昭和浪漫ノスタルジー「遥か彷徨の果ての円舞曲」

歴野理久♂

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四章 果て無き雲の彼方へ

No,93 悲しい決意

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 秋本は翡翠の指輪ケースを無造作にポケットへと仕舞い込み、早々に祐二の部屋を立ち去ろうとドアへ向かった。


(僕とアキ兄ちゃんが実の兄弟だなんて、もしこんなおぞましい事実をアキ兄ちゃんが知ったらどうなる?!)


 秋本は全く信用に値しない男だ。


(もしアキ兄ちゃんに僕と同じ絶望を味合わせる事になったら、その時は……!)


 祐二は蒼白の顔色に震える拳を握り締め、秋本の後ろ姿に叫び声を叩き付けた。


「いいか!この事は絶対に誰にも言うな!
もし誰かに話したら、その時は……おまえを殺す!!」


 鬼気迫る声に振り返る秋本。
「おいおい、穏やかじゃねぇなぁ!それが親に対して言うことか?」
 壮絶な祐二の言葉にさすがの秋本もたじろぎ、逃げるように部屋を出て行く。
 それを追うようにドアの内鍵をがしゃりと掛けて、祐二はその場に座り込んだ。

 祐二の足元から暗い闇が這い上がり、強い耳鳴りだけが拷問のように鼓膜を襲う。

 おぞましい血の因縁──

 許されざる血の宿業──  

 今や明彦に対し、到底肉親への愛情とはあまりにも掛け離れた性愛を抱く祐二にとって、実の兄弟だったと言うその壮絶な事実は、まさにこれまでの二人の関係を全て否定しなくてはならない、絶望的な真実だった。

 恐怖におののく祐二の脳裏に──明彦と睦み合い、愛欲に溺れ、快楽に身悶えする自分の姿が思い浮かぶ。
 それはあの時の──あの思い出したくもない、おぞましき父親から犯された恥ずべき屈辱と同質の行為なのか?

(僕たちは……あのけだものと同じか……?)


──兄弟相姦。


「うっ…!」
 突然襲いかかる激しい嘔吐に、思わず両手で口を塞ぐ祐二。


(アキ兄ちゃんと僕が血を分けたけ実の兄弟だったなんて 
……そんな……そんな)


 思い掛けぬ衝撃──

 激しい動揺──


 混乱した思考の中で、祐二は懸命に自分に問う。

──これまでの二人の関係を全て踏まえた上で、実の兄弟としての付き合い方に心から屈託無く切り替えが出来るのか?
 答えは否。

──それなら今までの二人の関係を何もかも水に流して、何もかも無かった事として割り切り、忘れる事が出来るのか?
 その答えも否。

──いっそのこと実の兄弟と知りながらそれを無視して、今まで通りの恋愛関係を平然と続けて行けるか?
 その答えこそ絶対に否。


(僕たちが実の兄弟……)


 呪文のように繰り返し唱えるその言葉に、祐二の全身は悪寒に震え、鳥肌が立つ。


(アキ兄ちゃんが好きだよ)


 祐二の唇が小刻みに震える。


(この気持ちは、どうしようもないよ……)


 見開いた瞳から一筋の涙がこぼれた。


(僕は……僕は……)


 その時、祐二は悲しい決意を固めた。


(僕たちの愛を、汚してはいけない……
せめてアキ兄ちゃんにだけは限りなく美しい、清らかな思い出としていつまでも……
そのためなら……僕は……
死ねる……)


 それは明彦への愛ゆえに揺るぎなく、そしてあまりにも悲しい決意だった。


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