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(9) 復活(2)
しおりを挟むいつもスパッツははいているため、困ることはない。
などと思っている場合ともゲンコは思わなかった。
現場に駆けつけて、集中が解けてからはちらりと頭のすみに浮かんだことだ。
ポケベルで連絡を受け、電話で状況を知った。街中に怪物が出現した。当然、時刻は昼もちかいころだ。
もちろん、そういう例があると聞いてはいた。
頭にうかんだのはかるい混乱だった。組織のほうの様相にあてられたこともある。
知らせをはかった人間はおおむね、泡を喰ったとみてまちがいないだろう。
(思ったより人が多いじゃない!)
レシーバーを受けとっているひまは惜しい、が、現場に突入する以上は装着するタイムロスは要った。
雑に結び終わっていた髪をひるがえす。
さいわいにも、怪物はすべて人目につかない路地にさそいこんでいた。包囲班の連携の妙だ。緊張した状況下にも仕事をおこなう鉄のような精神性に、内心舌を巻く。
確認されたのは三体。
なまなましく散乱するガラスやだれかの携帯電話、ハンドバッグといった、騒動の痕跡をながしつつ、路地に突入する。
奇襲をかけているひまはない。瞬時に思い浮かべているのは、求められているものがちがうということだ。
原則としてガットギターは反撃を想定した距離までぎりぎり空けて攻撃をあてる。今はその場合はないから、即、入って目にした怪物の一体に向かう。
具体的な間合いというのは、ゲンコ自身にしかわからなかったが、斬りむすぶ使いかたをするようであるかぎり、接近するほど深く斬りつけることができる。
ぬらぬらした怪物の巨体を視界いっぱいにして、指をはじく。人間の腰のようにくびれたところが、一撃で両断された。こちらの足音を察知して、怪物の一体が気づく。
もう一体は、路地のはしの軒先に追いつめられた包囲班の人間に目がいっている。目があるのかもわからない、大きな触手をたれさげた格好だが。
包囲班の人間は二人おり、一人がべったりと血をながして倒れている。もうひとりは銃で応戦していたようだ。さらにひとり、地面になかば倒れこんだ男がいる。
位置関係からみて、逃げおくれた男を包囲班がかばったのだろう。血を流しているひとりは出血がはげしい。
(よっと)
体をたちあげた怪物が視界をふさぐ。指一本でも惜しい。思ったより数段速くふりおろされた奇妙な爪をくぐる。左右で太さがちがう足を切り落とす。
そのままもう一体へ肉薄して指をはじく。いや、はじこうとしたが止まった。なかば倒れていた男にむかって、怪物が進路を変えあまつさえつっこむ動きをみせた。
それまで銃を撃ってひきつけていた包囲班に気をとられていたのだ。
ゲンコはまにあわないと思った。右脚で地面を蹴り、なりふりかまわず蹴り足にした左脚を、怪物の側面にたたきこむ。
跳んだせいで体勢がくずれた。かまうまい。そのまま指をひくと、意表をつかれた怪物の体が鼻先にせまるほど近くではじけとぶ。
ゲンコはもろにとびちった肉片と体液をかぶった。問題があった。服ではなく、視界が阻害される。足を切り落とした個体は、致命傷を負っていない。
ばっとぬぐうと顔にかかった体液ははがれた。が、体勢をくずしたまま猛然と爪をふりおろすべくせまった、片足のない巨体を視界いっぱいにいれる。
大きな体だ。人間の三倍くらいはちょうどあるか。体の片方にだけ針のような毛がおおっており、腕はふりあげた爪のほうだけが不自然に大きい。
片足をもがれたくらいでは痛くもかゆくもない、という動きでせまっている。
ゲンコは目をこらした。
次の瞬間、怪物の巨体ははじけている。
正確には一撃ではなく、一瞬動きが止まったのだ。そのあとすばやく背後から斬りつけられた。異様にはやい斬撃だった。
返す刀で一撃。さらに怯んだところへ、はかったように一撃。ぜんぶで三撃。
怪物は体液をまきちらして、地面にくずれていた。べしゃりとした巨体のむこうで、だれかが立っている。
女だった。ゲンコと同じくらい若いから、少女といったら正しいかもしれない。
背が高く、どこか日本人ばなれしている。返り血がちった顔に、あざやかな青い目が見えた。髪も赤みがかっていて、なめらかだが錆色を思わせる。
偶然だが目が合った。
少女は一瞬けげんな顔をした。が、すぐにひるがえしてゲンコのわきを走り、反対の路地のほうへ走り去った。
ゲンコは体を起こした。立ち上がって、怪物の体を確認する。死んでいるのを確認しなければならない。
(あれはちがう?)
とっさに思いながらも、手早く三体とも確認を終える。それからレシーバーで、怪我人の有無を知らせながら、倒れている包囲班、それとかばわれた男にむかう。
一撃と三撃。手にしていた二本のカタナのようなもの。一本は短いもの。
ゲンコらとともに派遣されてきたグリニザ本部の人員ではない。
後始末はだいぶかかりそうだったが、ゲンコには一時間ほどすると手が空くようだった。
先にもどるよう言われ、はなれようとした現場のなかでゲンコはウェルフの姿を確認し、走り寄った。
「お疲れ様です」
言うと、ウェルフはうなずいた。ゲンコのあいさつはかなりずれていたのだが、それは言わない。
「警察ですか」
「いまからな。それより負傷したと聞いたが」
「軽傷です」
手当ても終わっている。二体めの足を斬るさい、近づきすぎた。左肩に爪がかすったのだ。ウェルフは防弾チョッキからなるものものしい服装をしており、包囲班と同じような装備だった。いまは銀髪をキャップで隠し、ヘルメットは脱いでいる。
タバコを携帯灰皿で消しながら、ぼやく。
「面倒なことになったが、しかたない。こっちの都合なんかお構いなしだ、怪物は」
「例の闖入って、ペンライトですよね」
「そうだ」
ウェルフは、あっさりと肯定した。
光はなつ剣尖、ペンライト。ペンライトは、グリニザ内の呼称で、ほかにはアントウェルペン。
ガットギターと同じエイブリーと呼ばれるもの。
この武器、もしくは道具をあつかう人間は一人しかいない。特定されてもいる。
ルチャドール、もしくはノーフェイスエージェントと呼称される。グリニザに所属するものでない人物である。
顔も名前も不明。男性であると推察されている。
(フィスト)
グリニザと対立する組織。もっとも、怪物の駆除という表面的な業務は同じである。
母体となっているのが、グリニザの元ドイツ支部になる。フィストの立ちあげとともに、必然的に消滅している。独立に際してもともとのドイツ支部としての資産をそのままもっていったことで、おそろしくグリニザの不興を買った。現在の対立のおもな原因のひとつとされている。
そのフィストが現在、ペンライトを所有している。と、言われている。フィスト側は認めておらず、非公式の事実として葬られている。そういうわけでそのペンライトを持っているルチャドールもあくまで公式にはフィストの所属ではない。
闖入者はルチャドールとみていい。判断基準としては過去の事例から、一気に八体の怪物を斬りふせる。また、闖入者が斬りつけた怪物は、だいたい一刀で斃されている。そういう手際をもった該当者がいない。
ペンライトの特徴とも一致していること。
「この街を中心に起きてることを考えればグリニザと同じ行動原理をもつフィストもよその組織も、当然把握して介入してくる。ともいえる」
歯切れのわるい言いかたをする。
ゲンコは黙っている。そこのあたりを考えるのは、自分の主目的ではないし、業務ともちがっている。ウェルフは気にしている、というだけだ。
「今回の闖入にかんしては、別件として考える。ご苦労だった。またぞろたのむ」
「待機します」
ゲンコは頭をさげた。
洗浄処理のため、待機している車両へ小走りにいく。ウェルフはべつの車両で移動するようだった。
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