昭和浪漫ノスタルジー「遥か彷徨の果ての円舞曲」

歴野理久♂

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四章 果て無き雲の彼方へ

No,81 優夜への復帰

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 絹子が立ち去ってから直ぐ、祐二は健太と共に部屋を飛び出し、佐伯の元へと向かった。
 健太はそんな状況を心配して同行を申し出たが、祐二はそれを静かに断り、今ひとりで佐伯の部屋の前に立っていた。

 呼び鈴を鳴らす。

「どうしました?君に会うのは二年振りだが、こんな風に突然やってくるとは…」
「佐伯さん、僕……」
 二人の間に沈黙が流れる。

「戻って来たんだね、優夜として…」
「こんな事、お願いできる道理では無いのですが……
もし、ご迷惑でなければ」

「まあ、とにかく入りなさい。話を聞こう」
 佐伯は祐二を招き入れた。

「どうしました?豪田さんと喧嘩でもしましたか?」
「いえ、そんな事ではありません」

「そうだろうね、そんな事で戻ってくるような君ではないね。そうか、分かった、もう理由は聞くまい。
君がこうして戻って来るからには、まあ、何が有ったかおおよその見当はつく」
「すみません……」

「ロモランタン侯爵がいらしているんだ。君の事をたいそう懐かしがっておいででね、どうかね、お会いしてみるかい?」
「今の僕で通用するでしょうか…」

「確かに侯爵は美少年の女装が好きだと言う一風変わった嗜好ではある。二十歳も過ぎた君が侯爵の歓心を買えるかどうかは、まあ、君次第だろう」
「二十歳どころか二十二歳です」

「だが君の語学の才は類い稀だ。中々あんなにフランス語を話せるものではない。
実は君の後を玲央が狙っているのだが、フランス語には随分と苦労をしているようだ」
「えっ、玲央が侯爵との占有契約を取ったのですか?」

「玲央はそのつもりで躍起となってはいるが、中々そう簡単にはいかないものだな。
若さと美貌だけが侯爵の歓心を買う武器ではないからね」
「そうですか、まだ誰も侯爵を射止めてはいないのですね?それなら僕は、その勝ち目に自分を賭けてみるしかありません」

「挑戦するかね?」
「お願いします。もう、僕はフランスにでも行くしかないのです」

「おやおや、それは深刻だ。
近い内に侯爵の主催で欧州風の夜会が開かれるが、君が出席すれば侯爵もことのほかお喜びだろう」
「夜会ですか?でも、今の僕には何の支度も出来ません」

「君のドレスも装飾品も、実はまだ処分せずに保管してあるんだ、私の思い出としてね」
「佐伯さん、それでは僕がいただいたあのお金は?
僕は、あれは処分をお願いして、それで得たお金とばかり思っていました」

「気にする事は無い。価値に相応しい代金を私が君に支払っただけの事です」
「佐伯さん、そんな……」

「後で一式送りますから、取り敢えず今日は帰りなさい」 
「いえ、それは……」

「おやおや?もう、自分の家にもいられない状況なのですか?」
「はい、取るものも取り敢えずここに伺ったので、とにかく一度は帰りますが、ただ、あの部屋にいれば今夜にでも明彦さんに会ってしまいます。
僕はもう明彦さんには会わない方が良いと思うので、急いで支度を整えたら、しばらくはどこかホテルで待機していたいと思います」

「そうですか。それでは荷物は後程そちらへ送ろう。ホテルが決まったら知らせなさい」
「よろしくお願いします」


──────────


 部屋に戻ると祐二は急いで身支度を整え、明彦に宛てた簡単な手紙を書き残した。
──手紙を目立つ所へそっと置く。


(さよなら、アキ兄ちゃん)


 そして祐二は、早速都内の安いホテルに移動した。今となっては高いホテルになど連泊は出来ない。

 侯爵主催の夜会の日が迫っていた──


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