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弐ノ章:生きる意味
第51話 お誘い
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「快楽物質 ?」
後日、とある地下の研究施設にいた龍人が首をかしげる。大量の薬瓶、見慣れない実験器具、嵐鳳財閥の関係者と思わしき白衣姿か防護服を身に纏った作業員たち。インテリ以外お断りといった雰囲気に満ち溢れているその場所は、颯真が責任者となっている生体化学棟と称される財閥の区画であった。
「そうだ、ホルモンを分泌させて暴力に対する欲求を増幅させてるに違いない。こいつを見てくれ。鼠を使った実験で”果実”の一部を投与した個体が引き起こした。ビックリするだろ ?」
同じく雑に白衣を羽織っている颯真が、目の前からどいた。彼が指し示す先にはガラスケースがあり、数匹の実験用と思わしき鼠の死骸…そして一匹だけ生き残っている鼠だった物があった。なぜそのような言い方をしたか。それは、鼠と呼ぶべきか判断に困る奇怪な何かがいたからである。
四本の足が異常に伸び、筋肉が発達した影響なのか恐ろしい程筋張っている。爪は伸び、口が裂け、体毛は抜け落ち、膨れ上がった目玉をしきりにぎょろぎょろと動かしながらケースの中をちょこまか走り、外へ出たがるかのようにガラスの壁を引っ掻いていた。口や前足についている血から、何が起きっていたのかは言うまでもないだろう。
「一番小さい個体だったってのに、あっという間にこれだぜ。他にも何匹か使って試したが、効き目に差はあれど似たような結果になった。接種をさせる事で精神の興奮を引き起こして、稀に肉体を変化させる」
「こんな化け物になるのか ?」
「そこが問題だ。変異については、個体に差が出たんだよ。他の職員が使った別の鼠は、翼を生やして空を飛んだりもしたらしい。精神に作用するって点からするに、生物の持つ願望や意思に応じて変異の仕方も変わるのかもしれない。まあ、そうなるのは稀だ…大体はちょっと見せられないくらいにおぞましい奇形になって、すぐにくたばって死んじまった。調査用に死体残してんだけど、ホルマリンに漬けるとこ見るか ?」
「いや…やめとく」
この後の予定もあってか、気分を悪くするような物を脳裏に焼き付けたくはない。そんな思いから龍人は誘いを拒否し、共に訪れていた佐那の方を見る。久しぶりに出張もない休暇という事もあってか、Tシャツに灰色のデニムという大雑把な組み合わせだった。
「私が風巡組のアジトで見たのも、この”果実”を食わされた雪女の可能性が高い…それで合ってたかしら ?」
「ああ、たぶんそれで間違いない。暗逢者たちの大半も、そうやって増やされたんじゃねえかな」
「大半ってことは、そうじゃないやつもいるって事か?」
「何だ、思っていたより鋭いな。この間のだらごの死体から採った遺伝子のサンプルと、臓器に残っている体液を調べてみたんだが、暗逢者にも大きく分けて二つあるって事が分かった。残留している”果実”の成分が混ざっている個体とそうじゃない個体があるって部分からするに、きっと”果実”を食わされて後天的に暗逢者にされた連中と生まれた時から暗逢者な天然物で分かれてる筈だ」
颯真はチラリと腕時計に目をやり、龍人たちを指で誘って部屋を後にする。乱暴に白衣を脱いで近くにいた職員に渡し、自室へ戻ろうとする。おやつの時間であった。
「”果実”がどうやって、そして誰によって作られた物なのかを調べる必要があるな。そのためには功影派の連中も含め、怪しい動きをしている勢力に近づいていく他ない」
部屋に戻ると、私生活用のテーブルの前で秘書の織江が忙しく動いていた。やがてこちらを振り向き、一礼をしてから三人を席へ誘導する。淹れたばかりのカモミールティーと、生クリームを程よく乗せたシフォンケーキが準備されている。
「織江ってば、めちゃくちゃお菓子作るの上手いんだぜ。今日だって二人が来るって言った瞬間厨房に籠り出しちゃってさ。ホント仕事も出来るし、多才だし、逆に何が出来ないんだよってレベルなんだ」
「前任者たちが大したことないだけです」
「無情だねえ。そういうとこも好きだよ」
織江を褒めつつ、颯真が笑いながら席に着く。龍人もそれに続いたが、フォークを手に取った直後に携帯が震えた。メッセージアプリからの通知だった。
「んだよ、こんな時に…げっ」
以前に比べて慣れた手つきで画面を開いた龍人は、表示されているバブルから発信者を確認する。レイだった。
”この後暇か~ ?”
回答に困る質問であった。互いに様子見をしていきたいという事もあってか、ひとまず連絡先を交換したは良いが、いきなり向こうから話しかけられるとは思っていなかった。それにこの手の質問は、暇だと答えたら碌でもない誘いがっ待っていると相場が決まっている。
”どうかしたのか ?”
お前が出してくる提案次第だと言わんばかりに、龍人は問いかけをそっちのけにして疑問文で返してみせる。
”質問に答えんかい卑怯もん”
怒っているかのような絵文字付きでそんな返信がすぐさま返って来る。意図が看過されてしまっていたのだろう。降参であった。
”時間作ろうと思えば作れる。そんだけ”
”ほんなら決まりや。今晩、一仕事付き合ってや。飯奢るで”
龍人は無言で一連のやり取りをしたスマホをテーブルに放り、颯真と佐那と織江の目に触れさせる。
「行って良い ?」
あまり変な事に首をつっこっむ事は避けたいのか、龍人が茶を啜ってから不安そうに尋ねた。
「まあ良いんじゃねえのか ? 今は手がかりがほとんど無えんだ。少しでも情報収集できる範囲を広げて置かねえと」
「同感ね。あなたがそうやって関係を維持してくれてれば、その内功影派に近づける可能性も上がる。今はまず、彼女から信頼を勝ち取る事を考えなさい…ところで今日は夕飯はいらないって事でいいのかしら ?」
「あ~、うん…いらない。はぁ、結局俺任せかよ」
どちらも異論を唱えず、龍人を送り出す気満々であった。これじゃあまるで体のいい鉄砲玉ではないか。そんな不満を抱きながら龍人は渋々シフォンケーキを齧る。美味かった。
後日、とある地下の研究施設にいた龍人が首をかしげる。大量の薬瓶、見慣れない実験器具、嵐鳳財閥の関係者と思わしき白衣姿か防護服を身に纏った作業員たち。インテリ以外お断りといった雰囲気に満ち溢れているその場所は、颯真が責任者となっている生体化学棟と称される財閥の区画であった。
「そうだ、ホルモンを分泌させて暴力に対する欲求を増幅させてるに違いない。こいつを見てくれ。鼠を使った実験で”果実”の一部を投与した個体が引き起こした。ビックリするだろ ?」
同じく雑に白衣を羽織っている颯真が、目の前からどいた。彼が指し示す先にはガラスケースがあり、数匹の実験用と思わしき鼠の死骸…そして一匹だけ生き残っている鼠だった物があった。なぜそのような言い方をしたか。それは、鼠と呼ぶべきか判断に困る奇怪な何かがいたからである。
四本の足が異常に伸び、筋肉が発達した影響なのか恐ろしい程筋張っている。爪は伸び、口が裂け、体毛は抜け落ち、膨れ上がった目玉をしきりにぎょろぎょろと動かしながらケースの中をちょこまか走り、外へ出たがるかのようにガラスの壁を引っ掻いていた。口や前足についている血から、何が起きっていたのかは言うまでもないだろう。
「一番小さい個体だったってのに、あっという間にこれだぜ。他にも何匹か使って試したが、効き目に差はあれど似たような結果になった。接種をさせる事で精神の興奮を引き起こして、稀に肉体を変化させる」
「こんな化け物になるのか ?」
「そこが問題だ。変異については、個体に差が出たんだよ。他の職員が使った別の鼠は、翼を生やして空を飛んだりもしたらしい。精神に作用するって点からするに、生物の持つ願望や意思に応じて変異の仕方も変わるのかもしれない。まあ、そうなるのは稀だ…大体はちょっと見せられないくらいにおぞましい奇形になって、すぐにくたばって死んじまった。調査用に死体残してんだけど、ホルマリンに漬けるとこ見るか ?」
「いや…やめとく」
この後の予定もあってか、気分を悪くするような物を脳裏に焼き付けたくはない。そんな思いから龍人は誘いを拒否し、共に訪れていた佐那の方を見る。久しぶりに出張もない休暇という事もあってか、Tシャツに灰色のデニムという大雑把な組み合わせだった。
「私が風巡組のアジトで見たのも、この”果実”を食わされた雪女の可能性が高い…それで合ってたかしら ?」
「ああ、たぶんそれで間違いない。暗逢者たちの大半も、そうやって増やされたんじゃねえかな」
「大半ってことは、そうじゃないやつもいるって事か?」
「何だ、思っていたより鋭いな。この間のだらごの死体から採った遺伝子のサンプルと、臓器に残っている体液を調べてみたんだが、暗逢者にも大きく分けて二つあるって事が分かった。残留している”果実”の成分が混ざっている個体とそうじゃない個体があるって部分からするに、きっと”果実”を食わされて後天的に暗逢者にされた連中と生まれた時から暗逢者な天然物で分かれてる筈だ」
颯真はチラリと腕時計に目をやり、龍人たちを指で誘って部屋を後にする。乱暴に白衣を脱いで近くにいた職員に渡し、自室へ戻ろうとする。おやつの時間であった。
「”果実”がどうやって、そして誰によって作られた物なのかを調べる必要があるな。そのためには功影派の連中も含め、怪しい動きをしている勢力に近づいていく他ない」
部屋に戻ると、私生活用のテーブルの前で秘書の織江が忙しく動いていた。やがてこちらを振り向き、一礼をしてから三人を席へ誘導する。淹れたばかりのカモミールティーと、生クリームを程よく乗せたシフォンケーキが準備されている。
「織江ってば、めちゃくちゃお菓子作るの上手いんだぜ。今日だって二人が来るって言った瞬間厨房に籠り出しちゃってさ。ホント仕事も出来るし、多才だし、逆に何が出来ないんだよってレベルなんだ」
「前任者たちが大したことないだけです」
「無情だねえ。そういうとこも好きだよ」
織江を褒めつつ、颯真が笑いながら席に着く。龍人もそれに続いたが、フォークを手に取った直後に携帯が震えた。メッセージアプリからの通知だった。
「んだよ、こんな時に…げっ」
以前に比べて慣れた手つきで画面を開いた龍人は、表示されているバブルから発信者を確認する。レイだった。
”この後暇か~ ?”
回答に困る質問であった。互いに様子見をしていきたいという事もあってか、ひとまず連絡先を交換したは良いが、いきなり向こうから話しかけられるとは思っていなかった。それにこの手の質問は、暇だと答えたら碌でもない誘いがっ待っていると相場が決まっている。
”どうかしたのか ?”
お前が出してくる提案次第だと言わんばかりに、龍人は問いかけをそっちのけにして疑問文で返してみせる。
”質問に答えんかい卑怯もん”
怒っているかのような絵文字付きでそんな返信がすぐさま返って来る。意図が看過されてしまっていたのだろう。降参であった。
”時間作ろうと思えば作れる。そんだけ”
”ほんなら決まりや。今晩、一仕事付き合ってや。飯奢るで”
龍人は無言で一連のやり取りをしたスマホをテーブルに放り、颯真と佐那と織江の目に触れさせる。
「行って良い ?」
あまり変な事に首をつっこっむ事は避けたいのか、龍人が茶を啜ってから不安そうに尋ねた。
「まあ良いんじゃねえのか ? 今は手がかりがほとんど無えんだ。少しでも情報収集できる範囲を広げて置かねえと」
「同感ね。あなたがそうやって関係を維持してくれてれば、その内功影派に近づける可能性も上がる。今はまず、彼女から信頼を勝ち取る事を考えなさい…ところで今日は夕飯はいらないって事でいいのかしら ?」
「あ~、うん…いらない。はぁ、結局俺任せかよ」
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