昭和浪漫ノスタルジー「遥か彷徨の果ての円舞曲」

歴野理久♂

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四章 果て無き雲の彼方へ

No,95 決意のその先②

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 祐二はまるで何かに憑かれたように、ひたすら明彦に語り続けた。

「僕はこれでも家事が得意なんだ、知ってるだろ?
アキ兄ちゃんの好物は子供の頃から変わってないし、料理も全然心配いらない。
掃除はアキ兄ちゃんも得意だよね?あんなにきれい好きなのに、でも案外着る物には無頓着だから、洋服は僕がしっかり管理しなくちゃ…」

「祐二どうした?なぜ泣いてる?」

 ついに祐二が激しい嗚咽に泣き崩れる。
 
「どうして涙が出るのか分からないよ。ただ嬉しくて、どうしようもないくらい嬉しくて、何だかどうしても涙が止まらないんだ」

「祐二……」

「アキ兄ちゃん、僕のことが好き?愛してる?」

「何を今さら」

「愛してる?本当に愛してくれている?」

「もちろんだ、愛してるよ、これ以上ないくらい」

「アキ兄ちゃん、抱いて……
もっと強く、もっともっと強く僕を抱いて」

「何だよ祐二、こんなにおまえを愛しているのに、俺を疑うのか?」

 明彦は祐二を抱く手に力を込めると、貪るようにその唇を塞いだ。


(アキ兄ちゃん、愛してる。
死ぬほど……!!)


 明彦からの熱いくちづけに全てを賭けようする祐二。
 そして長いくちづけの後、明彦は祐二の頬の涙をその指先でそっと拭った。
 優しさを込めて囁く。

「祐二、 長い間済まなかった」

「僕が自分で選んだ事だから」

「もう離さない!ずっと一緒だ 」

「ずっと一緒?もう、絶対に離さない?」

「祐二……」

「アキ兄ちゃん、それなら急いで豪田の家へ戻って?」

「祐二?」

「戻って、ちゃんとけじめを付けて来て」

 明彦の瞳に暗い陰が差し込んだ。しかしそれに構わず祐二は続ける。

「アキ兄ちゃん、だってこのままって訳にはいかないよ?
分かってるだろ?」

「ああ……それはそうだな」

「待っているから、僕はアキ兄ちゃんが豪田家とちゃんとして来るのを、ずっとここで待っているから」

 しばし苦しそうに目を伏せていた明彦だったが、意を決して祐二を見据える。

「祐二、多少時間は掛かるかも知れないけれど、だけど必ず何もかも清算させて、豪田家も物産も関係の無い、昔のままの俺に戻っておまえを迎えに来る」

「待ってる。僕、待っているから……」

「祐二!」

 尚さら愛おしい限りに頬を寄せる明彦だったが、しかし祐二はそんな明彦を急き立てた。

「飛び出して来たんだろ?
騒ぎが大きくならないうちに戻った方がいい、少しも早く……」

「ああ、分かった」

 明彦は後ろ髪を引かれる思いで立ち上がると、静かにドアに向かって歩き始めた。
 そんな明彦の後ろ姿に思わず声を掛け、呼び止めてしまう祐二だった。

「アキ兄ちゃん、あの帆ノ崎の家に椿を植えよう。
僕、今までわざとあの家には椿を植えなかった。
だって椿は二人の家にって、子供の頃からの約束だったから」

 明彦は振り返り、にっと笑った。

「そうだな、白い椿だぞ」 

「うん、もちろん。
沢山植えよう、毎年春には、白い花で一杯になるように」

「ああ、楽しみだな」

 明彦がそう言って部屋を出て行った途端、祐二の張り詰めた糸が切れた。
 再びその場に崩れ落ちる。


(早くこの部屋を始末しないと大変だ。
あいつはきっとまた来る。
もしアキ兄ちゃんと鉢合わせしたら、あいつはアキ兄ちゃんに何を言うか分からない。
……もう、この部屋には居られない)


 思い詰めた表情でじっと宙を見詰める。


(アキ兄ちゃん…… 
僕たちの愛は紛れもなく、純粋で美しい本当の愛だよ……
僕がきっとそうしてみせる。
永久に変わる事ない、美しい思い出に……)


 とめどなく溢れる涙に濡れて祐二は今、明彦との永遠の愛をまっとうすべく、残された最後の道を進もうと誓う。


(さよなら、アキ兄ちゃん)


 苦悩を乗り越え清廉の時を迎えた祐二の唇に、壮絶な笑みが浮かんだ。
 そしてその時、なぜか祐二は遠い海鳴りを聞いたような気がした──。


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