98 / 121
四章 果て無き雲の彼方へ
No,80 悲しい決意
しおりを挟む「分かりました、もうやめてください……」
祐二の瞳が屈辱に潤んだ。
「僕が関わりを持つ事によって明彦さんに迷惑が掛かるのであれば、僕はもう、明彦さんとは決して会いません」
「そうねぇ、そうしていただくしかありませんわねぇ」
「お約束します。ですからどうか、もう今日はお引き取り下さい」
「お分かりいただけて本当に良かったわ。
けれど、お困りなのでしょう?明彦の代わりにわたくしが援助させていただきますわ、おいくらかしら?」
「やめてください、僕は……
僕にはそんなつもり、全然ないんです」
「まあ、それではわたくし困ってしまいますわ?
せっかくこうしてお会いしたのに、その甲斐が無いと言うものですわ?
……後から気が変わられても困りますし……」
「そう言う事ですか。奥様がお金を置いていかれた方が安心だとお考えなのでしたら、どうぞお気の済むようになさってください」
「そうですか、それでは一応用意してきた小切手を置かせていただきますわねぇ。
これにはわたくし個人で出来る得る限りの金額が記入してありますの。もしこれで不足でしたら、藤代を通してご連絡下さいませねぇ」
「分かりました」
「それでは確かにお約束致しましたわよ?」
「あの……この事を明彦さんには……」
「そうねぇ、わたくしとしてはあなたのご分別に甘えさせていただいて、何も無かった事として済ませたいものですけれど、いかがかしら……」
「そうですか、それをお聞きして安心しました。
こんな事を知ったら、気性の強い明彦さんはきっと意地になって何をしでかすか分かりません。
僕はあくまでも自分から進んで身を退いたのだと、そう思われてお別れしたいのです」
「まぁ……お玄人さんらしい際立ったご配慮に、わたくし心から感服致しますわ。
ではこれにて失礼致します。
ごめん遊ばせ」
絹子が静かに立ち上がり、振り向きもせずに退出していくのを祐二はただ黙って見送った。
玄関ドアの閉まる音が鳴り響くと、透かさず健太が引き戸を開き、奥の部屋から飛び出して来る。
「酷いよ!こんなのってあんまりだ!祐ちゃんは何も援助なんかして貰っていないのに!」
「学資を負担して貰ってるよ」
「それはそうかも知らないけれど、でもあんな言い方ってないよ!」
まるで自分の事のように興奮する健太を俯瞰に眺め、祐二はどこか冷静でいられる自分に驚いていた。
或いは──明彦と共に生きる決意を固めたその時から、いずれはきっと今日のような日が来るのだろうと、無意識にも覚悟を決めていたのかも知れない。
祐二は目の前に置かれた封筒を手に取り、すっくと立ち上がるとその中身の確認もせず、黙ってガス・コンロの火にかけた。
「祐ちゃん、何してんだよ?」
「小切手なんて、はなから換金する気は全く無いよ」
「それは、そうだけど……」
ガス・コンロの上で燃える封筒の炎を見詰めたままに、祐二がそっと健太に尋ねた。
「ロモランタン侯爵が来日しているって言ってたよね?」
「ああ、それはそうだけど」
「侯爵は、また僕をフランスへ連れて行ってくれるかな」
「……祐ちゃん?」
まるで魂が抜け落ちたかのように立ち尽くす祐二を、ただどうする事も出来ずに見守る事しか出来ない健太だった。
(優夜に帰ろう……あの優しい夜の街へ……)
祐二の心が弾けて飛んだ。
16
あなたにおすすめの小説
【完結】禁断の忠誠
海野雫
BL
王太子暗殺を阻止したのは、ひとりの宦官だった――。
蒼嶺国――龍の血を継ぐ王家が治めるこの国は、今まさに権力の渦中にあった。
病に伏す国王、その隙を狙う宰相派の野心。玉座をめぐる見えぬ刃は、王太子・景耀の命を狙っていた。
そんな宮廷に、一人の宦官・凌雪が送り込まれる。
幼い頃に売られ、冷たい石造りの宮殿で静かに生きてきた彼は、ひっそりとその才覚を磨き続けてきた。
ある夜、王太子を狙った毒杯の罠をいち早く見破り、自ら命を賭してそれを阻止する。
その行動をきっかけに、二人の運命の歯車が大きく動き始める――。
宰相派の陰謀、王家に渦巻く疑念と忠誠、そして宮廷の奥深くに潜む暗殺の影。
互いを信じきれないまま始まった二人の主従関係は、やがて禁じられた想いと忠誠のはざまで揺れ動いていく。
己を捨てて殿下を守ろうとする凌雪と、玉座を背負う者として冷徹であろうとする景耀。
宮廷を覆う陰謀の嵐の中で、二人が交わした契約は――果たして主従のものか、それとも……。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
OUTSIDER
TERRA
BL
何故、僕らは出逢ってしまったんだろう。
裏社会の片隅で始まった、決して結ばれてはいけない二人の同居生活。
それぞれの思惑とは裏腹に、無慈悲に交差していく物語。
これは、孤独な世界で出逢った男達の抗えない愛の物語。
■一話完結日常編ほのぼのパートと少しシリアスな本編があります。数組のカップリングがあるので章のタイトルに載っているお好みのカップリングから読んでみてください。
人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない
タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。
対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる