れて行ってくれるかな」 

「……祐ちゃん?」

 まるで魂が抜け落ちたかのように立ち尽くす祐二を、ただどうする事も出来ずに見守る事しか出来ない健太だった。


(優夜に帰ろう……あの優しい夜の街へ……)


 祐二の心が弾けて飛んだ。


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