昭和浪漫ノスタルジー「遥か彷徨の果ての円舞曲」

歴野理久♂

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四章 果て無き雲の彼方へ

No,97 藤代の諫言②

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 そのあまりに突飛な内容ゆえに、明彦には到底、藤代の言葉の意味を解する事が出来ない。

「私が病院に駆け付けた時、社長には奥様が付き添っておられました。社長は奥様と私の前で、この事実を全てお話になったのです。
実は奥様はこれまで、明彦さんが社長の実子であった事も、そして祐二さんと実の兄弟であった事も何もご存知なかったらしく、大変驚かれておりました」

「ふ、藤代さん……」

「今回の話の出どころは、どうやら縁談絡みの調査で奥様が祐二さんの存在を知ったところから始まったようです。
しかしながら奥様は、お二人を単なる幼なじみだとしか思っていなかった」

「待ってください……」

「逆に社長は奥様から祐二さんの存在を報告されて、離ればなれだった筈のお二人が再会し……その、つまり、兄弟でありながら別の意味で親密な関係を築いている事実に驚愕したと……そう言う事なのだと推察致しました」

「藤代さん……」

「明彦さん、貴方はこの事実を知った上で、今後祐二さんに対してどう向き合うおつもりですか?
私は、お二人の関係がただの幼なじみでないという事を十分に察しております。そして今回の調査で社長もそれを知るに至った!」

「あ……」

「私は知っていて、今まではあえてその事に触れなかっただけなのです。
それは人間誰しもが持つプライバシーな事柄とも理解し、このような事態にさえならなければ私はずっと、お二人については見て見ぬ振りを続けるつもりでいたのです」

「あの……」

「が、しかし今回、お二人の関係を社長までが知っておしまいになった。そして社長はお二人が血を分けた兄弟だと知っていたからこそ、激しく動揺なさったのです!
私だって同じです!お二人が実の兄弟だと知った以上、黙って見ぬふりは出来ません!
貴方は祐二さんに対する愛を錯覚している!
あなたは血の繋がった実の弟に対し、歪んだ愛情を抱いているのです!」

 あまりの事に言葉さえ失う明彦に対し、藤代は懸命に訴える。

「明彦さん、どうかどうか私の話を冷静に受け止め、賢明なご判断をなさって下さい。
過ぎてしまった事はどうしようもありません。しかしこれからでも修正は出来ます。
貴方は豪田家の正当な跡取りであり、物産の後継者なのです。どうか正気を取り戻し、思慮深く人間的な行動に出られますよう、この通り伏してお願い致します」

「待ってください藤代さん」

 額に汗をにじませながら明彦が辛うじて言葉を挟んだ。
──しかし説得に夢中の藤代の耳には届かない。

「明彦さん、貴方にはそれが出来る!私はそう信じているのです!!」

「僕には藤代さんが何を言っているのか分からない!!」
 明彦はついに力の限りに声を上げた。

 瞬間はっと我に返り、自分らしくもなく興奮してしまった事を恥じ入る藤代──

「……そうですね、つい先を急いでしまいました。
順を追って、初めから何もかもご説明しなければ到底理解できる筈もありませんね。
大変失礼を致しました」

「本当なのですか?僕と祐二が……」
「はい、これから何もかもお話し致します。社長と静枝様の出会いから……
どうか私の話を最後までお聞きになり、お二人が実の兄弟だというこの事実を冷静に受け止めていただきたいのです。社長も、ただそれだけをお望みになっておられます」 

 淡々と語り出した藤代の話を黙って聞きながら、明彦の脳裏には子供の頃からの様々な情景が思い浮かぶ。
 そして──長い時を隔てた後にやっと結ばれた、この二年間の数々の幸せな想い出。


(どうしろと言うんだ……
この長い年月、ただ祐二だけの事を思い、ひたすら愛し続けてきた俺の気持ちは……)


 あまりに激しい衝撃のためか、明彦の思い詰めた瞳からは涙も出ない。
──漠然とした意識の中で、何かが明彦を揺さぶった。


(はっ!!)


 突然、明彦の全身に鋭い閃光が走り抜ける。


(俺は、秋本と同じ事をしたのか!肉親を、血を分けた弟の身体を凌辱した!!)


 思い付いてしまったその瞬間、艶めかしくも美しい祐二の白い裸体が思い浮かぶ。


(あさましい!!)


 眉間に縦皺を寄せ、明彦は激しく唇を噛んだ。


(愛おしい祐二……
愛している!
愛している!
愛している!
……俺は、この熱い思いをどうしたらいいんだ!!)


 まるで魂の抜け殻のように表情を失った瞳。そんな明彦の脳裏にふっと隙間風が通り過ぎた。


( 祐二……)


 明彦は虚無と共にため息を吐いた。


(終わったな……何もかも、全て……)


 確かにそれは、明彦の人生にとって最も輝いていた青春と言う季節の終わりを告げる、宿命的な血の真実だった。


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