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(31) 新世界より(2)
しおりを挟む他人に迷惑をかけてはいけない。
ただ、手遅れであることはある。
私は生まれたことが、間違いだった。
それを、もっとスケールを縮めてみて、生きているだけで迷惑というにはすこしかかりすぎである、一人の人間にはやっていい範囲がある、そういう負担を周囲に強いる人間である。
そのぶんは、フォローすればいい。
そのために人間には努力というものがある。だれもがやっている。
生きるうえでの努力に、疲れたり摩耗したりする人はいる。でも、そのうえで捨てたりする人はいない。
オーバーな言い方をすれば、それが犯罪であったり人を排したりすることであったりはするだろう。それは結果論だ。
そのたくましさこそ人間のすばらしさで、事実、人間はすばらしい。
ただ、その域である平均値に自分を近づけることが、誰しもにはできることではない。
はじかれる少数の人間がいる。
そう考えたとき、私は自分が外にいると思う。その数がどうであれ、すばらしい人間になりたいと思う。
あるいは、人間になりたい、と思っていた。
魂のいれもの。
精神の付着物。
そんなことを思うようになったのは、もろもろのことを知ってからだ。
車椅子や、杖を使って歩いた道。
さんさんと鳴る太陽。
森から持ってきたような青くかがやく広葉樹。あつぼったく冬めいた葉っぱの、陽と風と水とをためた手のひら。
雨の落ちる肩。
背後に、ならんで歩く人。母の胸もと。
ようするに、庇護するだれかではない、私を肉親と認めて、ときどきまっすぐに意思をこめて娘と呼んでくる。
唯一無二の友達。
複雑な感情をはらんで、同時にある瞬間に溶けるのを実感したそういう存在だった。
それがもういないなどと、いまさら受け入れることはできなかった。
できなかったが、受け入れた。あるいは受け入れて、受け止めることはしなかった。
もういない。
ある日、別れることもできずに目の前から消えることも死ぬこともなく消えた。
でも、本当の母娘もきっとそういうものでしょう?
納得のできる別れかたなんて、いったい何人ができるのでしょう。
それが起きたとき私は子供だった。
いまはおなじく子供でも、すこしはまともに近づいた。
誰に軽蔑され、誰に認められない瑕疵しかない欠点だらけのどうしようもない人間でも私は娘なのだ。
タエコ・イソーテの娘なのだ。同時に娘でもなんでもないのだ。
あの人の皮膚かなんかから産まれて培養された細胞なのだ。
人の卵子から生まれても、人間ではないクローンなのだ。
勝手な想像が浮かぶのだ。
私は母と瓜二つであるという。
なら、そこへ死んだ母の魂や何かを入れたのなら、彼女は生き返るのでは?
中身をいれかえたのなら、それは彼女当人ということに変わるのでは?
理性ではわかっている。
死んだ人間は生き返らない。
だが、もしその手段があるのなら?
本来生きるべきではなかった自分のかわりに、死んでしまった母を生きながらえさせることができたのなら、それは正当なのではないか?
それは、正しい流れなのでは?
そのようなばかばかしい想いが、いつまでも自分の中にくすぶっている。
生き残った人間がいるのなら、それは自分の生をまっとうするべきなのだ。
だが。
死者の掟を記した書物。
架空で不完全な、だが、実在する奇怪の書。
その書物には異世界の怪物と死者の魂までも召喚できる可能性があったという。
その実現性は問題ではなく、それがあるいはできるかもしれないという不確実性の存在。
一説には淡い実在感が、かすかにくすぶる期待をひきよせ、願望に変えるらしい。
であれば、私は操られてここへ来た。
望まないまま望み、魔道書を渇望するうさんくさい旅路についたのだ。
「だが、その願望というのははたしてどこからきたのだろうか」
おもしろがるような声だった。
「その書があるということを。きみはいったいいつどこで知ったのだ?」
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