118 / 121
四章 果て無き雲の彼方へ
No,98 父の真実
しおりを挟む藤代の話により全てを知った翌日──明彦は病室の父を見舞った。耕造は一人静かに横たわっていた。
「明彦か……」
「父さん、昨日は僕が感情的になったばかりに、父さんをこんな目に……」
「いや、お前のせいではない。元々医者からは言われていたのだ、重い業務からは離れて静養するようにと」
「そんな!そんなお父さんに対して僕はあんな事を……」
「それより明彦、心の整理はついたのか?」
「それが……昨日藤代さんから話を聞いて以来、夜も眠れずに苦悩しています。そして心はぐじゃぐじゃです。
何をどう考えたら良いのか、まるで分かりません……」
「分かるぞ。私にもそう言う年頃があった。お前の母親の事では心底思い悩んだものだ」
「父さん……」
「そして今回、私もお前たち二人が再会し、つまりその、親密になっていると知って動揺した。しかしそれを高圧的に押し潰そうとしたのは私の間違いだった。
お前が昨日、家を出て行くと言って飛び出した時に私は知った、どんなにお前の事が大切かを……」
「父さん?」
「明彦、お前が可愛い……
私の生涯で一番の喜びは、お前の存在そのものなのだ」
「え?」
「子供など持てぬと諦めていた私が、お前の存在を知ってどれほど歓喜したか……
私は、お前の事を心底息子として愛おしいと思っている」
「そんな、父さんの言葉とは思えません」
「確かに、全くそうだな。
私はずっと冷徹な養父を演じなくてはならなかった。
だがそれも終わりだ。
ああ、こうしてお前に対する本当の気持ちを、口に出して言える日が来ようとは……」
「父さん……」
「いいか、よく聞いてくれ、私もこの歳まで広い世界を渡り歩き、多くの人と関わって来た人間だ。世の中に同性愛と言う観念が有るのも良く知っている。
が、私はそんな事でお前を責めたり否定はしない。それより、お前が大切な息子だと言う心情の方が、私には遥かに大事だ」
「……父さん」
「しかし……兄弟と言うのはどうだろう……元より近親姦は禁忌とされるが、同性なら許されるのだろうか?
私にはどうしてもそれが受け入れ難い……」
「それは……僕も、それを知って絶望しています。まさか祐二が実の弟だったとは……
俯瞰で見れば倫理的にも道徳的にも、決して許される事ではないと僕は思います。
でも今の僕には、この受け入れ難い事実をどう消化して、この抑えきれない思いにどう収拾を付けるべきなのか……
全く支離滅裂で結論が見えません……」
「人間の感情など、そう安々と解明出来るものではない。とにかく今は思い悩むしかないだろう」
「父さん……」
「絹子からの報告を受け、調査書に添付されていた彼の写真を見て驚いた。
彼は静枝に生き写しだ。
私は、これは静枝ではないか?と、声に出してしまいそうなくらいだった」
「え?」
「お前は私に似ているがな」
「はい、今の僕にはそう思えます」
「実は私は、昔から彼もお前の弟として、一緒に養子に取りたいと願っていた。何せ彼はお前の弟だと言うだけでなく、私にとっても掛け替えの無い静枝の産んだ子供だ。
だが、それはずっと秋本に阻まれていたのだ。父親である秋本の承諾を得なければこの話は成立しない」
「父さん、そんな事を考えていたんですね」
「だが、もしそうなれば晴れてお前たちは戸籍上でも兄弟だ。もしそれが叶ったら、お前たちは普通の兄弟としての真っ当な関係に、軌道修正する事は出来るか?」
「父さん……それは……とても難しいと思いますが……」
「まあ、今直ぐ答えを出せとは言わん。しばらく良く考えてみなさい」
「はい……」
「あと、絹子には本当に申し訳なかった。お前が私の実子で有ることも、お前たちが兄弟であることも、何も知らせずに今に至ってしまった。
絹子は男同士の事など何も知らん。お前たちの事もただの幼なじみと思っていたくらいだ。そこはおもんばかってやってくれ」
「分かりました……」
「静枝の……お前の母親の墓が有るのだ」
「え?」
「帆ノ崎に元々加藤家の墓が有って、静枝がそこに埋葬されている……
行ってみるか?」
「はい、是非……!」
つい昨日、あれほど激しく憎んだはずの父親なのに、今は不思議と心が通じる。
病室に横たわる父親の顔は頬がやつれ、精彩が失せたように見受けられた。
明彦は父親の回復を心から祈り、病室を後にした。
18
あなたにおすすめの小説
【完結】禁断の忠誠
海野雫
BL
王太子暗殺を阻止したのは、ひとりの宦官だった――。
蒼嶺国――龍の血を継ぐ王家が治めるこの国は、今まさに権力の渦中にあった。
病に伏す国王、その隙を狙う宰相派の野心。玉座をめぐる見えぬ刃は、王太子・景耀の命を狙っていた。
そんな宮廷に、一人の宦官・凌雪が送り込まれる。
幼い頃に売られ、冷たい石造りの宮殿で静かに生きてきた彼は、ひっそりとその才覚を磨き続けてきた。
ある夜、王太子を狙った毒杯の罠をいち早く見破り、自ら命を賭してそれを阻止する。
その行動をきっかけに、二人の運命の歯車が大きく動き始める――。
宰相派の陰謀、王家に渦巻く疑念と忠誠、そして宮廷の奥深くに潜む暗殺の影。
互いを信じきれないまま始まった二人の主従関係は、やがて禁じられた想いと忠誠のはざまで揺れ動いていく。
己を捨てて殿下を守ろうとする凌雪と、玉座を背負う者として冷徹であろうとする景耀。
宮廷を覆う陰謀の嵐の中で、二人が交わした契約は――果たして主従のものか、それとも……。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
OUTSIDER
TERRA
BL
何故、僕らは出逢ってしまったんだろう。
裏社会の片隅で始まった、決して結ばれてはいけない二人の同居生活。
それぞれの思惑とは裏腹に、無慈悲に交差していく物語。
これは、孤独な世界で出逢った男達の抗えない愛の物語。
■一話完結日常編ほのぼのパートと少しシリアスな本編があります。数組のカップリングがあるので章のタイトルに載っているお好みのカップリングから読んでみてください。
人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない
タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。
対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる