昭和浪漫ノスタルジー「遥か彷徨の果ての円舞曲」

歴野理久♂

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四章 果て無き雲の彼方へ

No,94 決意のその先①

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 祐二が力無く座り込み、虚ろに宙を見つめているその時
──ついに明彦が到着し、飛び込んで来た。

「祐二!」

 乃木坂の豪田家から下北沢の祐二の部屋まで、急げばいくらも掛からない。

「アキ兄ちゃん!」

 祐二はまるでそれが十年来の再会のように、力一杯明彦にしがみついた。

「祐二!さっき電話で話した通りだ!豪田の父は、豪田耕造は俺の本当の父親だったんだ!」

 明彦のシャツを握る祐二の手が小刻みに震え、止まらない。

「実の父親だと分かった以上 、もう俺はあいつの思い通りにはならないぞ!
今更そんなことを言われて、はいそうですかなんて納得できるか!
あいつが俺の父親だなんて、俺は絶対に認めない!」

「アキ兄ちゃん……」

 興奮状態の明彦に祐二の異変など見抜ける筈もなく、むしろ祐二はそんな状況に感謝した。

「祐二、おまえが何を言うかは良く分かってる!
しかし今度ばかりはおまえが何と言おうと無駄だぞ!俺は絶対に豪田家を出てやる!」

「うん、分かった」

「え?祐二……おまえ……」

「一緒に暮らそう?ふたりで一緒に……」

「祐二……本当か?」

 思い掛けない同意の返事。
──意外な祐二の反応に、明彦の昂ぶりは瞬時で削がれた。

「もう、背伸びは止めたよ。強がりも言わない。
僕は、アキ兄ちゃんがとても好きだよ?だからすっと一緒にいたい……」

「おい……大丈夫か?何か有ったか?」

「何もないよ、えへっ……
ただ、これからは素直になろうと思ったんだ」

「祐二……」

「何もかも、アキ兄ちゃんの言う通りにするよ」

 明彦の胸に顔をうずめ、涙に堪えながらそっと囁くように祐二は語る。

「本当だよ?アキ兄ちゃんがそう望むなら、豪田家を出る事だって反対しない。
アキ兄ちゃんと暮らせるならそれでいい、僕はそれだけで幸せなんだ」

「祐二、分かってくれたか」

 瞳を合わせ、祐二は汚れ無き微笑みを満面にたたえる。しかしその瞳は溢れんばかりに潤んでいた。

「分かるも何も、僕はずっと前からそうしたかったよ?
アキ兄ちゃんが豪田の家を出て、誰にも気兼ね無く、ずっとずっと一緒に暮らす……
子供の時、そう約束したじゃないか」

「祐二……」

 明彦はひときわ強く祐二を 抱いた。
 そして祐二は、夢見るように潤んだ瞳で語り続ける。

「アキ兄ちゃん……二人で帰ろう。生まれ育ったあの海辺の町、帆ノ崎へ帰ろう。
あの町が好きだよ?潮騒の音と潮風の香り。秘密の入り江で夕日を見ながら、いつまでも一緒に暮らすんだ」

 明彦もあふれる笑みに顔を崩す。

「ああいいとも、二人で一緒に帆ノ崎に帰ろう。あの町で一からやり直すんだ」

 ついに祐二は涙を零した。
 懸命に嗚咽を堪えながら、しかし一度こぼれ出した涙は止めようもなく、またそれを拭おうともせず、ただ夢中で語り続ける。

「その気になればあの町にだっていくらでも仕事は有るよ。僕も何か仕事を探す。
あの家に住めば家賃も掛からないし、二人で協力して一生懸命頑張れば、きっと何とかやって行けるよ」

「祐二、泣いているのか?」

 祐二はまるで何かに憑かれたように、ひたすら明彦に語り続けた。


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