ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

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肆ノ章:狂宴

第109話 戦の狼煙

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 その大きな腕は、黒く染まっていた。やがて上半身が池の中から出て来るが、同じく漆黒に包まれていた。黒く塗りつぶされたような皮膚だと思ったのだが、それは間違いである。こびり付いていたのだ。吸い込まれるようなどす黒いヘドロじみた液がである。それが、”果実”に由来する類の代物だというのは、前に見せてもらった果実の不可思議な色合いによく似ていた事からすぐに推測できる。

 液が剥がれ落ち、池の水も黒く染めていく。そして露になったのは筋線維だとか臓器といった生々しいものでは無い。骨だったのだ。真っ白な…しかしその表面には、幾千万もの悲鳴を上げる顔の様な物が彫り込まれている骨組みが現れた。至る所に棘と思わしき突起物が備えられ、巨大な頭部には血走った眼球のみが宿る。そしてどこから出しているのか分からない雄叫びを、地鳴りと共に迸らせた。

「がしゃどくろ…!!」

 佐那から教わった妖怪の名を龍人は口走った。だが彼女から座学で教えられた姿とは、だいぶ異なっている。怨念の集合体という性質を持つ妖怪であるため凶暴だとは聞いていたが、ここまで毒々しい見た目ではなかった筈だ。となれば答えは一つしかない。”果実”によって何がしかの細工を施されているのだろう。

 そう思った矢先に、がしゃどくろの腕が迫って来た。避けようにもその巨大さの前には、どう足掻いても間に合わない。防ぐしかない。すぐさま印を結んで壁を出すが、それも無駄だった。がしゃどくろは容赦なくそれを破壊し、そのまま龍人を叩き飛ばす。叩き飛ばした先の、丁寧に育てられたのであろう松をへし折ってしまいながらも、龍人はやっとこさ立ち上がって汚れを払った。

「龍人 !」

 がしゃどくろが龍人の方を向いて動き出そうとした直後、空からの射撃によって制止させられる。その隙にレイが駆け付け、龍人の隣に立った。

「がしゃどくろやろ…アレ。骨が折れるわ」
「髑髏だけにってか ?」
「やかましいねん。先にシバかれたいんかアホ」

 思っていたより余裕がありそうな龍人に安堵しつつ、レイは武器を取り出し始めた。龍人も同時にスマホで佐那に連絡を取ろうとしたのだが、ここで致命的な失態に気付く。先程の攻撃のせいで叩き割られていた。

「買い替えたばっかだぞこれ…」

 一瞬だけ項垂れ、スマホを放り捨てた龍人は苛立ちの籠った目でがしゃどくろを睨む。そして再び武装錬成を発動した。



 ――――町の各地では、阿鼻叫喚が始まっていた。功影派が黒擁塵を介し、次々と暗逢者を召喚し始め、それらが見境なく住人達を襲い始めていたのだ。危険を察知して引き籠る事が出来た者は幸運だったが、警報すらも無く唐突に起きた意図的な人災に対し、あまりにも無警戒過ぎたのだ。

「早く、こっちに !」

 涙目で我が子の手を引っ張りながら必死に逃げる妖怪がいた。親子の背後には目に入った妖怪たちをいたぶり、踏み潰し、食い殺しながら追いかけて来るおおだらごの群れが近い。そしてついに、道路を渡ろうとした親子の背に向けて、一匹のだらごが飛び掛かった。

 刹那、猛スピードで突っ込んできたピックアップトラックがだらごを撥ね飛ばした。フロント部分が凹みこそしたが、ぶつけられた側のだらごについては全身の骨が折れたまま倒れ、血反吐を吐いている。そのピックアップトラックから亜弐香が現れ、スーツのジャケットを脱いだ。

「車の中、入ってていいですよ」

 親子に向けて爽やかな笑顔と共に告げると、袖を捲って群れの方へと向かって行く。その直後、背後に慌てて止められたセダンから源川も姿を見せる。妖怪の親子に対して、自分の車の方がくつろげると唆して避難先を変更させてから、亜弐香の元へと駆け寄って来た。

「若頭、こんな所で道草食ってて良いんですか ?」
「旅は道連れって言うし ?」
「霧島龍人を探すんでしょう ? どこにいるかも分からない以上、余計な時間は―――」

 源川が彼女を急かそうとする最中、地鳴りと咆哮が響き渡る。その方角を二人と、だらごの群れは一斉に見た。

「たぶんあれだよね」
「最近の大きな騒ぎには、あの男が大体絡んでますからね。自分が引き受けますから行ってください」
「オッケー」

 躊躇いはなかった。首を鳴らす源川を尻目に、亜弐香は即座に自分のトラックへ乗り、アクセルを踏んで走り出す。源川が死ぬことは無いだろうという、彼に対する安心感と信頼のなせる行動であった。それよりも自分は目的を優先しなければならない。霧島龍人、彼を見つけ出して”友達”にならなければ。
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